2009年9月25日 (金)

「ナンバー」から拒絶された原稿 三沢光晴名勝負

「プロレスに殉じた男 三沢光晴」(『ナンバー・プラス』)が送られてきたので、そこに掲載されなかった元原稿を公開します。

 いい原稿ではありませんが、この形で完結していたことをわかっていただけたら幸いです。

「ヒクソン・グレイシーって、ドロップキック、できるの?」

 困ったことを言う。

 下ネタはかなりまじるけど、三沢光晴さんの言葉にウソはない。だから、私は三沢さんと会う仕事が大好きだったのだが……。

「とにかく、ヒクソンとやるかどうかは、やつのドロップキックを見てから決める」

 三沢さんは、時々、真顔で困ったことを言う人だった。

「三沢さん、グレイシー柔術の技に、ドロップキックはありませんよ」

 まるで、頭の悪い中学生の会話である。

 結局、このやりとりは活字にはならなかった。このまま雑誌に掲載してしまうと、読者がこう解釈してしまうからだ。

「三沢は逃げている」

 2001年4月18日。日本武道館。

 仏頂面でリングに向かう三沢光晴。

 1万6千人の観衆に向かって叫びたかった。

「三沢さんは、敵に背中を見せない。人間を無視しない。わかったか!?」

 会場はものすごい騒ぎ。

 ヒクソンに負け、小川直也に蹂躙され、「プロレスは最強の格闘技」という看板が地に堕ちても、みんな、プロレスラーが好きだから。

 しかし、三沢さんの内面を慮れば……。

「つまんねえ仕事だよ。しゃあねえか、向こうが振ってきたんだから」

 注文は断らない。「ドロップキックがない試合」でも仕事は仕事。いわば「職人の覚悟」である。

 でも、間尺の合わない仕事、ノアのコアなファンにとって満足できない試合で、三沢さんがぶっ潰されたら、どうするんだよ!?

 三沢さんの体調は、よくて70%ぐらいなのでは……。

 潰し合い。その熱狂と葛藤とビジネス……。これがあるから、プロレスは面白い!

「あんなもん、『さあ、ここから』ってときに終っちゃった試合だろ?」(対戦後の三沢)

 いや、だからこそ、霧が晴れた。いろいろなものがくっきりと見えてきた。

 三沢さんは、首の後ろを押さえることで小川直也の巨体、バカ力を完璧にコントロール。マットにはりつけにした。プロレスラーは、グラウンドの攻防では誰にも負けない。

 プロレスの必殺技は、相手に受ける気がまったくなくても必殺技である。

 そして……。

 三沢光晴とは何者なのか。

 しかし、まだ謎は残っている。たとえば、対小橋建太戦。「黄金ブランド」「品質保証」とまで呼ばれた闘いである。

 2003年3月1日。日本武道館。

 この二人以外のレスラーなら失神していて当然の25分過ぎ。三沢は、花道からリング下へと、小橋の巨体をタイガースープレックスで投げ捨てた。実況アナウンサーは叫ぶ。

「死んでしまうー!」

 なんというパラドックス!

「黄金ブランド」は、「死に最も近いから」という根拠で「品質保証」されているのか?

 すでに満身創痍のベテラン二人はなぜ、「殺し合い寸前」をやっているのか?

「ブランド」となって、貨幣と交換するため?

 ファンが「死線」を求めているから?

 わからない。技の的確さ、激しさ、エグさは過去最高。この夜の対小橋戦は、三沢さんが遺した最高傑作に違いないのだが……。

 私はもう二度と、あの夜のようには振舞えない。首を引きちぎるような小橋の逆水平チョップに、「垂直落下」の応酬に、「スゲエ、スゲエ」と呟き続けることはもうできない。

 三沢さんが死んでも、パラドックスはまったく解消されていない。だから、言葉がない。

「リングで死ねて、三沢も本望だろ?」

 そんなことを言う人は、ニューヨークで行われた対KENTA戦をぜひ観てほしい。

 何よりもまず、会場のボルテージが尋常じゃない。ここまでの「熱」が、今の日本のプロレス会場にあるか?

 KENTAは、どこからでもスワンダイブする飛び技でプロレスの「空間」を、試合の流れを一変させる打撃技でプロレスの「時間」を変えた。マンハッタンの観客にとって、初めて観るプロレスだったことだけは確か。

 三沢さんの体調はすでに最悪だが……。

「あれだけの声援を浴びたら、やっぱ、がんばるしかねえか? がんばっちゃうか?」

 師匠のジャイアント馬場が軽々とやってのけ、三沢さんにできなかった仕事がひとつだけある。それは、マジソンスクエアガーデンのメインイベントに君臨することである。

 三沢さんの最後の夢は、KENTAのようなノアの若手を押し立てて、海外に向かって航海することだったのではないか。

 夢半ば……。「晩年の」という言葉は遣いたくない。これほどまで、三沢さんの思いが沁み込んだ試合はない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月21日 (月)

「雑誌化」する世界 変われない雑誌 のりピーの「手記」を取った編集者が勝ち組か!?

 資本主義の崩壊、政権交代……。世界は音を立てて崩壊し、風景はめまぐるしく変わっているのに、マスコミだけは変われない。

 小泉改革でも、再販制度は構造改革されなかった。

 デフレでも価格破壊は起こらず、人員削減だけがリストラとなったため、雑誌の労働環境は最悪だ。

 二人でやる仕事をひとりでやらなくてはならないわけで、当然、紙面のクオリティーは落ちる。

 読者の生活は苦しくなる一方なのに、一食抜いて雑誌を買ってくれた顧客は愕然とする。

「面白い記事が一本もない!」

 世界は「雑誌化」しているのに、雑誌だけが変われない。

 たとえば、ブログ。お気に入りの書き手のブログを集めれば、その日に起きたことが、さまざまなレトリックで読め、まさに「雑誌」なのだが、雑誌は「雑誌の文体」を書き手に押し付ける。

 雑誌が失った最大のものは、自由とチャレンジ精神である。

 たとえば、「109」に代表される若い女性向けの服や靴の売り方も典型的な「雑誌化」だろう。

 さまざまな「デザイン」を世界中からかき集め、常にバリエーションを確保し、売れない商品はすぐに撤去し、売れ筋だけを3ヶ月間売る。

 一番長生きな商品でも、わずか、3ヶ月である。

 その裏には、搾取、子どもの強制労働など、問題山積なんだろうけど、

 まさに、雑誌でしょ?

 雑誌はそういう努力をしているか!?

 てゆーか、逆行しているよ!

 同じ情報源に500人も集まって、同じ絵、同じ言葉を伝えているだけなんだから。

 のりピーの「手記」を取ったやつが勝ち組か!?

 それこそ、想定の範囲内だろう。

 雑誌には「まっとうな異論」がひとつもないから、雑誌を読んで、

「誰も私の気持ちがわからない」

 そう思う人こそ、まっとうだ。

「雑誌は大衆を誘導し、画一化しようとしている」

 この見解もまっとうでしょ?

 わしらは「敵意」を持たれている。

 その認識から、出直すしかない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年9月18日 (金)

のりピーが「なぜ、謝っているのかわからない」あなたへ

 これを読んで考えましょう!

 あれ? 森巣博さんの『非国民』(幻冬舎文庫)。アフィリで貼り付けることができないんですけど。

 なんか、規制がかかっている?

 わしが、今回の事件の記事を依頼されたら、まず、森巣さんに会いにいって考える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

のりピーとマスコミ

 のりピーはよくやったと思う。

 わしは「心がこもっていた」と思うが、「筋金入りのお芝居だ」と思うのも自由。

 それに比べて、300人も集まって、無駄なエネルギーを浪費しているマスコミはなんだ!?

 自転車をこいで発電をしろ!

 やつらは「のりピーで死ぬほど忙しい」と言うかもしれんが、この騒動で「あ、これはお金を払って読まなきゃ」と思わせる記事が一本でもありましたか?

 薬物に関して「国家が勝手に決めたこと」に対する「異論」を掲載した雑誌がありましたか?

「芸能界の薬物汚染」は徹底追及して、「マスコミの薬物汚染」は知って知らんふりかよ!?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月17日 (木)

週刊誌ジャーナリズムはもうあかんでしょ?

 実はわし、『週刊現代』のわしの記事がどうなったか、今日まで知らなかった。

 掲載誌が送られてこないからである。

 喧嘩したから、発送が止められたの?

 直前まで、毎週送ってくれていたのに。

 激怒してメールしたら、なんと、3冊まとめて送られてきた。

 今、読んだ。

 感想は……。

 昭和の香り漂う名文ですなあ。

 わしの原稿と比較してほしい。

 映画を観て、批評しない、という立場が、物書きにありえるのか?

 それがあるのなら、編集者は、絶対にわしに原稿を依頼すべきではなかった。

 映画はなぜ存在しているのか?

 それを観た人間が何かを感じ、それを人に話したくなるからでしょう? 違う?

 そういう欲求を持ってない特殊な人にしか、今回の原稿は書けない。

 つまり、人としてわからん。

 簡単に言えば、批評眼を持っている、少なくとも、持っていると思っている人間は週刊誌ジャーナリズムには不用なのよ。

 だから、巻頭の記事でこう書く。

<日本の”すべて”が変わる日が目前に迫った。>(どこよりも詳しい! 全480議席 最終「当落」)

 本当に「すべて」が変わるのかよ!?

 これが国民的ツッコミだ! 違う?

 でも、巨大マスコミには、編集者がいないから、いても激しく劣化しているから、この書き出しは素通り。

 本当にこの国の「すべて」は変わるのか?

 どこまで読んだって、書いてないよ。

「すべて」と書くのなら、日米同盟は変わるのか!?

 これが、安保闘争を闘って、胸に空しさを刻み込んだ世代の実感だろ!?

 その世代が、『週刊現代』を5年前まで読んでいた顧客だから、売れなくなるのは当然だ。違う?

「すべて」はたった3文字。でも、遣っていい3文字か、遣っちゃダメな3文字か、考えてみてほしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「9・11」でもない。「リーマン・ショック」でもない。「ユダヤ・ロビー」だ。マスコミは1995年に死んだ

「闘う編集者」がまだ、いると思っていた。

 1995年、死体だらけの神戸を這いずり回っていたときのこと。

 文藝春秋社『マルコポーロ』の仕事だった。

 わしはまだ、ジャーナリズムを信じ、身内に死者を抱えている人に声をかけた。

 片っ端から、とはできなかった。未熟なのよ。

「失礼だろ」と思ってしまうのよ。

 どうしようもない思い、ってのはあるよね。

 理不尽に人間が死んだんだから。

 大量に。

 その直前、『マルコポーロ』は何を書いたのか?

 ナチによるユダヤ人に対する大量虐殺、「ホロコースト」はなかった、と書いた。

 表現の自由か?

 わしはそう思わない。

 その記事によって、どうしようもない思いで頭をかきむしるおびただしい数の人間がいるから。

『マルコポーロ』が潰れて、編集長の花田さんは、わしになんの説明もしてくれなかった。

 しばらくして、わしは、東京ドームに巨人―阪神戦を観に行った。『ナンバー』の編集者に言えば、文藝春秋社が押さえてあるシートがかなりの数あって、わしは仕事でその席に座った。

 前の列が全員白人で、頭に小さい帽子をかぶっていた。

 ユダヤ教の人たち。

 それも驚愕だったが……。

 腰が抜けたのは、わしが「闘う編集者」だと思っていた人間が、「ユダヤ・ロビー」を接待している。ビールを配っているんだよ!

 わしは編集者の奴隷で、編集者は、

「雑誌を潰さないと、すべての自動車の広告を取り下げる」

 そう言ってきたユダヤ・ロビーの奴隷なんだよ。

 元『マルコポーロ』の編集者は、連日、「ユダヤ人の歴史」の講義を受けさせられ、夜は接待。男芸者だ。

 そんなマスコミから、9割搾取され、人間扱いをされなかったわしらライターは、どうするればいい?

 どうしようもない思い。

 つまり、書けない。マスコミには。

 企業犯罪は書けない。ベンツ、BMW、オペル……。

 テレビで仕事をしたくないのは、これらドイツ企業が、報道番組のスポンサーになっているからである。

 そして、自動車の大量生産に代表される資本主義は崩壊した。

 マスコミは、今こそ、奴隷をやめるべきだろう。

 目を覚ましてください!

「反原発」を明言した社民の福島代表は偉いよ。

 時代は変わっているんだよ。

 活字ジャーナリズムは、企業に対する言論の自由を取り戻すべきである。

 わしはまず、山口県の原発建設をめぐる漁民と中国電力の闘いについて企画を出したんだが……。

 講談社、返答せい!

 ダメすか、やっぱ?

| | コメント (0) | トラックバック (5)

2009年9月15日 (火)

スポーツライターになりたいあなたに

 マンハッタンのツインタワーのように、世界が次々に崩壊していく感覚。

 朝起きるのがすごくつらいし、博打をやっても楽しくない。すぐに寝床に戻りたくなる。

 もしや、うつ病?

 いやいや、ここのところ、ドンキの安売りウイスキーを飲んでいるのがいけないんじゃないか?

 ということで、黒糖焼酎の『奄美』を飲んでいる。

 問題を整理してみたい。

 はっきりとわかったことは、編集者がわしの原稿をぶっ壊したということ。つまらないものにした。

 結果として、雑誌はつまらなくなるよ。

 もうひとつは、一生懸命、原稿を書いても、正当な報酬は支払われないということ。

 単行本を書いて、9割ピンハネされたら、スポーツライターは生きていけないよ!

 10年以上、そう主張し続けてきたが、今や、9割3部の搾取が常態化した。

「スポーツライターになりたいんです」と言う若者にかける言葉がないよ。

 絶対、やめたほうがいい。

 そう言う他ないよ。

 最近、「タダで昔の記事をネットにアップしたい」と依頼してきた講談社の編集者はこんなことを言った。

「ネットで中田さんの記事を読むことで、中田さんの単行本を手に取ってみようと思う人も出てくるなど、波及効果がある」

 シナジーかよ!?

 編集者の劣化はここにきわまった。

「シナジー」というアホな言葉で、わしらは貧乏になり、下流に追いやられたのである。

 元『月刊現代』なら、ネットと腰を決めて闘えよ!!

 ネットと連動なんぞ、ありえないよ!!

 もう一つ、ハラに据えかねたことは、『週刊現代』の校了日に、バカみたいにでっかい講談社ビルの応接室で、

「ああでもないこうでもない」

 必死で、原稿を直していると、こんな社内アナウンス。

「ただ今から、〇階〇〇室において、〇〇ハウスの一戸建てローン説明会を行います。皆さん、お集まりください」

 わしは裏池スラムのクマネズミが出る借家暮らしだよ!!

 スポーツライターになりたいあなたに。

 こんな境遇、差別に耐えられるのなら、チャレンジだ!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月14日 (月)

ついに完結! 貨幣と交換できない原稿

 昔、『平凡パンチ』で「洋ピン評論家」を目指したことがある。

 一日で、挫折したけど。

 なんかね、「隙間産業」なんじゃないか、と思ったアホウなわし。

 一日、6本の洋ピンを観て、瀕死。

 とういうわけで、これでも、エロ映画が大好きなのよ、連載完結。

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史⑦(だっけ⑥だっけ)

『忠臣蔵外伝』は「松竹」創業100年記念作品。ところが、監督は東映の実録モノで一世を風靡した深作欣二。まず、この抜擢がわからない。山田洋次監督が下町人情でもって寿ぐべきだと思うがなあ……。

 内容も深作監督の「絶対に面白いものにする」という使命感が完全な仇。忠臣蔵も四谷怪談も我が国を代表する普遍的な物語だが、世界観がまるで違うのだから、「面白さ倍増」ではなく「混ぜるな、危険」だろう。

 お岩は売春婦(だから、哀れさ激減)。伊右衛門が赤穂浪士(だから、悪が中途半端)。化粧しちゃいけない顔の代表、石橋蓮司、蟹江敬三だけ白塗り(!)。討ち入りの大団円にお岩がカメカメ波で助太刀(大映の化け猫映画か?)。松竹らしさはかけらもない。結果、「裸を売り物すると、変な映画になる」という宿命の絶好のサンプルとなってしまうのだ。

 公開前、松竹宣伝部は、スチール写真の管理を徹底したという。業界関係者ですら、「高岡早紀が全裸になることはない」とたかをくくっていたので、

「先行試写会で観ていたとき、佐藤浩市が高岡早紀の胸をわしづかみにする場面で、スリムな体つきからは想像できないほど豊かなバストに、『おー』とどよめきがあがったのをおぼえています」(秋本さん)

 試写会のスクリーンを隠し撮りして、つまみ出された人もいたらしい。

 この騒動が、おそらく、最後の日本映画の「裸祭り」である。

「オナペット」と呼ばれた映画女優は、アダルトビデオの蔓延によって絶滅。以降は、あからさまな経済原理が女優を縛りつけることとなる。

 80年代初頭、夏目雅子がすでに契約書に縛られていたように、

「何が一番儲かるのか」

 それは、テレビCMである。

女優本人ではなく、所属する芸能事務所が効率を追い求めていく限り、所属する女優が映画で裸になることは、会社にとっては営業妨害以外のなにものでもない。今、売れてなくても、将来にCM出演の可能性がある限り、誰も脱がない。

寺脇研さんは言う。

「日本は芸能事務所が俳優のマネジメントを仕切るという、世界的に特異な現状にある。

こんな仕組みは日本にしかないですよ。芸能事務所の仕切りが俳優の可能性を狭め、結果的に邦画のクオリティを落としている」

 たとえば、世界的ヒットとなった『ハンニバル・ライジング』は、日本人女性がレクター教授の育ての親という設定である。ヌードシーンも映画の重要な要素であり、ハリウッドのスタッフは、日本で女優を探したが、誰も応じず、中国出身の国際派女優、コン・リーが堂々たる裸身を晒した。大げさに言えば、日本の芸能事務所は「国益」を毀損している。

 鈴木京香、藤原紀香、広末涼子、天海祐希……1980年前後なら、「裸映画」を期待されたであろう女優は、結局、全員が効率を選んだ。

「『余命1ヶ月の花嫁』にしても、乳がんと闘い、24歳で他界するまでの1カ月間に、どうセックスするかを描くのは避けては通れないはず。きれい事にしてしまうことのほうが、むしろ不自然です」(寺脇さん)

 そんな中、ほぼ性描写のみの映画『ヴァイブレーター』の監督と飲み屋で偶然出会い、「ダメモト」で切り出した出演依頼を快諾したという寺島しのぶは本当に偉大だ。50代後半になって『るにん』で全裸になった松坂慶子の「義理堅さ」もすごい。日活最末期の『うれしはずかし物語』や低予算の小品『極道記者』でも期待以上の脱ぎっぷりを見せた川上麻衣子にも頭が下がるが……。

「裸映画は不滅だ!」

 筆者はそう言いたいが、そう結論づけられるわけもない現状に、日本映画のチャレンジ精神を体現した老いた天才脚本家、白坂衣志夫さんの言葉がのしかかる。

「日本人はなぜ、こんなに保守的になったんだろう」

| | コメント (0) | トラックバック (12)

スマンです

 昨日、『ナンバー』編集部の担当編集者とデスクが来て、会談。

 わしは注文どおりに原稿を仕上げたのだから、議論は平行線で、『ナンバー』側は謝罪をしない。

 まあ、言い合い。

 そのなかで、担当編集者からのメールを、名前だけ外して、このブログにアップしたことについて、「話し合いの前に公表するのはいかがなものか」と言われ、その場では、また言い合いになったが、

 不快な思いをされたのなら、申し訳ない。

 この場で謝罪して、ブログを書き換えておく。

 でもね、20字×100ラインの原稿を依頼されたことだけは事実。

 メモを見ると、わしは、

「1試合2000字ですか? それとも、3試合全部で2000字?」

 と電話で聞き返しており、メモには「全部で」と書いてある。

 結局、一試合だけの原稿になってしまったが、担当、デスクと詰めて、粘って、署名原稿は掲載される予定。

 競馬のデータを取ること、企画を書くことで、多忙だったため、自宅まで来たくれた二人には感謝する。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年9月12日 (土)

最低の権力は、活字ジャーナリズムだ!

 メディアは権力。

 これに異議はないでしょう?

 しかし、活字ジャーナリズムは、政権交代が可能じゃないのよ。

 独裁者がずうっと居座っている。

 わしらは、選挙でそいつを落とすことが出来ない。

 最低の権力が雑誌ジャーナリズムなのである。

 しかも、独裁者の能力は劣化し続けている。

 しかも、独裁者が、自ら「反権力」とか言う。

 許しちゃダメでしょう。

 わしは活字メディアと闘うよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月11日 (金)

「ナンバー」よ、講談社「G2」よ、わしらフリーライターは虫けらじゃないんじゃけん!

『G2』から、「ネットでアントニオ猪木さんの記事をアップしていいか」という電話。

 月刊『現代』にわしが大昔に書いた記事。

 全然、OKだけど、そういう場合、わしへの報酬はどうなるの?

 なんと、タダ!?

 お前らなあ、一戸建て住宅と外車持って、わしら書き手を虫けらだと思ってるんだろ!?

 単行本を書けば、9割搾取!

 雑誌に原稿を書けば、注文どおりなのに、勝手に書き換え、文字短縮、ボツ!

 生きていけまへんわ。

 あんたらも、絶対に、生きていけんようになるよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

スポーツ・グラフィック「ナンバー」もぶっ壊れた! しかも三沢光晴さんの記事が原因で!

 苦労して、注文どおりの原稿を仕上げたら、『ナンバー』編集部から、20字100行の原稿を、なんと35行も削れというメールが来た。

 わしは仕事の依頼を受けたとき、2000字とメモを取っているし、「短いな」と思いつつ、何とかやろうと思ったのよ。

 お題は、三沢光晴さんのノア時代の名勝負ベスト3。

 三沢さんの試合を活字にするのはむずかしいし、試合を見ていると泣けてくるし、苦労して書いて、3日間ほど推敲をしていた。

 それくらいむずかしいテーマなのよ。

 三沢さんの死には、未だに、言葉がないし。

 で、最高の原稿じゃないけど、送ったら、これだよ。

 文字数の変更の連絡を、わしは一切受けていない。メールもこれが初めてのもの。

 わしが一番苦労したところを削れ、と言う。

 会ったこともない編集者が(昨今は、雑誌仕事も携帯とメールのやりとりのみ)。

 再考、しない。断じてせんよ。

 マスコミは、もうダメなんじゃないか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 9日 (水)

連載 そして、民主党への落胆はもうすぐそこ!

 平和島競艇での服部幸男の八百長について、書いてもらいたい人、いる?

 いないようなので、民主党の八百長について書く。

 連立協議は、なぜ、決裂したのか!?

 民主党の約半分は、アメリカ白人の友達だからである。

 そいつらが、小泉改革時のアメリカによる泥棒行為の手引きをし、強欲資本主義を助け、「日米同盟は磐石です」と言っているから。

 もちろん、激怒している民主党議員はいるよ。沖縄の基地問題に取り組んできた民主党議員はいる。

 ここからが、さらに問題。

 マスコミは、激怒している民主党議員を取材しても、報道しないのである。

 予言するが、民党政権に対する国民の不満が爆発したとき、このお蔵入り映像、記事が噴出する。

 マスコミは、「そもそもどこで間違ったのか?」とかなんとか、「TBSのライブラリーにその決定的証拠が残っていた!」とかなんとか、言うに決まっているんだよ。

 ひでえ八百長。

 ということで、週刊誌ジャーナリズムを問う、連載の続きです。

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史

 もちろん、映画は作り手の意図するサイズ、解像度、音量で体験したい。しかし、観客の「大画面で観よう」という気持ちから、最初にこぼれ落ちたのが、女優の裸ではなかったか。

 それでも、「映画館に行かねば」と思わせる「裸映画」はあった。

 2万本を売って、「アダルトビデオの時代」を切り拓いた『愛染恭子の本番生撮り 淫欲のうずき』が発売されたのが1981年11月。「高田美和がロマンポルノに主演!」というニュースに衝撃を受けたのはちょうどその頃だった。

 筆者の中に怪獣映画のようなものが浮かんだ。

「愛染恭子の本番対高田美和の全裸」

 文句なしに高田美和の勝ちだった(いや、両方観ればいいだけの話ではあるが)。父は大スターの高田浩吉。となれば、公私共に「ええとこのお嬢さん」で、銀幕の中の高田美和は可憐な娘役で大映時代劇を支えてきた。のちに片岡秀太郎と結婚、「梨園の人」となり、『2時のワイドショー』の司会者でもあった高田美和が……。

 脱いでいいの?

 旦那の片岡秀太郎さんは?

 プロデューサーの岡田裕さんは言う。

「反対するどころか、ノリノリなんですよ。ベッドシーンの撮影のときも付きっきり。『美和はこういう風に撮った方がきれいだ』とか、いろいろと演出を指導していた。その女形ならではの指摘が的を得ていて、当時35歳の高田さんの、妖艶で成熟した魅力をうまく引き出していた」

 筆者は映画館に走って、椅子からずり落ちそうになり、帰り道に考えた。

「豚の丸焼きを床に落として、最後、生首になるボンクラ・ヤングの話だが、破壊的なストーリーは、まあいい。高田美和さんの裸はまぶしかった。特に引きの画でのフォルムが素晴しいじゃないの。ありがとう、美和さん! ありがとう、日活!」

 翌年、燎原の火のごとくビデオが普及していく中、日活は名作『ダブルベッド』を公開する。藤田敏八監督。大谷直子主演。東京タワー下の特設テントで上映され、「映画は集団体験だ」ということを強烈に示した鈴木清順監督『ツィゴイネルワイゼン』の共演コンビである。さらに、根岸吉太郎監督『遠雷』で、お見合いの日にモーテルでスポーンと素っ裸になる鮮烈なヒロインを演じた石田えりが助演。主演男優は柄本明。岸部一徳、吉行和子が脇を固める。

 豪華すぎる顔ぶれなので、「露出は控えめだろう」と思って映画館に来た観客は度肝を抜かれた。

 大谷直子が柄本明のお尻に指を突っ込むなど、セックスシーンは、ロマンポルノ史上でも類を見ない激しさ。しかし、それはサービスでも映画の目的ではなく、登場人物がやむにやまれずのめり込むもの、人間の営みとして、実にリアルに描かれている。映画のエロチシズムの頂点がここにある(と筆者は考えるが、「映画史」を名乗る本がこの作品を黙殺しているのはなぜ!?)。

 岡田さんは言う。

「大谷直子は、裸が一番きれいなとき。性描写を売り物にした映画なのに、荒井晴彦のホン、パチさん(監督)の演出、俳優の芝居……みんなの呼吸がピタリと合っている。スタッフ、キャストの気持ち、感性がこれほどひとつになった映画もめずらしいでしょう」

 大谷直子こそ、日本「裸」映画史のパイオニアであり、女王である。

 1983年、アダルトビデオと激しく闘った女優がもうひとりいる。40歳をゆうに越えた五月みどりである。

『ファイナルスキャンダル 奥様はお堅いのがお好き』は、質屋を舞台にした艶笑コメディ。苦学生が教科書を質に入れて1万円借りようとすると、五月みどりがいきなり、

「あなた、オチンチン持ってる?」

 どんな質問だ!?

「あなたの童貞、預かるわ。質草にするの」

 お金が返せないと、初体験をさせてくれて、おまけに、

「ここの下宿にいらっしゃい。引越し代出してあげるわ」

 ボンクラ・ヤングの夢そのもの。ありえないお話なのだが、五月みどりの脱ぎっぷりは、日本で最も多くの「裸映画」を製作した岡田裕さんをも絶句させた。

「男の子9人とお風呂に入るシーンがあってね。あれは彼女じゃなきゃできない。普通の女優さんだと、ビビッちゃって入れないですよ。彼女はそれを自信満々でやるんですから」

 五月みどりのむっちりとした裸体。わずかに寄る年波を感じさせる乳房……。あの時代、「お色気ムンムン」という言葉はまだ死語ではなかった。

 1983年は、東映のラインナップも豪華だった。五社英雄監督『陽揮楼』で池上季実子が巨乳を惜しげもなく晒せば、深作欣二、佐藤純弥、中島貞夫共同監督『人生劇場』では、今や日本を代表する大女優、松坂慶子が大胆な濡れ場を演じた。

 映画評論家の寺脇研さんは言う。

「松坂さんには“わがままな女優”というイメージがない。監督や観客のために尽くしてくれる女優という感じだから、男性はみな彼女に感情移入しやすいんです。『人生劇場』で旅館の女中、お袖(松坂)は主人公の早大生と恋仲になるが、娼婦に身をやつし、金のために体を売っていた過去が暴かれて、振られてしまう。そんなとき、男の観客は、つい彼女を応援したくなってしまうんですね。仮に秋吉久美子や桃井かおりが同じ役を演じても、男は『しょうがないよな』と突き放してしまうでしょう」

 1980年代中盤まではまだ、女優の裸は映画館で観るものだった。

 映画評論家の秋元鉄治さんは言う。

「小柳ルミ子『白蛇抄』、十朱幸代『魚影の群れ』、樋口可南子『卍(まんじ)』、松尾嘉代『鍵』も1983年公開です。しかし、大物が脱ぐ流れも、黒木瞳が『化身』で藤竜也相手に全裸ベッドシーンを演じたあたりを最後に、終息していく。女優が映画でヌードになることで、社会的に騒がれたのは、高岡早紀の『忠臣蔵外伝 四谷怪談』が最後かなあ」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 7日 (月)

自民党の権力とマスコミの権力、どっちが劣化した!?

 マスコミこそ、今や、「最低の権力」である。

 なぜなら、劣化した人間が独裁者(編集者)となり、人間の自由を奪い続けてきたからである。

 こんな内容の本、どこか出版してくれませんか?

 というわけで、連載の続きです。

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史⑤

 前年の東映の大作『青春の門』も象徴的である。

 うら寂しい旅館の一室で杉田かおるが脱ぐ。このシーンが衝撃的なのは、簡単に言えば、杉田かおるが太っているから。もし、映画の裸が「サービス」なのだとしたら、どう考えても太りすぎなのである。

これは「サービスカット」などではなくて、体験である。佐藤浩市を我が分身として、観客も一度っきりの青春をリアルに体験する仕掛け。

「杉田かおるは根っからの映画女優よね」

 これは筆者の家人(杉田と同年代の女性)の感想。確かにこの映画だけポンと観れば、杉田は堂々たる映画女優である。

 しかし、家人はテレビをほとんど観ない人間で、筆者はこう問い返さざるを得ない。

「だったら、テレビで露悪と借金人生の切り売りをやっている今の杉田かおるは何者なんだよ?」

 断絶は確かにある。

『天使のはらわた 赤い教室』を観た日のことを筆者は鮮明に憶えている。

 文芸作品でもなく、「何周年記念作品」でもない単なる「ポルノ」に清純派アイドルだった水原ゆう紀が主演。岡山の田舎から上京したばかり。金も将来の展望も何もなかったが、映画を観る自由だけ与えられた筆者は、当然、小銭をかき集めて封切館へと向かった。

 映画は、ブルーフィルムを観る蟹江敬三の姿から始まる。それを観客が見る、という二重構造で、「映像体験」をこれほど鮮明に浮き上がらせた作品もめずらしい。

 ブルーフィルムのレイプシーンは、本物の「犯罪」であることが次第に明らかにされていくが、犯人たちは出てこないし、水原に復讐する意思もなく、ただ「失われた女」として、性の地獄へとまっさかさまに落ちていく。

 映画館を出た筆者の暗澹たる気持ちの中心には、なぜか「純愛」がある。映画の中で思いを遂げられない蟹江敬三同様にそれは永遠の片思いでもある。19歳だった筆者にこれほど沁みるポルノ作品はなかった。

 水原ゆう紀さんは当時をこう振り返る。

「主人公の名美が乗り移ったようになって、お店で他のテーブルの人たちを見ると、『幸せそうだな』って思ってしまうんです」

 憑依現象というより、うつ状態に近い?

「1年ぐらい、仕事をする気が起きませんでしたね」

 これもまた映画が「再現不可能」な「体験」だった時代ゆえ、なのではないか。

 大月ケンヂさんはこう書いている。

<僕の同級生などは「時をかける少女」を観た直後、「これは俺と知世のことを描いているんだっ」と新宿東急付近で大声をあげ「土曜日の実験室!」と映画の中の台詞も叫んで走り出した途端、トヨタハイエースに轢かれて1ヶ月入院した。>(『変な映画を観た!!』ちくま文庫)

「再生可能な時代」になると、こんなバカなことは絶対に起こらない。映画が映画館で体験するものであったゆえに起こりうる勘違いであり、ビデオを購入し、原田知世を「所有」して繰り返し再生したら、どんなバカでも恋愛感情を持ち続けることは困難だろう。

 この時代、埋もれた名作といえば、結城しのぶ主演の『天使の欲望』がその代表だろう。「本当のことしか言わない」ために、激しく殴られ、独りぼっちになる結城しのぶが哀れで切なくて……。しかし、ラストの全裸での姉妹心中など、スプラッター描写、暴力シーンがリアルすぎたせいなのか、活字での評価はおろか、ビデオにもなっていない。文字通り「再生不可能」な映画なのである。

 部屋にビデオデッキが運び込まれてきて、劇的に変わったことがある。モヤモヤしてきて「なんかエロなことしてから帰りたいなあ」という夕暮。経済上、名画座のロマンポルノが選ばれることが多かったのが前半生。単なる「エロいこと」なら、駅前のレンタル屋で事足りるのが後半生。AVのラインナップが個人的なこだわりにほぼ応えてくれるようになると、ひとりでする「エロいこと」はすべて自分の部屋で行われるようになり……。男は誰もが「オタク」になった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

連載続き

 映画の原稿って、批評でしょ!

 連載を続けます。

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史④

「舐めたらいかんぜよ!」

 日本映画史に残る名セリフ……なんだろうけど……。この場面、「かっこいい」と思った観客はいただろう。しかし、「スカッとした」観客が果たしていたか。

 五社英雄監督の『鬼龍院花子の生涯』は、狂った侠客(仲代達也)が支配する特殊社会に囚われた聡明な女性(夏目雅子)の物語である。夏目雅子がそこから脱出できるかどうか、が強烈なカセ(物語を転がす動力)となっていて、映画の設定として申し分ない。

 彼女を救出せんとして、仲代から指詰めを強要された労働運動家(山本圭)はこう吐き捨てる。

「いいか。きみは一日も早く、いや、たった今すぐにでも、こんな人間のクズの集まりから逃げ出すべきだ」

 男の本能のみでイケイケの仲代が、ある日、鉄道会社のスト破りに。しかし、山本を一方的に殴りまくるうちに意気投合。

「資本家あるところに労働者あり。労働者あるところに団結ありじゃ。今こそ、弱い者や貧乏人を助けるのが侠客の道よ」

 この意外な展開も昭和初期の一局面として興味深いが、その直後の豹変は理解しがたい。

 仲代の命令で投獄された山本に差し入れを続ける夏目。出所した山本に仲代は、

「おまはんの放免祝いに、わしからなんぞ贈りもんしたいと思っちょるが、ほしいもん、ありますろうか。なんでも言うてや。この鬼政にできんことはなんちゃあないきね」

 現地人怒りまくりのウソ方言で、大見得を切っておきながら、山本が、

「松恵(夏目)さんをいただきたい」

 この一言に瞬間湯沸かし器と化す仲代。

「お主みたいな泥棒猫はぶった斬っちゃる!」

 自分は、妾3人を屋敷に置いて毎夜、3Pやってるのに……。

「親の目盗んで娘と乳繰りおうて、この恩知らずの犬畜生が!」

 婚前交渉は死刑かよ!?

 山本圭は、前日まで刑務所にいたんだから、どう考えても潔白だろ!?

 ここで、観客も「仲代はとんでもないバカだ」と気づく。そこまで、仲代達也が新劇丸出しの大芝居をするので、インテリに見えてしまうのもこの映画のつらいところ。

 夏目を遊郭に呼びつけて犯そうとする仲代。

血のつながりがなければ、親が子を犯していいのか、仲代!?

ここで、夏目雅子の予想を超える豊満な乳房、赤みがかった乳首がチラリと見える。

 夏目雅子には「バストポイントの露出はNG」という化粧品会社とのCM契約があったので、五社英雄監督の粘り勝ちだろう。

「死にます」

 割れたガラスで夏目が自殺を図ると、仲代は、

「おまん、そんなにわしが嫌いか」

 当たり前だろ!

「夏目雅子が脱ぐらしい」という前評判にあおられて来たスケベどもも、おそらく、映画館の闇で念じていたはず。

「夏目雅子よ、このバカから逃げろ!」

 ところが……。

 仲代の正妻、「姐さん」岩下志麻が腸チフスになると、

「歌は松恵の母親じゃき、子が親のめんどうを見るのは当然じゃ」

 自分は容態を見にも行かないで逃げ回っている仲代の命令に笑顔で応えて死にかける夏目雅子……なぜ!?

 岩下が凄絶に息絶えると、山本とあっさり結婚。労働運動に燃えるが……。

 なんのためのカセ!? ここまで心配させておいて、なんで、簡単に逃げるかな?

 でもまあ、「よかったなあ」と胸をなで下ろすと……流産!

 不幸の連続。傷心の夏目は……仲代の屋敷に戻ってきて、バカに囲まれ笑顔を取り戻す……なぜ!?

 いや、それ以前に、宮尾登美子がこんな物語を書くか!?

 原作を紐解いてみて、やっぱり! 

 似て非なる、ではない。原作はまったく別の物語で、ヒロインは鬼政が死ぬまで逃走を願ってやまない。和解などあるわけがない。

 映画の夏目雅子は、カセを破壊し続けるブルドーザーと化し、大組織のヤクザに山本が刺し殺されると、実家の葬式に殴り込み、暴力で遺骨を奪う。

「舐めたらいかんぜよ!」

 大作家の傑作も舐めちゃいけないんじゃないかなあ……。

「筋は通したかよ?」との仲代の問いにうなずく夏目。日本刀一本で「死にに行く」仲代の肩に般若模様の死に装束をかけ、二人は抱き合って号泣……なぜ!?

「大芝居で演じられるバカには感情移入できない」ことを思い知らされた映画であるが、女優たちの華麗な立ち振る舞いは「五社美学」ならでは。対立するヤクザの狂犬のような妻を演じる夏木マリは、鬼政相手に堂々と渡り合い、全裸で「落とし前」をつけようとする。妾の中村晃子も後妻となる佳那晃子もはじけた演技で異常な設定を際立たせ、おしげもなく肌をさらす。

 少なくとも言えるのは、こんな日本映画はもう作られないだろう、ということだ。

 映画の終盤で仲代達也は予言的なセリフを吐く。

「花火じゃ。上がった、上がった。パッと開いて、パッと散る。まっこと花火は威勢のええ男の生涯そのものじゃのう」

 映画もそうだった。この頃まではまだ。

 前年の東映の大作『青春の門』も象徴的である。

(つづく)

| | コメント (1) | トラックバック (3)

2009年9月 5日 (土)

連載です

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史④

 監督が「友達の半分が死んだ」と言う終戦の直前。ボロボロの毛布を脱ぎ捨て、廃墟へと駆け出す大谷直子。ぽっちゃり感が女学生そのもので息を飲む美しさ。あのモノクロの素っ裸は「生きていること」そのものであり、同時に映画の困難な時代を切り拓くパイオニアの姿でもあったのか。

 今もガンと闘う大女優が、「(裸になることへの抵抗感は?)全然、全然。こんな体でよかったら、ですよ」とさらりと言う。

 やっぱり、日本の映画は最高だ!

岡本喜八は、すでに東宝の職人監督として、コメディから時代劇まで佳作を連発していたが、『肉弾』のシナリオだけは「こんなもん、売れないよ」と会社からつき返された。結果、低予算で制作されATGが配給、となるのだが、まだ女学生だった大谷直子の気前のよさこそ、森下愛子の『サード』、石田えりの『遠雷』など、「脱ぎっぷりのいいATG作品」のさきがけとなった。

 そして、大谷直子、関根恵子らパイオニアの奮闘が、70年代の映画の「裸祭り」――その先鞭を告げた由美かおるの『同棲時代―今日子と次郎―』につながっていく。

 この映画、同級生と再会したその夜に「どこかに泊まろうか」とヒロインの方から誘い、ピンク色の乳首が乳房の中心に位置し上を向いている美しすぎる裸体をスポーンと投げ出す導入部がまず素晴しい。

 ストーリーはお決まりの妊娠、中絶をめぐる「若さゆえ」のせめぎ合いだが、

「私、これからもっと老けるわ。シワも増えるし、肌もかさかさになるわ」

 この予言は大ハズレ。今年で『水戸黄門』の入浴シーンが200回を迎えるのも、由美かおるの揺るがぬ「奉仕精神」ゆえだろう。  

 友達が花粉「病」で「お嫁に行けない体」になったり……。隣の奥さんの肺病をいっしょに暮らす夫だけ気づかず、クラシックを大音量で流し、背景が真っ青なスタジオ撮影(貧乏なアパートはどこに?)でSMプレイを始めて人殺しをしたり……。内容のサイケデリックさもものすごいが、オールヌードで「ケチくささ」のかけらもないポスターが巻き起こした前評判こそ、まさに「お祭り」であり「事件」だった。

 貼れば盗まれる、のいたちごっこは、ついに3万円のプレミアがつく争奪戦に発展! なんと、7万枚も刷られたポスターに3万円の値がついた。当然のごとく、由美かおるが舞台挨拶に向かった銀座の映画館はスケベどもによって二重三重に包囲されていた。

 人情喜劇の松竹まで「裸祭り」を始めると、都会的な感性と高級感で売った東宝も負けてはいない。

『同棲時代』公開と同じ1973年。『赤い鳥逃げた?』の桃井かおりは、ジーンズの上は常に裸(!)でだるそうに銀幕を漂い、

「サービス精神なのか。それとも、裸族なのか」

 観る者をたじろがせた。

 日活はすでに「ロマンポルノ」路線に腰を据えて、裸満載映画を量産していたが、若い女優探しは困難を極めた。初期のスター、白川和子、宮下順子はデビューしたときからすでに玄人っぽく、呑み屋の女将風であった。縄のれんの町で一番安い酒場のような気楽さが筆者は大好きだったのだが、社員を悩ませたのは、お正月や夏休みの番組だったという。

「元旦からポルノじゃ、完全なダメ人間だよなあ」

 そういう顧客のため、一般映画を作りポルノ作品と併映したが、そこに投入された最終兵器が秋吉久美子である。

 1974年、藤田敏八監督と組んで『赤ちょうちん』『妹』『バージンブルース』を立て続けに公開した秋吉久美子ほど、多面性を持った女優はいないだろう。

「70年代って、痛がる時代だったのよね」

 この発言に代表される「秋吉語録」で文化人をKO。一方で、「クラスメート」を感じさせる子どもっぽさ、親近感で田舎の中学生をも虜にした。なおかつ、脱ぎっぷりは当時ナンバーワン。乳房もお尻も完璧なフォルムとなれば、「裸祭り」の神輿のてっぺんには「妖精」秋吉久美子がいた、と書いても異論はあるまい。

「素っ裸の妖精」の登場で、最もダメージを受けたのは、おそらく、「ポルノの女王」池玲子、「牝豹」杉本美樹を押し立てていた東映である。

「どうよ? エロだろ? バイオレンスだろ?」

 裸でバイクを駆るなど、直球で勝負してきた東映の「スケバン」や「ズベ公」だが、世のスケベたちの視線は、180度イメージが違う秋吉久美子に集中するようになる。そこで……。

 アンヌ隊員出動!

『ウルトラセブン』でちびっ子、特撮ファンの心をがっちり掴んだひし美ゆり子が、石井輝男監督、丹波哲郎主演の『ポルノ時代劇 忘八武士道』に登場。意外かつ素晴しい展開である。

「忘八」とは「八つの人間の正しい心をすべて忘れる」ということらしい。主人公の明日死能(あしたしのう)に着物を切り刻まれ、手下に犯され、大の字に縛りつけられて即、競売にかけられる(どんな展開だ!?)ひし美ゆり子は、まさに東映「ヤケクソ・タッチ」でいたぶられる。ひし美ゆり子は「グラマラス」というより「健康美」であり、そこがまた、インモラルな「石井輝男ワールド」をきわ出させる。

 時代劇黄金時代そのままの絢爛豪華なセットと次から次に剥かれていく乳と尻の奔流は、まさに東映「裸祭り」の真骨頂。無謀、無意味をためらいなく走り切る(実際、全裸の集団が江戸を走る!)ひし美ゆり子の姿には、「廃墟の花」という言葉こそふさわしい。

「ヤケクソ・タッチ」といえば、すでに歌謡界で不動の地位を築いていた五月みどりの初主演作『五月みどりのかまきり夫人の告白』も常軌を逸している。

 五月が誘惑したカーレーサー(白石襄)は、セックスしたとたんに命が惜しくなってテストドライバー転向を決意。最後のレースで死んでしまう。ここまで、映画が始まって約15分。

 5分後には隣の入り婿と抱き合っていて、「ほんの浮気だったのよ」で関係はジ・エンド……。しかしまだ、30分経過していない。

 年齢から「熟れた肉体」を想像していた観客は、五月みどりのピチピチの乳房、お尻に驚く間もない。

 別荘の近くで取っ組み合いの喧嘩をするベルボトムの二人組を見て、

「ホモを治してあげる!」

 みどり姐さんは一念発起……といった破壊的な展開で、最後は『ゴルゴ13』の世界にまで突き進む。

 1970年代、映画館はまさにスケベどもの天国であった。

 しかし、ひし美ゆり子、五月みどりの「場末への降臨」は、80年代から始まる「再生可能な時代」――ビデオデッキが普及した世間と映画との死闘を予兆するものでもあったのだ。

 銀幕のヒロインたちの「肉弾攻撃」の激しさ、華やかさ、はかなさは……。  

 次号につづく!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年9月 4日 (金)

萩原朔太郎 寺山修司 町田康 杉作J太郎

 といった「変な日本語を書く人」がわしは好きだ。

 わしも朔太郎たらんとし、寺山のように「言葉の達人」たらんとし、雑誌の世界に入った。

 で、変な日本語を書くと、まあ、怒られますな。

「読者に伝わらない」

「雑誌にはその雑誌特有の語法がある」

 書き直し。

 またわしは変な日本語を書く。

 また書き直し。

 偉大なる先人たちは、それに朝まで付き合ってくれたのである。

 君たちがいて僕がいる(チャーリー浜)。

 このブログは「自慢」がテーマなんで、自慢するが、朝日新聞で書評を書いて、一字一句直されなかったときは、先人たちに手を合わせたよ。

 おそらく、世界一の校正マンを擁する文芸春秋社の『ナンバー』の記事で、編集者から「こんなに赤が少ない原稿は初めて」と言われたときも手を合わせた。

 だから、『週刊現代』にもチャレンジでしょ?

 変な日本語を書いて、編集者が「書き直しをお願いします」。

 それは、承知の介。

 雑誌にはその雑誌特有の語法があるから。

 当然そうなって、編集部に行って、粘って……だから、この稼業は面白いんだよ。

 今回、わしは、午前2時に「印刷所に行くよ」と言った。

 まず、わしらのアホアホ合戦を印刷の人に詫びて、粘れるところまで粘ろうと思ったから。それも、この稼業のコク。印刷やってる人は「アホ! いらんことすな!」だろうけど。

 馬鹿、わからずやと闘っているのではない。人間と人間が言葉を突き詰めていく過程が最高なのである。

 編集者とわしの前には、大衆という、わけのわからない化け物がいて。

 それをやろう!

 はしょるな!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

世界は粉々になって、倒壊する 小沢一郎への取材はなんだ!?

 小沢一郎の囲み取材を見ましたか?

 まず、まっさきにぶっ壊れたのは、自民党じゃなくて、マスコミだ。

 小沢の仏頂面を写真に撮ったって、誰も喜ばんよ。

 でも、「撮れませんでした」では、かっこつかないので、怒号を上げる馬鹿。

 小沢の言葉が聞こえんよ!

 わしのわずかな経験で解説すると、マスコミの取材が全部、出来レースになっている、ということだ。

 ベテランが現場を仕切って、全員が写真を撮れるようにするのが第一義で、そこで起こっていることを知ろうともしないんだよ、ジャーナリストが!

 黙ってまず、聞け!

 で、総理、閣僚、官僚の記者会見は、誰が何を質問するか、みんなわかっていて、自由な質問も、疑義の申し立ても拒絶される。

 まあ、ぶっちゃけ、人間が劣化している。

 今回のわしの記事のボツ事件も同様で、

「うちの雑誌ではこういう言葉は遣いません」

 と編集者が強弁して、わしが妥協する、の連続。誰に頼んでも原稿は、その雑誌の言葉で書かれる、という出来レースだ。

 それをやつらは「品質保証」だと思っているようだが、わしは、インプロビゼーション(感情の吐露)がなくなったら、この世は闇だと思う。

 プロレスラー全員が、ブルーザー・ブロディになったら、と想像してみてほしい。

 天龍源一郎、大仁田厚は、絶対に必要なんだよ。

 で、もっと深刻な問題は、「世界は情報でできている」と信じて疑わない者が、すごい勢いで増えていること。

 そういう風にしか世界と相対することができない人にとって、世界は、出来レースであり、品質保証のパッケージであり、明日に今日と何か違うことは起こりえない。

 わしは、週刊誌ジャーナリズムにチャレンジして負けたけど、チャレンジもしないやつばっかりになるんじゃないか?

盲獣 [DVD] DVD 盲獣 [DVD]

販売元:角川エンタテインメント
発売日:2007/11/22
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 これを観てください!

 岡本喜八監督の『肉弾』も。

真景累ケ淵 (岩波文庫) Book 真景累ケ淵 (岩波文庫)

著者:三遊亭 円朝
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 わしは今、これを読んでいるのだが、しみじみ思うよ。

 日本人は、自由で過激でチャレンジをしていた!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年9月 2日 (水)

反省しています

 週刊誌の記事として、反省は、もちろんある。

 緑魔子はなぜ、映画の最後で全裸になったのか?

 それを取材し、ウラを取るのが、週刊誌ジャーナリズムであるなら、わしの力不足。時間もなかった。

 化粧品会社とのCM契約があったのに、なぜ、夏目雅子は『鬼龍院花子の生涯』でバストトップをさらしたのか。

 これも時間切れで取材できなかった。

 どこかに「どうせ、エロ記事だろ?」という甘えがあった。

 もちろん、「中田の個人的な映画批評なんかにゼニは払わないよ」という読者の気持ちはわかっていたつもりだし、関根恵子さんや由美かおるさんのように、わしにも「大衆に奉仕しよう」という気持ちで原稿を書いた。

 でも、どうなんだろう?

 なぜ、あの女は脱いだのか、というルポルタージュを書くことが週刊誌ジャーナリズムなのだろうか。

 関係者に取材して、「わかった」というところまでいって、書く。

 それを期待してくれていた読者には、ただただ、スマンです。

 全部できればよかったんだですが……。

| | コメント (0) | トラックバック (4)

「ホッピー熊蔵」さん、コメントありがとう!

 今回のボツ記事事件、本当に、情けなく、力が抜ける、やる気がなくなる出来事だったのだが、ボツ記事をネットで公開したら、こんなコメントしか返ってこないと思っていた。

「お前が下手だから、ボツにされるんだよ」

「原稿が変えられたのは、市場原理として当然のこと」

 だから、「ホッピー熊蔵」さんのコメントはありがたかった。

 事情を整理すると、

 原稿を依頼されて、取材突入。この時点では、編集部のスタッフにずいぶん助けられた。

 朝からロマンポルノを観る日々で、わしの前頭葉はほぼ、破壊される。

 女優さんにインタビューした後に、掲載拒否を喰らったり、いやーな空気になったりして、めげる。

 で、書き上げてメールすると、担当編集者は夏休みでいない。

 電話では、「面白い」と編集者は言って、そのまま。

 校了間際になって、すげえ原稿が送られてくる。

 たとえば、「映画『青春の殺人者』は傑作」と書いてあったりするのだが、わしはこの映画を傑作と思ったこともなければ、今回、観直してもいない。

 これ、署名記事だろ!?

 誰が書いたんだよ!?

 批評家として、これは、はっきり「営業妨害」である。

 この原稿もこのブログでアップする予定。

 で、激怒して、「まだ直せるの?」と聞くと、ギリギリ。

 講談社に乗り込んで、妥協合戦をやった。

 その次の日の早朝に、ゲラが送られてきて、話し合いで決着をつけた部分も、勝手に直してあるので、決裂。

 原稿はボツ。

 雑誌には署名を外して掲載される。

 というわけで、「貨幣と交換できない原稿」の続き。

 批判、罵声、中傷大歓迎です。

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史③

 自由度もチャレンジ精神も世界一だった増村映画だが、「銀幕の素っ裸」だけはまだ、タブーの領域だったということか。

『盲獣』から約7年。同じ増村・白坂コンビの名作『大地の子守歌』には、原田美枝子がなんの必然性もなく乳房を晒すシーンがある。

 野生児そのもの。白坂さんが「あんな猿みたいな子で大丈夫か」と心配したという原田は、売られてきた遊郭の台所で盗み食いをし、女友達から「何しとるん?」と問われ、「ノミをとっとるんじゃ」と言って、アンバランスの極みといえる巨乳をポロリと見せてしまう。

 白坂さんをはじめ、スタッフ全員が「びっくりした」という原田美枝子の豊満さ。映画の前半部、ヒロインは完全な子どもとして描かれているのでその衝撃たるや……。

 わずか7年だが、まさに、隔世の感、である。

 白坂さんは言う。

「最近、呼ばれて上映会に行って驚いた。女の人がみんな泣いている。号泣ですよ。俺は泣かすつもりなんかなかった。ドライに書いたつもりなんだけど」

 原田美枝子演じるおりんは、自立した女というよりも「孤立」を求める特異なヒロインである。

「人間はめんどくさいんじゃ」と言い放ち、やりたいことだけやり、これ以下はない地獄に突き落とされ、しかし、おりんは最後まで人間の情の塊のままである。

 マスコミから「自立した女」になれ、と急きたてられ、やっと自立したら「格差社会」にはしごを外された今の女性たちの心情が、30年前の映画と重なった、ということか。 

 いずれにせよ、「必然性」とか「文芸作品だから」とかいったエクスキューズを必要としない素っ裸のヒロインの登場は、60年代には考えられないことで……いや待て。

 そういう流れで原稿を書こうとしていたのだが、最終の打ち合わせで編集者からこう指摘された。

「大谷直子さんの『肉弾』は1968年公開ですよ」

 これには驚いた。その前衛性、斬新なリズムから岡本喜八監督の名作『肉弾』は70年代の作品だと筆者は思い込んでいた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月31日 (月)

貨幣と交換できない記事②

 16万馬券は当たるわ、片山さつきは落選するわ……。

 ほんまに酒がうまいのう。

 ということで、ボツ原稿その二。

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史②

 監督は『妻は告白する』『兵隊やくざ』の巨匠、増村保造だが、『盲獣』の登場人物はわずか3人。盲目の怪人(船越英二)とその母親(千石規子)、主人公にさらわれた奔放なモデル(緑魔子)のみ。ほぼ全編、3人は、女体のオブジェが壁から生えている怪人のアトリエに閉じこもっている。

「書いていて、3人を外に出してあげたくなった」(白坂さん)

 期待できるのは、暗さと閉塞間のみ、ともいえる設定だが、増村監督は、母と息子と初めての女という究極の三角関係を、緑魔子の劇的な変貌を軸にクールかつ丹念に描き込んでいく。

「このキ〇ガイ!」「め〇ら!」と叫びながら何度も逃亡を図る緑魔子。

「テレビでは絶対に放映できないよ」(白坂さん)

 映画がテレビによって押し流されようとしていた時代。巨匠もまた、テレビには絶対に映らないもの――裸、セックス、暴力で、時流と対峙したのである。

 緑魔子は、嘘八百を並べ立てて息子を抱き込み、翻弄し、母の嫉妬を楽しむようになる。緑魔子は、いつしか、はすっぱな女から、妖艶さを撒き散らす「かっこいい女」へと豹変する。

 三角関係を清算すべく、女を逃がそうとする母。過って母を撲殺してしまう息子。ここからの、内なる良識をヤスリで削られ続けるような展開を白坂さんはこう言って笑い飛ばした。

「増さん(監督)も俺も、どうせ会社は潰れるんだから、好きなことやろうや、って感じでしたよ」

 凄惨さの塊となって闇に消える緑魔子を見送って、筆者はしばらく動けなかった。反体制を突き破って、反良識、反「やさしさ」、反「人間らしさ」……。

「観ている女の子が吐いちゃう映画」(白坂さん)

 さらに、反「消化器系」にまで突き進む映像は、世界中探しても類を見ない。

 この『盲獣』は、「裸映画」としても特異な構造を有している。

 筆者の緑魔子のイメージは、「アングラの女王」であり、「あの人が脱いだって誰も驚かないよ」である。

映画ライターの松井修さんは言う。

「4大メジャー映画会社で『裸路線』の先駆者は、60年代、東映の緑魔子でしょう。彼女は『必然性があれば脱ぐ』と公言した初の女優とされています」

 そうであるはずの緑魔子が脱がない。これが現実なら、常に全裸でなければおかしい設定(二人とも盲目になっているのに、パンツ一丁で暮らす)で、バストトップを巧みに隠し続けるのである。

 同じ増村作品の『卍』で若尾文子が全裸なのにポイントのみをギリギリで隠し、「見せるよりエロ」と観客に思わせたように、

「ああ、これが1960年代なんだなあ」

 そう納得しかけた。

 映画評論家の秋元鉄次さんは言う。

「まだ映画が娯楽の王様であった時代、日本の女優さんは、五社協定(松竹、東宝、大映、新東宝、東映の5社が、1953年、「各社専属の監督や俳優の引き抜き禁止と貸し出しの特例廃止」に同意した)もあって、ずっと大事にされてきた。女性の頂点、高嶺の花である映画女優がヌードになるなんて、そもそも発想自体がなかった」

 各映画会社の「スターシステム」がまだ生きていた時代のヒロインは、誰も脱がなかった。加賀まりこ、藤純子、浅丘ルリ子、岸恵子、緑魔子までも……。

「関根恵子は本当に偉大だなあ」

 そう納得しようとしたとたん、エロさのかけらもない残酷描写の連続となる『盲獣』の最終盤で、突如、緑魔子がスポーンと乳丸出し……なぜ!?

 小ぶりだが乳首と肌の色にほとんど差のないフレッシュな乳房……。「なんでここまで出し惜しみをするの?」と言いたくなる美しさである。

 乳房をもみしだく船越英二の掌の位置、緑魔子がカメラに背を向けるタイミング、影を作ってギリギリ見えない照明の妙など、ここまでの撮影は大変な段取りだったはずなのだが……。

「ああ、もうどうでもいいや!」

 最後の最後、緑魔子が吹っ切れてしまったとしか考えられない。

 自由度もチャレンジ精神も世界一だった増村映画だが、「銀幕の素っ裸」だけはまだ、タブーの領域だったということか。

| | コメント (1) | トラックバック (5)

2009年8月29日 (土)

マスコミには載らない原稿

 ボツになった原稿、ってのは、まあ、たくさんあります。

 この夏は、信頼していた雑誌から「あんたはゼニならない」と言われて、ショックだし、悲しいし……。

 というわけで、タダで公開、連載します。

 それがブログの役割でもあるんだろうし。

 笑っていただけたら、供養になります。

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史

中田潤

 映画『高校生ブルース』の山場は、体育館倉庫でのバイオレンスシーンである。

「私のおなかを思い切り踏みつけて!」

 悶え苦しみながら、おなかの赤ん坊の父親を睨みつける関根恵子。このとき、なんと15歳。

 しかし、本当にショッキングなのはそこからだ。

 流産し、床に伏せる娘を母親がなじる。

「流産なんて、お母さん、もう信じられない!」

 耳をふさいで突っ伏した関根恵子が上体を起こすと……。なんと、スケスケのネグリジェを着ている。

「信じられない!」のは、観客である。

 まだ高校生の娘が死にかけた、というのに、何を着せているの!?

 ベッドを出ると、乳首も股上の深いパンティも丸見えである。

 この映画の結論は「母親の教育が間違っていた」ということなのか!?

 乳丸見えで、鏡を割り、母の恋人が描いた自分の絵を硫化水素で溶かし、金魚を殺す関根恵子……。

 絶望しても、シースルー。

 彼女の主演第二作『幼な妻』の脚本を書いた白坂依志夫さんは言う。

「関根は大映の最後のドル箱ですよ。関根の裸のおかげで、あのときはギャラが出たんじゃないかな」

 逆にサバを読んで16歳の高校生を演じた関根恵子は、「きみの胸に触りたいんだ」の一言で、スポーンと可憐な素っ裸をカメラ(つまり、大衆)に晒した。

 映画評論家の寺脇研さんは、当時の衝撃をこう振り返る。

「インパクトはすさまじかった。それまで高校生役といっても、渥美マリとか20代の女優が演じていたでしょう。高校生役を実年齢の女優が演じるというのは初めてだし、デビュー作でいきなり妊娠する女子高校生を演じ、大胆に脱いでるんですから。でも、実は、大映末期のヒットシリーズ『レモンセックス路線』の映画は、そんなにエロくない。関根さんはどんな大胆なヌードになっても、明るさ、健康美が先に立って、陰惨な感じはしないんです。豊満なビーナスなんです」

 その頃、大映のセットでベテランの左ト全はこう宣言したという。

「金を持ってこなけりゃ、もうここには来ない!」

 俳優、スタッフのサボタージュは日常茶飯事。『高校生ブルース』公開後、1年あまりで大映は倒産する。

 一時的ではあったが、給料遅配は止まった。倒産までの約2年間、関根恵子は7本の映画に主演。15歳の子どもが、並み居るスター、巨匠、芸術家、職人たちを救った。「頭が下がる」とはこのことだろう。

 ネグリジェでの「サービスカット」(なのか、これ?)に前頭葉を吹き飛ばされたスケベどもは、『幼な妻』の映画館に行列を作ることになるのだが……。

 数時間後、彼らは心の中でこう叫んだに違いない。

「関根恵子のケチ!」

 この映画にはオールヌードのシーンがないからである。バストトップは、影、シーツなどによって巧みに隠される。映画のクライマックス、初夜の「貫通シーン」は、すぐにリスがどんぐりを齧っているショット(なぜ!?)に切り替わる。

 白坂さんは言う。

「俺としては、あくまで、関根のデビュー作として書いたんだよ。ところが、なぜか、『高校生ブルース』が割り込んできたんだな」

「第二の原節子」と呼ばれた関根恵子のデビューは、エース脚本家を立て、「大女優は乳首を見せない」という伝統の元、周到に計画されていたのである。ところが、別の組が低予算、早撮りで『高校生ブルース』を完成させてしまった。「会社にはもう、ストックもなけりゃ、企画もない」(白坂さん)ので、画ができたらすぐ掛けろ、ということだったようなのだ。

 だから、順番にDVDを観た筆者は、茶の間でひっくり返った。関根恵子が、またしてもスケスケのネグリジェを取り出したからだ。

「叔母さんは、私にこんなものを持たせるのよ。でも、恥ずかしいからパジャマにするわ」

 なぜ!? 頼むからまた、「乳丸見え」を着てください!

 このモヤモヤは、白坂さんにお会いしてやっと晴れたわけだけど……。「なぜ!?」はまだ続く。

『幼な妻』は、父娘家庭の建築デザイナーと天涯孤独となった女子高生の結婚を描いた常識的すぎるほど常識的なメロドラマである。

 しかし、その前年。白坂さんが世に問うた作品は『盲獣』。おそらく、世界一、インモラルなカルトムービーなのである。

 このギャップはなんなのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月10日 (金)

阿佐田哲也先生!

雀師流転―阿佐田哲也コレクション〈6〉 (小学館文庫) Book 雀師流転―阿佐田哲也コレクション〈6〉 (小学館文庫)

著者:阿佐田 哲也
販売元:小学館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 すごい。ものすごおもろいやないけえ。

 表題作。博打は「友達がほしい」という気持ちと表裏一体で、しかし、友達にはなれない。

 博打の滋味は、人間の面白さであり、人間関係の濃淡にこそコクがある。

 思い知らされた。

 寝間着のまま、PATで競馬やって、やられている場合じゃない。

 戸田グラチャンの3日目だったか。

 通路を隔てたじいさんが、3レースぐらいから話しかけてきて、わしは、競艇を獲るための教えを請うたよ。

「今、5がひっかかったけど、これを事前にどう予想したらいいの?」

 競艇談義。

「そりゃあ、予想できねえよなあ」

 ゆえに、二人ともダメダメ。

 SGでわしはドロドロで、じいさんも4カドまくりから買って、2着の5を外すなど、散々。

「4のアタマで5を買うのは当たり前なんだけど……」

 でも、楽しそうなんだな。

 12レース。

「バスが混みそうだから、あっちで見るか」

 立ち去るじいさんに、わしは顔も見ずに、

「お疲れっス!」

 それが鉄火場の礼儀かと思ったら、

「ありがとうな。今日は」

 競艇場はインチメイト。最高じゃん!!

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009年7月 7日 (火)

阿佐田哲也と安酒

 結局、昨日は多摩川競艇には行かず、家で仕事。

 やっぱり、それが大正解で、金田幸子選手は最終日になって人気で、堀之内紀代子選手は、まあまあのスタートだったが、アタマは獲れない。平高奈菜選手も。

 そんで、1リットル紙ハックの麦焼酎に梅干を入れて、

阿佐田哲也コレクション〈1〉天和をつくれ (小学館文庫) Book 阿佐田哲也コレクション〈1〉天和をつくれ (小学館文庫)

著者:阿佐田 哲也
販売元:小学館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 なんで、これが発売されていることに気がつかなかったんだろう。

 ここのところ、映画を観に行ってもがっかりするだけだし、本屋に行っても読む本がない。

 経済モノやノンフィクションは、佐藤優とか勝間女史とかばっかでしょ?

 ヤン・ソギルや町田康や団鬼六が多作だったらいいんだけど……。

 で、東武デパートの旭屋書店で、この本を見つけたときには、

 いや、阿佐田哲也は全部読んでいるよ。

 そう思った。

 立ち読みしていて、興奮してきた。

『競輪円舞曲』って短編、確かに初見なんだよ!!

 大学に入って、麻雀をおぼえて、19歳くらいのときって、わしの人生最高の読書体験であった。

『麻雀放浪記』を一晩で読んでも、角川文庫の書棚には、まだたっぷりと博打小説がある!

 パチンコか麻雀をやって、本屋に立ち寄って、一冊づつ抜き取って、酒を買って帰る。

 あんな楽しい一時期はなかった。

 で、それが蘇ってきた。

 文庫本未収録の短編なんで、駄作なのか、って思ったわしがアホでした。

 すみません! 戦後大衆文学の巨星よ!!

 阿佐田哲也先生のテキストは、ちっとも古くならないし、ダメで崇高で自堕落で教訓にあふれている!

 オールタイム・ベストとは、まさにこれ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月22日 (金)

何でノンフィクションはダメなのか!?

 国家権力と闘っていないからだ。

 そうでしょ?

 わしがこの世で一番もらいたくない賞は田原総一郎賞だよ。

 ほんま、かっこわるい。

 わしもじじいだが、こいつら、本当に、自分がじじいだから偉い、と思っているのよ。

 ファック! シット! メルド!

 ドント・トラスト・ノンフィクション!

 活字こそ、信じるな!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 8日 (水)

思想書を読んでも無駄な時代

 いい時代になった。さばさばすらあ。

 そういえば、このブログに「このクソ左翼が!」ってコメントしてくる人もいなくなった。

 ちょっと前なら、北朝鮮の飛翔体発射に、日本共産党が反対し、社民党が棄権したことに、ネットは激怒する書き込みの嵐となっただろうけど、今はどう?

 ジュンク堂は、アナーキズム関連の書物を1階に並べたが、売れた?

 今の不況が、新自由主義によって引き起こされた、って書いてひとり悦に入って何になる?

「中国が大嫌いだ!」って書き続けている『スパ!』は売れてる?

 まるで関係ない。

 今、重要なのは、「死」をポケットに入れて、常に「死」と語り合うことだ。

 サブプライムローンを売って、1億円のボーナスをもらった人も死ぬな。

 グローバリズム、資本主義に反対して、デモをやる人も死ぬな。

 絶望して、爆発物を体に巻きつけて、バスに乗るイスラム教徒は、本当に、ちょっと、待ってくれ。

 満開の靖国神社で『同期の桜』を歌い続けているじいさんたちは……あ、この人たちは心配ないよね。

 アナーキスト? そんやつ、どこにいる?

 コミュニスト? みんな後期高齢者だよ。

 思想書を読んでも無駄。イデオロギーが無意味化した世界にわしは生きているわけで、長く生きるのは絶対に悪くない。

 ジョニー・ロットンは歌った。

 俺はアンチ・クライストだ。俺はアナーキストだ。

 ジョン・レノンは歌った。

 神はものさしだ。あんたの痛みを計るためのね。

 ルイ・アームストロングは歌った。

 ああ、なんて、素晴しい世界。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2009年4月 7日 (火)

散歩して、町田康

 競馬でやられたら、また長い執筆、そして散歩。

 また、ジュンク堂まで行って、これを座り読みしたら、

真説・外道の潮騒 Book 真説・外道の潮騒

著者:町田 康
販売元:角川グループパブリッシング
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 止まらない。買うしかない。

 ああ、またしても、バンドで負け、文章で負けた後輩(「長幼の序」ですから)の、たぶん、相当リッチになった印税生活に寄与してしまった!?

 面白くないわけないじゃん!

 あの「マーチダ・コー」が、NHKのドキュメンタリー部門と、なんと、チャールズ・ブコウスキーをテーマにアメリカを旅する、と言うんだから。

 朝日新聞の記者と同様、最悪なのは、NHKの職員は、ほぼ全員が「うちの媒体に出たくない日本人はいない」と信じて疑わないことだ。

 そりゃ、ブコウスキーの映画をテーマにした傑作、『パンク、ハリウッドを行く』よりひどい展開になる。

 前半、30ページで既になっている。

 わしもスポーツノンフィクション『ラストラウンド』を書き、テレビに引きずり出されたことがある。

 BS朝日の番組だったが、

「この枠は、あなたの作品を映像化するために作った」

 とかね、

「僕はあなたの作品を映像化するために、助走としてこんな作品を作って来た」

 とか、むちゃくちゃヨイショするし、むちゃくちゃ熱い。熱いけど、「諸事情でわしがあの人にインタビューするのは無理」とか言うと、ぶんむくれる。

 ディレクターのなかに既に台本はできていて、スケジュールも決まっていて、……てゆーか、『ラストラウンド』はわしの作品だよ! 1000の言葉からひとつを選んで書いたんだから、後楽園ホール前の路上で、わしにインタビューしても、苦しげなハゲがいるだけだよ!

 グレート金山さんは、32歳でリングで死んだのである。

 後輩に威張れるのは、NHKBSよりわしの番組はさらにマイナーだったから、テレビでわしの作品は薄められたが、その本質をスタッフは理解していた。

 町田康が中原中也を語るテレビを見たけど……むごいよ。

 わしは、新刊本のプロモートになって、確実に50万円の得がなかったら、金輪際、テレビには出ない。

 テレビで心の底から尊敬する人(グレート金山さんがまさにそれ)を語ったら、まず間違いなく、後悔をする。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年4月 4日 (土)

bakanakadaさん、コメントありがとう!

 この反応が普通です。ノーマル。

 逆に、一本もないのが不気味だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 3日 (金)

月刊現代はなぜ、潰れたのか?

 わしのミスで、冊子「私と現代」に掲載されなかったわしの原稿全文です。

 ご笑覧ください。

 執筆依頼を手紙で受け取った。

 極貧ライターにとって、執筆依頼ほどありがたいものはない。しかも書面。丁寧だ。編集者との接点がメールのみ、打ち合わせなし、の昨今では、本当に久々。

 しかし、だよ。差出人は「『月刊現代』休刊とジャーナリズムの未来を考える会」。発起人は、魚住昭さんと佐藤優……。ん?

 なんで、佐藤優!?

 ジャーナリズムと佐藤優がどこでどうクロスする? 関係あるか!?

 佐藤さんは元外交官だから、ロシアの要人と会えたが、私には無理。

起訴されて本を書いてベストセラーとなったが、佐藤さん、今、ジャーナリストとして取材してる?

国家権力をバックに機密費使い放題の経験を書いて、やれ、インテリジェンスだ、知だ、マルクスだ(私がマルクスについて書いても誰も活字にはしてくれんよ)ってメディアが持ち上げただけじゃん!

私は、佐藤さんの外交は全部、失敗している、と思うが、どうか?

私は「ジャーナリスト」ではない。事件記事の依頼を受けて、「真実」も「報道」も書けない、と深く感じ入ったからだ。先入観、恐怖、取材者に対する申し訳なさ、そして、締め切りの前に、私個人の判断力なんて爪の先ほども信用できないと思ったからだ。

私は「ジャーナリスト」ではないが、佐藤優さんのような人が出てきたら、私の稼業を守るために闘う。100回闘って、ほぼ100回負けてきたが、それでも闘うよ。権力には書けない事柄がこの国の地べたには存在し、ストリートワイズみたいなもんは、権力に抗する部分を必ず有していたからだ。

だから、私の『月刊現代』に対する思い出も負けた記憶ばかりである。

「博打ばっかりやっているダメ人間が、渾身でノンフィクションらしきものを書いたけど、『現代』って誰が読んでいるの?」

 入り口の感想はこれ。

 皆さんに問いたい。本当に、ここ20年、誰がこの雑誌を読んでいた!?

 文字通りの背水の陣。お金がまったくなくなって、私は新宿駅西口地下の公衆電話から編集部に電話をかけた。

「今、撤去間際の新宿駅のダンボールハウス村を取材しているんですけど……」

「それ、送ってください」

 即答だった。私は泣きそうになった。

 池袋からの往復運賃300円。昼飯が立ち喰いカレーで350円。本当にお金がなくて、この取材費で講談社の原稿料をいただけるのなら、本当にありがたい。書く!

 私は地べたから動けない人を片っ端から取材した。

ほとんどの人が、「悪いのは自分なんで、ここにいる理由を聞かないで」と言うのでめげた。身につまされた。

私は、西口に座っている人の中で一番でかい白髪老人に声をかけた。

「俺は国鉄スワローズの鵜飼勝美だ」

 老人はそう告げた。

調べると、国鉄を金田正一がたった一人で支えていた時代のダメな4番打者だった。オールスターゲームに一度だけ選出された男。

ジャーナリストなら、ここでどうするのだろう?

鵜飼勝美に身分証を提示させる?

写真を撮って、家族を訪ねて確認?

「シゲをここに連れて来い! シゲが見たらすぐわかる」

 長嶋茂雄を連れて来るわけにはいかないとしたら?

 私は金田正一にコメントを求めたが、取材拒否された。

 私はしょんべん横丁でしこたま酒を飲んだ。

意識もうろうでダンボールハウス群に向かい、

「ウソでしょ? あんたは鵜飼勝美じゃない」

 当然、関係は決裂。

「シゲを連れて来い!」

 締め切りが来たんで、そのまま書いたら……。なんと、一言の注文もなく掲載。

 でもね、私がつけたタイトル「ダンボールハウスの4番打者」は、なんの断りもなくこう変更されていた。

「新宿ホームレスかく語りき」

 こんな雑誌、ダメでしょう?

 こんな雑誌が「ジャーナリズム」「ノンフィクション」を語る資格があるか!?

 80年代に私がいた『平凡パンチ』は、「ジャーナリズムを捨てたからダメになった」と言われた。

 でもね、「海開き 股開き」なんてタイトルの特集の原稿について、深夜まで徹底討論、書き直しを繰り返していた。ジャーナリズム、ノンフィクションじゃなくても、それが雑誌の常識です。違う?

| | コメント (2) | トラックバック (1)

す~さん、コメントありがとう!

 かっこわるいまま、死を迎えるのも本望。

 でも、ケンカしないまま、死を迎えちゃ後悔する。

 ロンドンで暴れて、死んだ人もいる。

 犬死にじゃないよ。

 それは、わしが書いていかなきゃいけないこと。

 す~さんの言う通り、人生はヤリ、ヤラズだよ。

 ここ一番、ケンカして、ボロくおもろく負けましょう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

G20と日本のノンフィクション

 ものすごく悲しいのは、日本の大きな出版社が、ほぼ、佐藤優の連載を抱えていることだ。

 面白いから?

 はい。それは認める。佐藤さんのコラムは面白い。

 じゃあ、佐藤さんの外交は?

 全部、失敗でしょ?

 今回のG20に佐藤さんが行っても、対米追従で、フランスもドイツも説得できなかったはず。

 面白いから連載決定。反権力の魚住昭さんが佐藤さんと対談。田原総一郎賞を、佐藤さんと魚住さんがともに作ろうとする。

 わしにいわせりゃ、そんなアホな、だ。

 こうなっちゃうと、本当にメディアは権力なのである。

 佐藤さんが検察批判をするのは当然だ。それにテレビ屋の田原さんが乗る。反権力の魚住さんも乗る。

 誰が一番得をする?

 自民党と株式会社、コーポレーションだ。

 官僚が悪い? 確かに悪いよ。でも、それは自民党も言っていることで、権力と権力の争いでしかない。

 官僚をメディアが叩いて、自民党の権力は生き延びるのである。

 派遣切りをした企業、株式会社、コーポレーションは、は人殺しをしてないか?

「インテリジェンス」なんて言葉を自分に冠して平気なやつは、下品であると同時に、読者をバカにしている。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009年4月 2日 (木)

す~さん、ほんとそう

 わしもかみさんにいつも言われる。

 ケンカしたらダメ。理があっても、ケンカした後のあんたは、かっこよくないと。

 肩の力抜いてます。かみさんから何度言われても、ケンカしてダメになってきた。

 ケンカするのが仕事だよ!

 家族にそんなことを言うのも、ノンフィクションライターの性なんだよなあ。

 穏やかにいきますわ。その性で雑誌は潰れたんだから。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

くるりさん、す~さん、まっちゃん、コメントありがとう!

 わしのミスなんだから、クソミソに言われるコメントの殺到を恐れていた。

 記事の削除もすべきじゃないと思ったし。

 ブログをやって本当によかった。

 ブログは会話です、やっぱ。

 たくさんの人にアクセスを頂き、ほとんどの人が「アホか!?」だったと思うんですが、ズンズンとアホをやるのも無意味じゃないのかも。

 本当に反省ですが。

 まっちゃん、野球、サッカー、ボクシング、なんでも付き合いまっせー! 変則娯楽として、飛田給に学生アメフトを観に行くってのはどうよ?

 ほんと、ずいぶんごぶさたしてますし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アナーキズム復権!?

 まあ、テープ起こしをして、これまで以上に伝わるように、読者が投げ出さないように丁寧に原稿を書いて……。

 ってまあ、日常である。仕事がある。売れたら、という夢もある。

 長い原稿執筆のとき、わしは池袋駅まで散歩する習慣がある。歩いていると、「あの書き方じゃないくてこっちだな」というのが次々に浮かんでくることがある。

 何喰おうかなあ。大勝軒? サイゼリア? とか考えていても、自然と浮かんでくることがあってけっこう貴重。

 で、ジュンク堂まで足を伸ばして、びっくらこいた。

 ジュンク堂っちゅーのは、平積みが最悪で、本屋のワクワク感がまったくのないのだが、1階の話題本のコーナーに、チョムスキーなどアナーキスト関連の、はっきり言って、クソ面白くない本が並んでいるじゃないの!?

 アナーキズム復権!?

 ロンドンでもそれらしきやつらが血塗れになっているしな。

 時代は変わっている。

 それは確か。わしが上京した1978年からこっち、街の本屋にあるアナーキズム関連本は、大杉栄を除けば、『墓標なきアナキスト群像』だけだった。

 でもね、わしはこれにはワクワクしない。

 ロンドンの暴徒には、「やれえ!」という野次を飛ばしたい。断固支持。

 だけど、人生棒に振って潰さなくても、G20はすでに自壊していると思うぞ。

 数値目標は出せないし、金融機関への規制はできないし、サルコジは椅子を蹴らない。

 もっと、権力が想定していない抵抗があると思うんだよな。

 イスラム銀行誘致、ってのはどう?

 うーん、時間がかかるか。

 マイクロクレジットもやる無利子銀行を「民主銀行」の名前で立ち上げるのは?

 わしがやったら、新銀行東京以下になるか?

 つまりは、お金を持っている人が、今の銀行からお金を引き出し、多くの人が株式会社の作る商品を買わなくなれば、それが最大の抗議である。権力者、支配者はマジで青くなる。

 まあ、誰もついて来てくれないんだけど、派遣切りをされた人たちは、本気でリベンジしたいならまず、なるべく株式会社の商品を買わないことだ。

 絵空事?

 希望はあるよ。

 現に、ハマー、RX-7、誰も買わないじゃん。30万円のパソコンが売れてるか?

 だから、わし思うのよ。9・11以降の不安がハマーを生んだのなら、世界がもっと不安な今、日産、マツダあたりが、頑丈さだけハマーなかっちょいい100万円の車を作ればいいんじゃない?

 頑丈なだけならコストは知れてるじゃない? 

 んなことないか?

 あ、株式会社の商品を買うな、って話だったな。

 丁寧に原稿を書く。それはやるから、他になんかねえかなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年4月 1日 (水)

ああ、もう本当に最悪じゃ!

 メールの送り方も知らないでライターをやっておるのか!?

 スマンです。

 結局、自分のミスやん!?

 スマンです。

 本当に最悪。自己嫌悪。

 執筆依頼じゃないんで、こういうこと、起こりうるよなあ。

 入力ミスをしているけど、わしのメールは送信済みアイテムにすんなり入っちゃってる。

 どこに送信されたんだよ!?

 原稿料はただですが、投稿したい人は下記メルアドへ。それだけだから。

 で、シンポに出かけて、わしの原稿が載っていない冊子を3000円で買わされる。

 わしはアホや!

 月刊現代が潰れたのもわしのせいだ。

 雑誌が潰れると、いつも思うよ。

 もっと真面目にやればよかった、と。

 もっと、こっちから編集者に働きかけて、徹底討論をして、読者が求めていることをしっかり考える。

 昨日、池袋をとぼとぼ歩いていて、落語のことを考えていた。

 今の落語家はすごいよ。

 しっかり作り込んでいる。

 しかも、ライブで客の反応もあってさらに磨かれる。

 シンポジウムをやるのなら、しょっぱなから、読者の質問に書き手が答えていく形にすればよかったんだよ。

 ノンフィクションで生き残っている書き手は、全員が、「俺は世界一原稿がうまい」と思っている。そうじゃなきゃやってられない部分もある。自意識ばかりが肥大する。

 今の落語がすごいのは、「俺はうまいでしょ」という自意識がほとんど消されたからなのではないか。昔はそんな落語家ばっかりだったけど、若手によって抹殺された。

 一方、読者には、切実さの優先順位がある。収入は減っている。

 ああもう、俺には月刊現代を買う余裕もないのか!?

 これも絶望。

 一方で、「俺はうまい」と思っている書き手は何を考えてきたのか?

 単行本のためにも、書き手をトレーニングする場である月刊現代は潰さんだろう。

 その程度のこと。

 だから、「俺の本はまだ比較的売れている」とか「いろんな媒体で書いている」とか自慢する。

 この落差は大きいよ。いかんともしがたい。

 わしらは、赤プリの最上階のバーで、格差社会について語り合っている。

 雑誌が潰れても、「日本のノンフィクションの世界は豊穣」なんて言って、ワインを飲んでいる。

 シンポの第一部が、結局「官僚、検察が悪い」という流れになったよね。

 それをやるのも仕事だよ。仕事をくれたらわしもやる。

 でも、読者にとっては、「またかよ!?」だよなあ。

 トレーニング中の書き手も、先輩たちを妄信しているから「官僚が悪い」とか書くのがノンフィクションだと思っている。

 落語には絶えずある「こうきたか!?」という驚きがもうないんだよなあ。

 反省中。今回の件を含めて。

 地べたのダメ人間をわしはずっと書き続けてきたが、それも今の絶望した人には届いていない。

 職人仕事はいつでもできるんだから、むちゃをやる必要があるのかもしれない。

 どんなむちゃかさっぱりわからんが。 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年3月31日 (火)

スマンです!

 調べてみると、やっぱりわしのメールアドレス入力ミスで原稿が届いていませんでした。

 佐藤優さんの言うとおり。

 スマンです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

朝5時になったけど、辰濃哲郎からのメールはない

 まだ、飲んでるからだろうなあ。

 クソの役にも立たないシンポの打ち上げ。高い店で。

 わしの原稿をどこにやったんだよ!?

 お前のパソコンの中にあるよ!!

 編集者なら、飲む前に、メールぐらいよこすが、相手がノンフィクション作家だからなあ。

 ただで原稿を書け、と言っておいて、原稿を紛失して平気なのか、辰濃哲郎!?

 平気なんだろうなあ。

 真面目に真実、ジャーナリズム、ノンフィクションを、立ち止まって考えている人だから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ネットはクソだと、ノンフィクション作家は言う

 青木理さんが市民記者のジャーナリズムで失敗して、「やっぱ、プロじゃなきゃ」みたいな話をしていた。

 わしに言わせりゃ、やった、ってこと自体、反省すべき。やってみて、先輩たちの偉大さがわかったの?

 市民記者のジャーナリズムがダメなのは、そんなもん、初めからわかっている。これも市場での話であって、潰れたんですよね。

 だから、プロじゃなきゃニュースは届けられない。

 現代も潰れたって! プロもダメだったのよ。

 40代のプロである青木さんが、未だに自分探しみたいなことをやっているからだ。

 ネットのすごさは、実はノンフィクション作家もわかっていて、全員がグーグルの要約を取材の出発点にしているはず。

 反論があったら、是非、コメントください。

 そのグーグル以上のものが必要か!?

 わしは、グーグル要約の危険性を現代に企画として何度も出してきた。

 全部、ボツだよ。

 現代は、ネットに対して戦わずに負けたんだよ。

 テレビについての企画も全部ボツ。通ったのは、「どのテレビを買ったらいいの?」っていう、ほとんど読者をバカにした記事だ。地デジもなんも老人はわからない、という前提に立った記事。バカにすない!

 でも、わしが書いた記事はダメだった?

 わしはものすご面白く取材して書いたけど。

 壇上のアホどもはこう言ったよねえ。

 わしは書きゃなきゃ死ぬと。

 しかも、書きたいことだけことだけ書くと。

 そんな特異体質の人間の情報を誰が求めている?

 グーグルのアウトラインで、万人が、自分の物語をブログで書ける時代になった。

 雑誌を読んでも、戦後史の真実なんてどこにも書かれていないじゃん!

 書いた、と胸を張っている人が、世の中を変えられないから、メディアは権力、と糾弾される。

 ネットは素晴しいでしょ?

 これこそが、パンクロック。

 佐野さんは、ノンフィクションの世界は豊穣で、人間は紙媒体を捨てないと信じている、と言った。言葉は美しいけど、根拠はゼロだ。

 言葉だけが美しいのがファシズムでしょ?

 わしも反省し、みんなで沈みましょう!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高山文彦様

 高山さんにお会いしたのは、赤坂プリンスホテルの最上階のバーだった。

 高山さんが、そこに編集者を呼びつける、って場面だったと記憶していて、わしもうまい酒が飲みたいからついていった。

 ライターって同業者と会う機会がほとんどなくて、わしは本当は会いたい。会って、「こういう雑誌はどうですか?」という話がしたい。わしは高山さんの読者でもあるし。別冊宝島をやっていた頃は、けっこうそういう機会があって、「よし! わしらで雑誌創刊じゃ!」って言い合っていた。ひとつも実現しなかったけど。

 現代シンポで高山さんは、農業は楽しい、って延々と話していたけど、もう一度、あのバーでお会いしてその話を聞いたら、やっぱり、「故郷の山がなあ」というお話になるんだろうか。わしの故郷にも畑と山があるから。

 赤プリのバーでそういう話をしているわしも高山さんも、多分、この国の、大多数の絶望している人たちに届く言葉は書けないと思う。

 平凡パンチ時代、わしも忘年会の二次会は帝国ホテルのスイートだった。

 ただ酒飲み過ぎてますもん、わしら。

 ジャーナリストの皆さんは、死体を穿り回し、死に慣れっこになり、死に対す感情を失う訓練を施され、震災の神戸から帰って、大阪のホテルの最上階で酒を飲んでいた。

「書きたくない仕事は断る。長編しかやらない」

 いいなあ、高山さん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ノンフィクション作家なんて全員がクソだ!

 もうほんと、最悪なのよ。

 現代シンポの壇上のやつら。

 私の本は比較的売れている、みたいな自慢をする。

 雑誌が潰れても、田んぼと山があるから大丈夫、とか能天気なことを言う。

 自分の新刊の宣伝をする。

 笑いを取っていたのは佐藤優さんのみで、これが、いやーな笑いなのよ。

 みんな深刻ぶって、笑いのひとつも取れないんだから、そりゃ、雑誌は潰れるよ!

 40代のライターは、発言の大半が先輩に対するヨイショである。

「佐野眞一さんに表現者の条件というお話を伺って、それ以来、自分にそれがあるのか、ずうっと自問自答している」とかね。

 40代のプロが悩むなよ!

 先輩たちが築き上げてきた世界を知って悩んだりしてるから、パンクロックを作ろう、みたいな気概は生まれない。 気概ゼロメートル地帯。だから未だに、この世界のスターは本田靖春さんなのである。

 拗ね者が大看板じゃあ、大向こうがワクワクするはずもないよ。

 質問のコーナーになって、読者からまっとうな意見が出た。

「全部、編集者のせいにして、書き手の責任はないんかい? 誰も謝らないのはなぜ? 現代はトレーニングジムだって言うが、レストランでトレーニング中のやつの料理を食わされたら、文句を言うよ。テレビも雑誌も、どれを見てもどれを買っても同じ。質の低下を実際に文章を書いている当事者はどう考えている?」

 拍手をしようと思ったけど、誰もしないんでやめた。このシンポ、同業者で固められているから拍手は起きない。

 これに反論したのが、客席の女性ライターだ。

「私はいろいろな媒体で書いている方だと思いますが」

 まず、自慢。この自意識をなんとかしないと、雑誌は売れないよ。

「企画が通らないんです!」

 同感。月刊現代は何度、わしの企画をボツにした?

「企画が通らないから、なんだかなあ、というテーマの記事を書く」

 つまりは、書きたいことが書けないから雑誌の質は当然、落ちる、と言いたいんだろうけど、ちょっと待ってよ。

 テーマがなんであろうともそれを自分節に持ち込んで商品にするのが職人であって、プロとは、全然、興味のないテーマでも調べておいしいところを必ず見つけるよ。森羅万象、おいしいところはあるよ。

 プロなら、絶対に、質を落としちゃいけないのである。

 この「言い訳」に対して、大御所が全員、「その通り!」と言ったのには驚いた。

「書きたい、という思いがなければ、絶対に読者には伝わらない」

 そう言うんだな。

「あなたの原稿を読んでいる。あなたにも長編が書けますよ」

 なんなんだよ、この気持ち悪い世代間ヨイショ合戦は!?

 で、結論。

「わしは書かなきゃ死ぬんだから、雑誌が潰れようが関係ない。書く」

 お前ら、間寛平か!?

 寛平ちゃんは笑えるからいいけど、そんな自己完結を深刻な顔で言うな。そんな決意、他人の活力になるわけないんだから。

 雑誌の休刊は市場、資本主義社会で起こっていることであって、「書きたいことを書く」なんて自己完結はまったく無関係である。

 自意識。自意識の地獄だ。

 自分の企画が通らないんだから、雑誌の質は当然、落ちる。

 自分の企画が通れば、あなたにとっても素晴しい世界がある。

 そんなことを本気で考えているやつらに未来はない。

 犬の一日。こんなにひでえ話し合いを少なくともわしは知らない。 

| | コメント (0) | トラックバック (2)

月刊現代シンポジウムに行ってきた

 最悪。犬のような一日。この世が全部クソに見える日。

 今日締め切りの原稿が書き切れず(スマンです。競馬最強の法則の皆さん)、新橋へ。

 池袋から新橋って、ほんとに遠い。

「『月刊現代』休刊とジャーナリズムの未来を考えるシンポジウム」

 これに参加するためだ。

 受付で3000円払って、わしも寄稿した『現代と私たち』という冊子をもらう。

 超満員の通路に座り込んで、冊子をめくってみると……。

 中田潤の名前がない。大中田潤先生の名前がねえじゃあああああん!!

 アホかね、きみ。

 はい。

 そもそも、寄稿には激しく逡巡したのよ。

 ただで原稿を書く?

 書いた本を3000円でわしが買う?

 逡巡したのち、まあ、シンポが新雑誌を作る基盤になれば、と思ってわしは原稿を書いた。

 それがボツになっているのよ。

 書きかけ原稿を放り出して、ここまで来たのに。

 これ、どういうこと?

 大中田潤先生の玉稿が、潰れた雑誌にボツにされた!?

 だから、その名乗り方をやめなさい。

 はい。

 しかし、これ、どういうこと?

 廃業しろ、ってこと?

 死ね、ってことか?

 質問コーナーで指摘すると、司会は、

「原稿を送っていただいて掲載されていないのなら、ミスです。すみません」

 そんなことを言う。

 そこで、壇上の佐藤優さんが、

「今の時点で謝る必要あんの?」

 このクソッタレ役人崩れが!!

 わしがミスしたんかよ!?

 そもそも、ジャーナリズムを考えるシンポジウムに佐藤優さんがいること自体、おかしい。ボツにされた原稿にわしはそう書いた。

 でも、この時点では、わしがミスをした可能性もあるんだなあ、これが。パソコンの送信記録が手元にないから。

 終了後、「ノンフィクション作家」辰濃哲郎ってやつが来ましたよ。お互いに「調べてみます」ってことで帰って、原稿を締め切り19分後に送って、メールを確認したら、

 やっぱり、辰濃哲郎宛の送信記録が残っているじゃん!!

 しかも、「(ただで書いたんだから)絶対に掲載してね」というメッセージ付きで!

 シンポジウムは面白くないし、クソの役にも立たないし、

 どないしてくれるんじゃい!?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 4日 (水)

結局、地域通貨?

日本人が知らない恐るべき真実 〜マネーがわかれば世界がわかる〜(晋遊舎新書 001) (晋遊舎新書) Book 日本人が知らない恐るべき真実 〜マネーがわかれば世界がわかる〜(晋遊舎新書 001) (晋遊舎新書)

著者:安部 芳裕
販売元:晋遊舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 読み終えました。

 断固支持なんだけど、少なくとも「地域通貨」「減額する地域振興券」は、新しいアイデアではないとわしは思う。

 正しい、と思うのだが、もう10年もこの「正しい」が提唱されて、地域通貨は普及しないし、「円天」とか詐欺にだけ使われるし、わしもすぐほしいとは思わない。

 未だ、一万円札の方が魅力があるわけよ。

 マネーとは何か?

貨幣論 (ちくま学芸文庫) Book 貨幣論 (ちくま学芸文庫)

著者:岩井 克人
販売元:筑摩書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 コンセンサスに過ぎないんだな。

 明日も100円出せば、3連単馬券が一枚買える。

 当たれば、3万円になる。

 これが、貧者の希望。

 明日になれば、95円になる地域通貨は、希望か?

 そもそも、人間は消費しなければダメなのか?

 常に消費したがっているのか?

 株式会社に期待するより、公的機関による「減額する紙幣」の配布は、やってみる価値はあると思う。

 政府発行紙幣もやってみる価値はあるよ。

 しかし、だ。

 わしはそれをギャラとしてもらって使う、と宣言しても、買い物に行った店が「これじゃ売れん」と言ったら、名称は「地域通貨」でも「通貨」じゃないんだよ。

 貨幣は、言葉のようなもんだから。

 エスペランサがまったく流行らなかったことと、似てない?

 日本語はすごく不便だけど、漢字とかなを苦労して入力しなきゃ、これを見てくれている人と話はできない。

 なぜ、こんなに魅力的なのかといえば、やっぱり希望。

 わしは、金融のイカサマを書き連ねてきたが、「2000万ほど儲けたら、銀行株を買うか」などと考えるもうひとりの自分がいる。

 2000万円で金塊を買うか、とかね。

 ベストセラーを出して、「夢がかなった!」と手踊りして、それが、一月ごとに1%減額される「労働証明書」で支払われたら、どうするよ?

 使い道を考えてたら、月初めに20万円が消えるんだから、せわしないで。

 やっぱ、金塊だ。

 でも、「労働証明書」では三菱マテリアルが金塊を売ってくれなかったら?

「労働証明書」を野村證券に持っていったら、東京三菱UFJ銀行株に替えてくれる?

 そもそも、半年かかって苦労して書いた本が4000部しか売れず、雑誌の連載をまとめただけの本が20万部売れたらどうよ?

 2000万円はわしの「労働証明」なのだろうか?

 2000万円は、明らかに「労働対価」じゃないよね。でも、執筆時間を時給換算するような報酬体制だったら、わしは絶対、物書きなどやっていない。

 一攫千金。濡れ手に粟。印税生活。不労所得。

「労働証明書」には、少なくとも、そんな希望がない。

「労働証明書」持って、6コースの阿波勝哉に賭ける、ってのも罰当たりな気がするしなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

やっと同志に出会えた気分

日本人が知らない恐るべき真実 〜マネーがわかれば世界がわかる〜(晋遊舎新書 001) (晋遊舎新書) Book 日本人が知らない恐るべき真実 〜マネーがわかれば世界がわかる〜(晋遊舎新書 001) (晋遊舎新書)

著者:安部 芳裕
販売元:晋遊舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 やっぱ、世の中捨てたもんじゃない。

 この本が、アマゾンのベストセラーランキング40位!

 脱帽したのは、我が祖国への鋭い切込みだ。

 財政破綻。裏予算。アジアへのODA……などなど。

 また、「マネー」と「地球温暖化」に同時に疑問を抱いている物書きに初めて会った。

 なんだ、「いいアイデア」はあるし、しっかりと売れてるじゃん!

 編集者の皆さん、雑誌を立ち上げるしかないと思うぞ。

 安倍芳裕さん、町山智浩さん、わし(わしだけ本が売れてない。仕事がないんで、たのんます!)、マンガの真鍋昌平さん、などなど、役者は揃ってきましたがな。

 マガジンハウスさんなんかどうよ!?

 タイトルは、『お知らせ』でどう?

 報道されないことだけを徹底的に書く。

 創刊号の特集は、「テレビニュースとロスチャイルド」でどうよ?

 安部さんによれば、通信社のロイター、AP、新聞の『タイムズ』、『ザ・サン』、アメリカの3大ネットワークすべてがロスチャイルド系なわけでしょ。

 まさに、マトリックスじゃ!

 わしは、テレビ朝日『報道ステーション』のイスラエル報道を徹底して検証するよ。

 町山さんの「イスラエル・テレビガイド」も読みたいぞ!

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009年1月28日 (水)

9・11直後、アメリカでは『ノストラダムスの大予言』がベストセラーに?

 ジョン・アップダイクさんのご冥福をお祈りいたします。

 関連でネットをのぞいていたら、新潮社のサイトに、9・11後のアメリカ文学事情が語られていて、なんと、『ノストラダムスの大予言』が売れに売れた、とのこと。

 予言が「2年ずれた」ということ?

 1999年で完全に死んだ書籍が蘇ったのは、やはり、9・11の衝撃ということなんだろうけど、アメリカがキリスト教国を超え、トンデモ神国になったことの証左かもしれんな。

 9・11後、アメリカでは、キリスト教を逸脱したキリスト礼賛が次々に生まれるが、傑作なジョークはこの二つ。

「私たちの敵、イスラム教徒は、自分たちの子どもを5歳からキャンプ(軍治訓練施設)に送り込んでいる。対抗せねばならない」(映画『ジーザス・キャンプ』に登場する女性牧師ベッキー・フィッシャー)

「この人物(ジョージ・W・ブッシュ)は何のためにホワイトハウスにいるのか? アメリカ人の多数派は彼に投票しなかった。彼がホワイトハウスにいるのは、神がこのような時のために彼をそこに据えたからである」(ジェリー・ボイキン将軍)

 なるほど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

キリスト者にならないとヤバイ!

 いやあ、知らなんだ。

レフトビハインド Book レフトビハインド

著者:ティム ラヘイ,ジェリー ジェンキンズ
販売元:いのちのことば社フォレストブックス
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 この本、全世界で1億数千万部売れてたんですな。

 読んでませんが、あらすじだけでもすごい。

 飛行機から人間が消失!?

 のちに、キリストによる「帯挙」(雲の中に引き上げられることらしい)と判明。

 地球に残されてやつはどうなる?

 キリストが「地よ裂けよ」と言って、地球が割れてみんな落とされる。

 裂け目が塞がれてめでたしめでたし。

 正しいキリスト教徒は、それを雲の中の最前列で見物できる。

 それにしても、聖書だけがライバルというほど売れたこの本のなかのキリストは極悪だ。慈悲ゼロメートル。

 スーザン・ジョージによれば、アメリカ人のかなりの部分が「帯挙」を待ち望んでいるらしい。

 どうする、オバマ!?

 わしは「帯挙」される、と信じている人はもう、世界の悲劇を大歓迎だ。

 キリストが復活するのが中東の地なんで、イラク戦争もガザ紛争もアルマゲドン。

 地球温暖化も地震もハリケーンも「帯挙が近い」というサインに過ぎない。

 四川大地震の死者も、遅かれ早かれ死ぬ運命の人なのである。

 現れる「アンチ・クライスト」は、なんと、国連事務総長!

 悲しいのは、地の裂け目に落ちるのがイヤで、あわてて洗礼を受けても、多分、ダメ、ってことなんだな。

 この本では、アメリカのキリスト教聖職者の多くも地上に残されてしまうんだから。

 多分、近所のカトリック教会に駆け込んでもダメだ。

 福音派のメガチャーチが近所にない人類は皆殺し?

 ハートランドにゴー!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年12月28日 (日)

できるだけ、控えめで、誇り高く。カート・ヴォネガットの教え

 英雄は死んじゃったけど、『国のない男』はおもしろい!

 理性は次から次へと死んでいくんだよ。

 地上は卑怯者だけ。

 空から爆撃すれば血を浴びない。死と対面することはない。

 ハマスのロケット弾もそうだよ。卑怯だ。

 自爆テロは?

 傲慢かもしれんが、死を自分で考え、考え抜いた人は自爆しないとわしは思う。

 飢えても?

 静かに眠る場所がなくても?

 でも、自爆じゃないよ。

 抵抗。でダメなら移動。でダメなら身内にすがろう。

 炊き出しやっている「身内」もいるじゃん!

 甘えろ、身内に。コミュニティーに。

 できるだけ、控えめで、誇り高く。

「法人」のことは書いてきたよね。

 法人が死んでも誰も悲しまない。人間ではないから。

 法人は、人間がどんなに苦しそうでも、なんとも思わない。人間ではないから。

 人間だもの、法人のために困るな。法人のために死ぬな。

 今後、法人はバタバタ死んでいく。

 悲しむことはないよ。

 人間に感動しよう!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年12月 5日 (金)

新刊が発売されました

http://www.amazon.co.jp/%E6%B8%85%E5%8E%9F%E5%92%8C%E5%8D%9A-%E9%87%8E%E7%90%83%E3%83%90%E3%82%AB%E4%B8%80%E4%BB%A3-%E3%82%B4%E3%83%9E%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%B8%AD%E7%94%B0-%E6%BD%A4/dp/4777150917/ref=sr_1_9?ie=UTF8&s=books&qid=1228439934&sr=1-9

 オリジナル『男、清原どこへ行く』(飛鳥新社)に、清原さんが引退に至る軌跡を大幅加筆。

 笑って泣ける唯一のスポーツノンフィクション!

 ひとつよろしく!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月10日 (月)

長い原稿を書き終えて

 比較的長い原稿。清原和博に関しての。

 書き終えた。

 非常に気分がいいのは、書かせてくれたのが、自分ではないからだ。

 西武ライオンズの涌井が、片岡が、平尾が、書かせてくれた。

 清原が消えても、プロ野球は大丈夫。蘇った。

 阪神は大逆転を喰らったけど、素晴しいシーズンだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月17日 (水)

合衆国崩壊ショウ非公式観戦ブックそもそも編

マネー敗戦 (文春新書) Book マネー敗戦 (文春新書)

著者:吉川 元忠
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 世界経済はどこで間違ったのか?

 この本に書いてある。

 で、思うんだけど、我が祖国が救われる方法がひとつだけある。

 祖国が保有するアメリカ国債を売ることだ。

 そうすりゃ、財政赤字は解消。実効性のある経済政策も打てるようになる。

 日本列島が戦場になる?

 敗戦国の国民なんだから、そのくらいのリスクは覚悟して、国連で演説をしろ!

 誰が?

 麻生太郎?

 橋本龍太郎にはまだ、その覚悟があったんだがなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月14日 (日)

宣伝です

昭和プロレス!名勝負列伝 [別冊宝島スペシャル] (別冊宝島スペシャル) Book 昭和プロレス!名勝負列伝 [別冊宝島スペシャル] (別冊宝島スペシャル)

販売元:宝島社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

プロ野球 無頼派 選手読本 [宝島SUGOI文庫] (宝島SUGOI文庫 A へ 1-46) Book プロ野球 無頼派 選手読本 [宝島SUGOI文庫] (宝島SUGOI文庫 A へ 1-46)

販売元:宝島社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

みんなの名馬読本 Book みんなの名馬読本

販売元:宝島社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 昔書いた原稿が、立て続けに文庫化されたんで、みなさん、読んでみてくだせい。

 おもろいよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月19日 (火)

602ページ読破して……

宿屋めぐり Book 宿屋めぐり

著者:町田 康
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 読破。

 いやあ、あいかわらず、おもろくて、くだらなくて、読破して空しい。

 それにしても長すぎない?

 それも芸?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 7日 (木)

小飼弾さんに、なぜかもすごくひっかかる

 毎週、送ってもらっている『週刊現代』の「借りたカネ、貸したカネ」の小飼弾さんの語り起こしが、なぜか、ひどくひっかかる。

<……父は親としての責任に無自覚で、一言で言ってダメ親でした。また、中学の教師やクラスメートにもろくなやつがいなかった。>

 ひっかかるんだよ、この物言い。

 ダメ人間研究家として、親はともかく(具体的にどうダメなのかこの記事ではわからんが)、「学校にろくなやつがいない」という物言いはまるっきり理解できない。

 ろくなやつがいないから、面白い。中学生ってそういうもんじゃん!

 で、小飼さんはオン・ザ・エッジを投資家の目にかなう組織にした、と言うんだけど、大損した人のこと、どう考えているのだろう。自分だけ、ストック・オプションで成金になって。

「中学にはろくなやつがいなかった」

 こんな物言いが普通になってしまったのでしょうか、この国は!?

<……借金をしたり出資を得るということは、将来の自分から時間を買うのと同じこと。>

<そういう”使える”仕組みが世の中にはたくさんあるのに、それを利用し尽くしている人って意外に少ないように感じていますね。>

 それが、ストック・オプションであり、株式100分割であり、時間外の株買占めだったりするんだろうけど……。

 ホリエモンもこの人も永久に反省することはないんだろう。自分以外、全員バカ、全員が騙されているんだから。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年6月 6日 (金)

ネルソン・デミルもびっくり!

ワイルドファイア 上 (1) (講談社文庫 て 11-9) Book ワイルドファイア 上 (1) (講談社文庫 て 11-9)

著者:ネルソン・デミル
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 これを読んでいて、笑った。

 イスラーム圏に120発の核爆弾を落とそうとしている狂った実業家が、こんなことを言うんだな。

 2億人を殺し、砂漠をガラスの海に変えたら、石油は1バレル100ドルで売れるぞ!

 現実はその1・5倍で売られている。

 ブッシュのアメリカのむちゃくちゃさに唯一、対応できている豪腕の作家だと思っていたが、事実はネルソン・デミルより奇なり。

 ここ2日、池袋の車の数は明らかに少ないよ。バカなヤングが乗っているバカなトラックも見なくなったよ。

 いいこと?

 わからんが、世界は大きく変わろうとしている。

 見物はわしにもできる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月10日 (木)

雑誌『ナンバー』は、なんと、パ・リーグ特集

http://www.bunshun.co.jp/mag/number/index.htm

 読んでください。お願いします。

 今日は、アニキの2000本安打(不発)、K-1MAXとゆっくりスポーツ観戦をしたが、うーん、なんだか煮え切らん。

 金本が打たなかったら、他の誰が打った打たない、って「別に」って感じでしょう。

「こいつ、おもろいな」という選手が一人もいない。フルスイングは和田とノリだけ。

 煮え切らん。

 もっと煮え切らないのが、K-1で、王者同士の一回戦、なぜ、延長になるの?

 延長3分間、なぜ、アグレッシブに攻めて押し込んだクラウスが負けるの?

 仕事をせい! てゆーか、インチキ、てゆーか、八百長?

 この無謀なマッチメイクが押し通された時点で、ブラカーオの勝利は決まっていた。

 誰だってそう思うよ。

 魔裟斗の相手が「元ボクシング世界王者」ってのもほぼ、インチキ。IBC(だっけ)って今は活動していない団体で、ヘクター・カマチョが王者だった90年代もこの団体の王者を世界王者と認めるボクシング・ファンは誰もいなかった。

 K-1って、都合のいいときだけ、ボクシングを持ち上げる。

 で、ジェロム・レ・バンナがボクシングで惨敗したことは隠蔽する。

「ボクシングより俺のほうが強いよ」って魔裟斗に言われてもなあ。

 つまり、日本人3人は自動的に勝ち上がれる仕組み。

 それじゃあ、興行が盛り上がらないので、クラウスには泣いてもらう。

 試合自体は真剣勝負だったと思う。

 真剣勝負でブラカーオが勝って、簡単に判定勝ちにしたら興行が盛り上がらないので、延長戦をやって、クラウスが魂のこもった反撃をしてきて……うーん。

 魔裟斗-ブラカーオと魔裟斗-クラウスを両天秤にかけたんでしょう。

 ブラカーオは本当に美しいムエタイをやる人でひいきにしていただけに、よけい悲しい。

 テレビのプライムタイムでの一番いい試合が不当判定。格闘技の明日は暗いよ。

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2007年12月25日 (火)

書評家、太田光さん

 困る。本当に困る。

 爆笑問題の漫才は大好きだが、今年のお正月以来、見ていない。

 で、太田光さんの才能に出会えるのは、政治家出演バラエティー、クソ面白くもねえ小説の帯、そして、書評である。

 でもね、『現代』12月号の書評はなんなのよ。

 ひとことで言えば、ダメ原稿の典型。

 自分はこうなんだよねえ、しか書いていない。

 絶賛してるが、どんな本なのかさっぱりわからない。

 つまり、本に対する愛がない。

「息を飲むほどの素晴しい仕事」?

 なんだって、面高直子さんの『ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ』(講談社)は。

 どこがどう素晴しいの?

 太田さんは書く。

<敢えて言うならそれは”戦争に愛がなかったはずがない”ということであり、”戦争は美しいものも生んでしまう”ということだ。>

 敢えて言うな! 当然でしょ。人間が死と真正面から向き合うのが戦争で、すべての価値は死と向き合うことで洗いなおされ、だから、クリエーターは何度も何度も戦争を描いてきた。

 なんか言ってるつもり、なんでしょう。これで。

 北野武さんの映画、劇団ひとりさんの小説、太田光さんの日本国憲法本……。

 丹念に磨いた仕事だけ発表しましょうよ。

 頼む。板の上の芸だけやって。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月13日 (火)

櫻井よしこさんと阿川佐和子さんのトークショー

 というのに行ってきたのは、カミサンのお母様から「つきあって」と言われたからなのであるが……。

 JR東日本に「大人の休日倶楽部」ってのがあって、義母はその会員で、ただ落語、というのに当たったことがあって、小朝師匠や文珍師匠の落語を仙台のホテルで楽しんだ。

 で、義母は櫻井よしこさんと阿川佐和子さんの大ファンで、講演会場が東京駅ビルなんだけど、応募して当たった。

 カミサンはアルゼンチン、義弟は市ヶ谷に住んでいるが、リストラ、転職といろいろあって、正社員として再就職したが、激務。才能あふれるデザイン、CGクリエーターなんだけど、連日、午後11時に家に帰れればいいほう、という暮らしである。

 わしはヒマやん! 自慢することじゃないが。

 で、お供。

 阿川佐和子さんはうまいね。インタビュアーって、こうじゃなきゃね、を勉強させていただきました。いや、本当に。

 一方の桜井さんなんだけど、感じはいい。『今日の出来事』の頃から私は、感じがいい、と思っていた。誰だっけ、コールターとかいうアメリカの保守派のバービー人形に見せてあげたいぐらいに。

 この講演は、「文藝春秋創刊85周年記念」でもあった。

 ドーンと保守派で行け、櫻井、と思うのだが、主導権を握っているのが「私はよくわかりませんよ」阿川さんなんで、「娘時代の話」(面白いよ、これも)に終始。

 いやあ、見事なまでに我が祖国、日本なトークショーであった。ただだから文句はないよ。

 会場を出ると、「中田さん!」の声。10年ぶりくらいに元『ナンバー』の編集者に会った。

 大・中田48歳が「女性が輝く時代がやってきた」という題名(昭和30年代かい!? 活字の無駄だろ、これも)の講演会の最前列にいる。

 説明、ちょいしどろもどろ。

 今夜は親孝行ナイト。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2007年5月28日 (月)

堀井さんの転換点

若者殺しの時代 Book 若者殺しの時代

著者:堀井 憲一郎
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 ダービーの夜は自棄酒。それはまあ、年中行事なんだけど、かみさんが茶の間にほっぽてたこの本を一気に読んだ。

 面白い。

 大きく変わってしまって後戻りできなない「転換点」って、ある。堀井さんがわしよりひとつ年上、ってことは初めて知ったが、わしらの世代はそれをしみじみと思うよねえ。なぜだかわからんが。坪井さんもそう。

 後悔? 自虐? 自己正当化?

 だから、ボンクラヤングの味方をする。優しい70年代世代だから。フォーク。

 全共闘世代からは、怒鳴られまくったもんな。

 で、ニューアカで失敗。インディーズで喰えない。ギョーカイでかつかつ喰って、現在にいたる。完全なおっさん。

 不安。

 なんだけど、堀井さんには、明るい未来をもっと語ってほしかったな。明るい過去が終ったんだから。

 変わることはいい。無条件で。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月13日 (日)

ガラパゴス、ヴォネガット!

 亡くなったんですね、ヴォネガット。

 ガラパゴスの鳥の映像を観ていて、やっぱ、カート・ヴォネガットは最高だ、と思った。

 みんな書くよね、ヴォネガットはニヒリストだ、って。

 愛は負けるけど、親切は勝つ。

 ニヒリストがこんな言葉を吐けるか。たとえば、ニーチェ。

 わきの下の匂いについては、わしは石鹸でじゅうぶんだと思う。

 ニヒリストの言葉!?

 消防隊員だけが希望だ。

 ブッシュ政権に絶望して、カート・ヴォネガットはこの世を去った。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

2007年4月24日 (火)

日本人が劣化!?

 してますよそりゃあ。わしも劣化してる。

 資本主義社会が終ろうとしているんだから。

 資本主義社会内の人間は資本主義の掟に照らしてあわしてダメになった。

 ついに、資本主義内リベラルも限界にきたってことだよ。大きな政府、福祉社会といった幻想がことごとく裏切られ、リベラルを支持するはずの貧民層からそっぽを向かれたんだから。マルクスもケインズも死んだ。

 あるのはノスタルジーのみだ。

 香山さんの本に出てきたヤングは、経済的不安と道徳的不安とを抱え、犯罪に走り、犯罪者を排除することでコミュニティーは崩壊する、と警告しているらしいが、当然でしょ。

 金融資本主義の歴史が400年だとして、福祉社会の歴史は何年?

 未だ実験状態でしょ。

 わしは、コミュニティーなどというものは、不断に崩壊してくれた方がいいと思う。いっそ、すがすがしい。

 夕暮れ、廃墟の軒先にプレイヤーと安い酒を持って来て、友達と会い、人は生きる。それが、ブエノスアイレスの、クイーンズの、池袋のストリートワイズだ。

 国家が崩壊し、金融システムが崩壊し、銀行がバリケードに包まれ、それでもアルゼンチンの人々は生き延びた。メキシカンはそれを数十年やっている。アフガニスタン、イラクには行ったことがないが、その土地にあるのは絶望だけか。

 北池袋のスラムで、私は資本主義の終わりをさかなにうまい酒を飲んでいる。

| | コメント (7) | トラックバック (3)

2007年4月 3日 (火)

森巣博様

 初めてお会いしたのは、今はなき『書斎の競馬』(ヤな雑誌名でしょ?)の編集部でしたよね。

 そんときは、「うわー、また、ギャンブル雑誌出入りの山師がいる」と思い、ゲー、と思い、また、半分うれしくなって、失礼なことを申しましました。

 その後、『競馬最強の法則』のインタビュー記事にご登場いただき、ありがとうございました。そのときの雑談で「スロット狂いの登場人物に中田という役名を使わせていただいた」とおっしゃっていましたが……。

 森巣さん、あっしもやっとスロットから足を洗いました。

 本当は、お金が余ってたらやりたいんすけどね。

 大変、遅ればせながら、今日読んだのが、

無境界の人 Book 無境界の人

著者:森巣 博
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 いやあ、久々に酒がうまい本。森巣さんのようにシーバスじゃなくて、あっしが飲んでるのはドンキで一番安い麦焼酎ですが。

 実は聡明で文章もうまい私(自慢か!?)にとって、最も厄介だったのが、日本、日本人、国家の問題でボンクラ・ヤングだった頃、『ネイション・ブルース』『ナンバーレス・ランド』(英語としておかしいっすか)『天皇』『ベイルート』といったようなタイトルの曲を書きまくり、バンド名も「イル・ボーン」でレーベル名が「植民地音楽」だったわけですが、かなりすっきりした。

 国家はブルース、つまり泣き言でしかないということだ。

 あっしも「国益」の根拠を今後、追及してみます。

 しかし、なんで実存や反国家は博打場にしかないんでしょう。

 大井の予想屋、吉冨隆安さんはこう言ってます。

 突き詰めれりゃあ、死ぬか、賭けるか、しかない。

| | コメント (1) | トラックバック (22)

2007年4月 1日 (日)

「労働主体」って? 内田樹さん

 すべての電力会社の社員が、ものすごくいい給料をもらいながら、4518のウソをついていた。

 沖縄戦の集団自決は、「自発的自決だ」(変な日本語)とする教科書の書き換え。

 カミサンのように、半分ぐらいは中南米に逃げ出したくなる昨今だが、気になる文章を見つけたのよ。

『月刊現代』5月号の「目覚めよ団塊! 7%の勇者が日本を救う」(内田樹)。

 それによると、団塊の世代は、家事手伝いなどで社会にコミットし、自己を確立した「労働主体」人格で、教育、労働からの逃避を続ける若者は「消費主体」としてしか社会にコミットできなかったからだとか、云々。

 ちょっと待ってよ。内田さんが自分で書いているように、「労働主体」たる団塊の世代は、バブル期に史上最強の「消費主体」となって、私ら、少し下の世代から「ドント・トラスト・オーバー・サーティー」と言われたんじゃないの。

 180度変わる「主体」って、「主体」なの?

「労働主体」だから、ウソはつかない?

 そんなわきゃない。電力会社、日興コーディアル、その他いろいろでカメラの前、頭さげてんのは、全員、団塊の世代じゃないの。はじめは、就職氷河期世代の平社員に責任を押し付けたりしてさ。

 変節、言行不一致、「転向」(ってかっこよく言ったりして)、欺瞞、ウソ……それらが白日の下に晒されて、若いやつらが同じことをやると思うか?

 ずっと貧しいパンクスとして言わせてもらえば、団塊の世代は、「道徳」を完膚なきなまでにぶっ壊しておいて、「道徳」は必要だ、と言っているに過ぎないんだよ。壊したおもちゃが恋しいだけなの。

 ヒッピー、フラワー、ロック、反逆、反戦、フリーセックス、ドラッグで資本主義はボロボロになった。資本主義を打倒しようとした「労働主体」が、ボロボロになった資本主義の一番臭い、醜悪な道を大手を振って行進した。

 誰も真似しないでしょ。

 ドロップアウト、って団塊の世代も言ってたじゃない?

「消費主体」(100年前から日本人はみんなそうだ)だから、ドロップアウトするのではない。

 少なくとも私は「労働主体」たる日本人に会ったことがない。「労働主体」なんて言いたがるのは、単なる「言説主体」だ。つまり、口先。今でも家の手伝いをしている子どもはいるよ。

「消費主体」と呼べるほど、札びら切れる日本人が何割いると言うのか?

 そういえば「まじめにやるやつぁごくろうさん」と言った人も死んだな。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

2007年2月23日 (金)

アメリカ経済破壊計画

 案の定、この講談社文庫は絶版ですか。

 超、面白いのに。

 オースターを読んでて、『リヴァイアサン』が退屈だったんで、近所の古本屋で上下巻400円で購入。オースターも駄作を書く、という発見とともに、下手だけど面白い小説はある!

 ビバ! 安い小説。

| | コメント (10) | トラックバック (10)

2007年2月 1日 (木)

「小泉規制改革」を利権にした男 宮内義彦

「小泉規制改革」を利権にした男 宮内義彦 Book 「小泉規制改革」を利権にした男 宮内義彦

著者:有森隆とグループK
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 読みました。

 驚く内容ではないけど、宮内さんの二面性をかなり正確に整理している本だと思う。

 印象的だったのは、ノンバンクがやれることを規制緩和によって広げてきたのに、同じ民業である銀行がやれることは何ひとつ広げろ、と主張しなかった宮内さんの矛盾である。つまり、宮内さんの理想は自由競争ではなかったのである。となると、宮内さんが緩和しろとは言わなかった規制こそ、書いてほしかったなあ。

 たとえば、競馬法に守られたJRAだ。

 あと、小泉構造改革でマジ、やばい状況に直面した人たちのことを何も書いていないのが謎。

 商店街の酒屋、タクシードライバー、トラック野郎のことがどこにも描かれていない。

 私が知りたいのは宮内さんが「政商」であることでも、宮内さんがいかに失敗したかでもなくて、この国の基本的な変節と、それがもたらした実害である。

 規制改革が「よいことなのか、悪いことなのか」はこの本ではわからない。

 で、今読んでいるのは……。

憲法九条を世界遺産に Book 憲法九条を世界遺産に

著者:太田 光,中沢 新一
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 まるで期待しないで家から徒歩1分の古本屋で300円。その価値はあるかも。

| | コメント (0) | トラックバック (7)

2006年12月17日 (日)

死をポケットに入れて

死をポケットに入れて Book 死をポケットに入れて

著者:中川 五郎,チャールズ・ブコウスキー
販売元:河出書房新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 なんていいタイトルの本なんだろう。

 しかも、ブコウスキー先生は、死を左のポケットに入れて、毎日、競馬場にいるのである。

 70過ぎて。

 私もそうする。

 私は47歳だが、死はいつもポケットにある。誰にでも、雷に打たれたような体験はあんるもんだ。

 出かけて、ポケットの死と語ろう。

 たとえば、競馬場に出かけてね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年10月12日 (木)

親米保守の皆さん、この本を読もう!

戦争大統領―CIAとブッシュ政権の秘密 Book 戦争大統領―CIAとブッシュ政権の秘密

著者:ジェームズ ライゼン
販売元:毎日新聞社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 クイズです。

 ブッシュ大統領と一番似ている指導者は誰?

 この本を読んではっきりした。

 北朝鮮のキムくんである。

 ブッシュくんもキムくんも、国民の電話、電子メールを自由に盗聴できる独裁体制を敷いている。

 キムくんは、イランに対する核兵器情報提供を疑われているが、この本によれば、アメリカのCIAはイランの高官に核弾頭の設計図を渡した。

 ブッシュくんもキムくんも、軍事力ですべてが解決できると信じている。

 ブッシュくんもキムくんも、政治は「作られた恐怖」によって思い通りになると信じている。

 ブッシュくんもキムくん並に外国のことを知らない。

 そして今、ご両人は、核保有国の最高権力者となった。

 この本は文句なしに面白いが、貫かれているのは、悲しいまでの個人の無能と無慈悲と無関心である。そして、そんな個人を頂点に抱く国家は簡単に崩壊する。我々が契約している近代国家とは、むちゃくちゃもろいものなのである。

 我が祖国の安倍くんは、日本にもCIAを作ろうとしているようだが、それがどんな失敗を生むか、この本にすべて書かれている。

 安倍くんは、「イラク戦争は正しかった」と言い張っているが、アメリカ国内でもその言説が否定されていることを思い知るがいい。安倍くんは、アメリカの政権が変わっただけで、世界中から非難される立場になることを知っておいた方がいい。

 この本を読めば、アメリカの「安全保障」にすべてを委ねることがどんなに危険か、誰だってわかる。

 北朝鮮の核実験報道でも、専門家の意見はすべてこれでしょ。

 トゥー・レイト!

 遅すぎる。

 ミサイル防衛もパトリオット配備もガメラレーダーもトゥー・レイト。

 我が祖国がアメリカとともに軍事行動ができるように法改正を議論している時間などない。

 北朝鮮は暴発しない?

 日本国民にはそう祈る資格もない。

「世界の警察」と名乗っていたわしらの親分、アメリカがイラクその他で暴発したのを手助けしてきたんだから。犯罪の証拠もなしにジェノサイドを幇助した日本国民の手も血に汚れている。

北朝鮮は、この10年、他国民への大量虐殺をやったことがあるか!?

 中東、南米に視点を置けば、日米同盟こそ「悪の枢軸」である。

「国際協調」って言うけど、どっちの視点を持つ人がこの地球上で多数派なのか、すでに私にはわからない。少なくとも言えるのは、星条旗にぞろぞろついていくツアーの行き先はとてつもなく危険な場所だということである。

 もうひとつ、不気味なのは、この本がかすかな希望とともに終るところだ。2005年になって、CIAはまともな情報を語るようになり、リチャード・パール、ポール・ウォルホウィッツ、ジョン・ボルトンといった筋金入りのネオコン、「スーパーパワー信者」は、レーガン政権でもそうだったように再び傍流へと押しやられた。アメリカ国民も穏健な民主主義国家再生への希望を語る人が多くなっているという。

 なのに、わしの親分は安倍くんだ。歴史問題は歴史家にまかせる、と言う安倍くんなのである。

 アメリカの体制ががらっと変わったら、次に来るのは日米対立に決まってる。

 安倍くんは「アメリカに押し付けられた憲法」を改正する。これ、すなわち、反米だ。太平洋戦争を正当化する靖国神社発の言説も当然、反米である。過去の言動を調べられたら、安倍くんは穏健なアメリカ民主主義の敵になるのはどう考えても明らかだ。

 経済的にもそうだろう。民主党政権だろうが共和党政権だろうが、この10年、アメリカは大不況下の日本から、安く買える物は全部買っていった。日本にはもう大儲けのネタがないばかりか、日本の好況は、イコール、アメリカ経済の危機である。

 多分、日本の外交は戦後で一番難しい局面を迎えている。

 なのに、自民党は現実主義者ではなく、「選挙に勝てるだけの首相」を選んだ。

 ネット論客の多くはこう言うかもね。

 だから、反米保守の出番だ!

 私はこの国から逃げ出したい。

| | コメント (33) | トラックバック (2)

2006年9月 1日 (金)

資本主義には根拠がない

資本主義から市民主義へ Book 資本主義から市民主義へ

著者:岩井 克人,三浦 雅士
販売元:新書館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 岩井さんが提示しているのは、資本主義には、根拠がないというということだ。

 でも、資本主義にしか人間の生きる道はないという。

 哲学的にね。

 なぜなら、社会主義、共産主義は悲惨な社会しか作れなかったから。

 なぜなら、人間とはそういうものだから。

 聞き手の三浦さんは、岩井さんの論理をものすごく過剰評価するのだが過剰評価すれればするほど、言説としての普遍性がなくなることを自覚しているのだろうか。

 資本主義の問題は、今、私が生きている現実の問題であり、それがラカン的であるかないか、とか、カントの倫理がどうのこうのって話であるはずがない。そんなことはどうでもいい。

 岩井さんの論理、私は断固支持である。

 貨幣にも資本主義にも実体としての根拠がない。

 だったら、資本主義は消える運命なのでは?

 科学として実証できないんだから。経済学だけは治外法権? 経済学は社会科学という看板を下ろした方がいいと私は思うぞ。

 なぜ、資本主義は根拠もなく、これから先も存続し続けるの?

 みんな金のために死んでいったし、多くの人が生きてるのが苦しい。

 ならば、資本主義なんてやめてまえばいいではないか。根拠がないんだったらさ。

| | コメント (50) | トラックバック (0)

2006年8月23日 (水)

なんで、SPA!がまいしゅううちに!?

 なんでだか、毎週、送られてくる雑誌がある。たとえば、『SPA!』。確かに何度か仕事をしたことがあるけど、なんで毎週、私にくれるの? 説得力ゼロの「小泉、靖国参拝断固支持」の雑誌を。

 巻頭、勝谷誠彦さんには一言。

 わしは敗者でかまわない。ダメ人間だからね。

 神足裕司さん、コラムの結びの一文が、なんでこうなるのか、あらゆる意味でわからない。

 福田和也さん、坪内祐三さん、アナキストはそういう人? ほんま、うまい飯ばっかり食いやがってね。趣味で「保守」やるなよ。趣味で「保守」やってたら、いつのまにか、アナキスト? そんなアホな! 知識をひけらかせば、小泉が正しい、ってなる? 

 だからさあ、絶対に、スポーツ記事以外、中田潤が書けない雑誌を毎週、送ってきてくれるわけさ。

 ありがたや。読むところ、ほとんどなし、だけどさ。

 おっと、仕事ならもちろんやりますぜ、扶桑社殿。職人っすから。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2006年8月 2日 (水)

風格を漂わせてい手

 おいおいおい!

 さっき書いた『プロ野球「無頼派」読本』、梅田香子さんの星野仙一さん記事を面白く読んでいたら、最後の最後、タイトルに掲げた誤植かよ。

 殺すのは私だけでいいじゃんか!?

| | コメント (28) | トラックバック (1)

2006年7月28日 (金)

民主主義は終った

ライブドア関連会社元社長が書いた実録!悪の経営術 Book ライブドア関連会社元社長が書いた実録!悪の経営術

著者:小野寺 隆
販売元:イーストプレス
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 まあ面白かった本である。後味は悪いけどね。

 こういう方法でしか「勝ち組」になれないのだとしたら、そんな社会は最低最悪だ。

 しかも、この本に書かれたノウハウは本になった時点で陳腐化している。つまり、真似をしてはいけない。ライブドアの錬金術は株高の局面でしかありえない魔術であって、今、上場を目指しているベンチャー企業には新たなスキームが必要である。「悪の経営術」が成り立つのは、20年の一度ぐらいの異常事態において、だと思う。

 その「魔術」を自民党の大部分が支持したことだけは許せない、という著者の主張については私も断固支持である。すべての政治家がファンドのために働いている現状で、つまり、異常事態のさなかでも一番儲かっているいる人のために働いている現状で、政治理念の普遍性など何もない。右も左も保守も革新もよって立つ地盤がガタガタになっている。だから、民主党に期待しても無駄だ。政治は経済によって退場させられる運命にある。異常事態が生んだ理念が普遍性がないまま、継続されるという悲劇が00年代の現状である。経営者は時代の変化に合わせて変節することが奨励されるが、政治家は過去の答弁との整合性を絶えず問われる存在だから、異常事態が終っても政策を変えることができない。

 今、世界は、エンロンを生み、ライブドアを生み、「市場の大惨事」が立て続けに起こった「変な時代」が生んだ「変な政治理念」によって長く支配される運命にある。北朝鮮のミサイルから日本国民を守れない日本政府も国連の部隊を攻撃したイスラエル政府も……そんな「むちゃくちゃな世界」は、そうした普遍性なき政治理念とその継承が生んだ事態である。

 じゃあ誰がその運命を選んだのか。まがりなりにも民主的な手続き(選挙)がそれを引き起こしたのである。日本では、前の選挙でホリエモンを支持した人たちが今、北朝鮮のミサイル攻撃の恐怖におびえている、

 民主主義が悪い? 

 民主主義が終ったとき、残る政治理念はなんなのだろう。

| | コメント (163) | トラックバック (4)

2006年6月29日 (木)

煮詰まってるぜ、さらに

 単行本の追い込みで煮詰まって、極限煮詰まって、そこを抜けると、なんだか、すべての人が愛しくなってくるのはなぜ。

 コンビニのねえちゃんもレンタル屋のにいちゃんもたこ焼き屋の中国人のねえちゃんも、みんな愛しい。愛しいけど、わしの口数は少ない。疲れてるから。

 で、酒食らって、寝るまでのひととき、このビデオを見ることにした。今日、サッカーやってないんで。

 おっと、アフィリにないんだな、『ガメラ対深海怪獣ジグラ』。

 いやあ、正解。見事に脳みそのしわ伸びた。

 まず、宇宙人がUFOに乗ってやってきて、二組の親子の乗った小型ボートを拉致。

 目的は、ジグラ星人が地球よりはるかに優れた科学力をもっていることの証人になってもらうため。大映的には、ガメラは子どもの味方だから、子どもは社是として紛れ込む。

 今から、東京にマグニチュード13の地震を起こします。

 ジグラは宣言。

 キ〇ガイ、やめろ、とか親は言うが、

 私はキ〇ガイではありません、とジグラ。

 あっさりと東京壊滅。

 しかし、二組の親子、子どものとんちでUFOから脱出。

 ガメラ飛ぶ。唐突に。

 子ども喜ぶ。「ガメラは子どもの味方なんだよ」……って誰が決めた?

 あとは「あの二人の子どもを抹殺せよ。二人は我々の秘密を知りすぎた」というジグラの指令でミニスカートの大映女優がパンツ丸出しで、「坊や、待ってェ」と大奮闘。ジグラは大地震で東京を壊滅したのに、二人のガキを捕まえることもできねえ。

 ガメラUFOを破壊。ジグラ姿を現す……のだが、魚だ。ガメラが陸に上げるとぴちぴちしているのみ。

 突如、足が生え、着ぐるみになるジグラ。

 置いてきぼりのわし。

 もういいよね。省略。また省略。

 日本の怪獣映画を観ていて、わしが最も驚愕するのは、対戦相手の怪獣が「石」でやられることである。

 キングギドラは銀河系のすべての文明を滅亡させたのち、地球に飛来するが、ゴジラが石を投げると、キャーンゆうて宇宙に帰る。犬だ。雑種だ。

 人間はいつも原爆投下を検討するが、石でいいのなら、ダイナマイト仕掛けて崖崩れを起こせばいいと思う。

 ガメラシリーズは、もっと破壊的で、ガメラが石を投げる、信じられない軌道のスライダーとなって(ガメラの手は稼動領域が狭いし、石には釣り糸がついてるから)、石はジグラの尖った顔に突き刺さる。石の重みでもって前のめりに倒れるジグラ。倒れたら、また魚に戻ってぴちぴちするのみ。

 また石を手にするガメラ。ぴちぴちしているジグラの背びれに石を当てると……なぜか、妙なるメロディーが……。

 いかすぞ、ガメラ、いかすぞ、ガメラ……。

 ああ、正解! 煮詰まったとき借りる映画はこれが正解!

 ガメラ、火炎放射だ!

 ジグラ、なすすべもなく、焼き魚。

 九死に一生を得た子ども、コカコーラのビンを砂浜に捨て疾走。「ガメラー!!」

 ガメラ、後ろ足だけ引っ込め、そこから火を出し去る(体の仕組みがわからん)。

 親、子どもを諭す。

「ジグラは地球の美しい海を求めてやってきて死んだんだ。海を汚していけないよ」

 マグニチュード13の大地震に見舞われた東京都民は、ほったらかしかい!? そもそも、地球から340光年離れたところからやってきた宇宙人が地球と同じ「マグニチュード」という単位を使っているのはなぜ!?

| | コメント (53) | トラックバック (0)

2006年5月30日 (火)

節度あるミゾグチさん

 皆の衆、スカッとしたいなら、『週刊現代』を買おう。

 古い本で恐縮だが、『このビジネス書がすごい! 96年版』(宝島社)に寄稿したときから、私はヤスオカマサヒロ・ホソギカズコというタッグチームの胡散臭さがずうっと気にかかっていた。今回、ヤクザ界最強のライターが立ち上がってくれたことで、「部数の女王」VS「業界一の恐いもの知らず」の頂上決戦とあいなったが、いやあ、庶民に最も愛されているはずの「ギネス記録保持者」の方が、「野良犬」に対し、いきなり反則技を繰り出してきたのだから、野次馬としては目の離せない展開となってきた。

江分利満氏の優雅な生活 DVD 江分利満氏の優雅な生活

販売元:東宝
発売日:2006/02/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 ちなみに、ヤスオカマサヒロとは何者か、といえば、ヤマグチヒトミさんが『江分利満氏の優雅な生活』で唾棄した「白髪の老人」そのものである。東洋の徳を説き、若者を戦争へと扇動し、いざ、戦闘が始まると、ヨーロッパへと逃げた卑怯もんだ。そんな説教親父がレッドパージの時代に復活し、「あんた死ぬわよ!」と公言する占い師とタッグチームを組んで出版界で大儲けをした。実業家、サラリーマンとその奥さんまでだまくらかす最強のコンビ誕生だ。

 もうひとつ、ちなみに・・・・・・。

 ミゾグチさんは書く。

<筆者は節度をもち、ときに批判をまじえつつ細木像を描き出すのであって・・・・・・>

 これには笑った。ミゾグチアツシさんの「節度」って・・・・・・。

| | コメント (68) | トラックバック (1)

2006年5月24日 (水)

出ると買ってしまう

と学会年鑑YELLOW Book と学会年鑑YELLOW

著者:と学会
販売元:楽工社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 このシリーズの感想文、必ずこんな書き出しで始まる。

 出ると買ってしまうのだが・・・・・・。

 つまり、年々、つまらなくなっている、ということだ。

 資本主義の本質を表している書だとも言える(って断言したらこれもトンデモ?)。

 トンデモとはつまり「差異」で、それが大きければ大きいほど、笑いが取れるし、ときには人間について考えさせられたりして、商品としての本が売れる。

 趣味として面白いし、お金になるので、いろんな人が「大きな差異」を求めていろんなところを歩き回る。

 テーマは人間の思考とその多様性なんで、差異は無限だ、という気がする。気がするけど、差異を瞬時に消費する資本主義の力って侮れないもんで、消費は「差異果て」へと近づき、商品としての本も寿命があるんじゃないかと・・・・・・。去年あたりから、そんな雰囲気が色濃く漂ってきたということだろう。本が売れれば売れるほど、トンデモ本の作家が「もしや、私が書いているのはトンデモ本?」って思う確率は明らかに上がるわだし・・・・・・。

 となると、愛好家の言動が少しずつ常軌から外れていく。

 トンデモ採集者は、差異が小さくなったんで、キャラとか言い回し、話芸でもって差異を際立たせようとする。

 それを聞く観衆は、差異を際出させようとして、過剰反応をするようになる。このシリーズでずっと気持ち悪いのは、「(会場大爆笑・拍手)」という記述の繰り返しである。コウフクのカガクの集会じゃないんだから。

 私もUFO、UMA愛好者だが、こういう言説は一人ひっそりと楽しむもんであって、トンデモへの接し方が「カルト」になってもらっちゃ困るんだよなあ。面白がり方がひとつになってしまったら、せっかく、人が偏執してくれたりウソついてくれたりしているのに、解釈の幅が狭まる。落語聞いてて「ここはこう笑うところ」って講釈入れられたらいやでしょ。

 で、今回の本で面白かったのが、トンデモ採集者である女流官能小説家が、テレビのノンフィクション番組で「自ら裸になって雰囲気を出しながら、AVを見ながら執筆する」という「絵」を要求されるくだりである。

 トンデモ採集者が自らトンデモになって「大きな差異」を演じる、って奇妙な構図なんだが、官能小説家はこう言う。

<やっぱ、出ればよかったかなあ。>

 その理由はただひとつ。

 私もそれ、見たいから。

 残念ながら、この企画は流れちゃったが、なんともこじれたことになっている。これもまた、いわゆるひとつの資本主義の終わり?

| | コメント (19) | トラックバック (1)

2006年5月20日 (土)

マルクス、マルクス!

奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究 Book 奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究

著者:マーティン ガードナー
販売元:早川書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

奇妙な論理〈2〉なぜニセ科学に惹かれるのか Book 奇妙な論理〈2〉なぜニセ科学に惹かれるのか

著者:マーティン ガードナー
販売元:早川書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 こういう本を熱中して読んでた。

 で、今日買ったのは。

世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて Book 世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて

著者:柄谷 行人
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 岩波新書って、こうやってブログ表記するとマヌケ。

 でもね、これもまた、奇妙な論理だと思う。

 たとえば、「資本主義+小さな政府」という社会、日本とかアメリカがそうだよね。それがあって、ヨーロッパ型資本主義(福祉国家)がある。あと、民族主義的宗教的イスラム世界がある。あと、崩壊したソ連型社会主義。ここまではわかる。柄谷行人さんは常に「第5」(柄谷さんは第4だというが、実際にイスラム=利子を取らない世界はある)があると言うんだな。「リバタリアン社会主義」「アソシエーショニズム」(聞いたことない)とかがあるらしい。

 理論的にはあるのかもしれない。でも、柄谷さんの著作を読んで空しいのは、理論的に言えたって、それが実際の抵抗運動になるには、かなりの距離があるってことだろう。

 社会主義はダメ。

 福祉国家論はダメ。

 民族主義はダメ。

 アナーキズムはダメ。

 イスラムはダメ。

 資本主義は?

 実際的だよね、資本主義。

 私の立場は、「資本制+小さな政府」である我が国が、アダム・スミスの素朴でアホな自由競争社会像においてもあきらかなインチキであるということだ。

「生産」とか「交換」とか「交通」とかそれらの「形態」とかを論理的になぞったって、今のファンド資本主義は読み解けない。

 論理的であるならば、「マルクスは正しい」と言う前に「日本の資本主義はアダム・スミスの論理に照らしあわしてみてもおかしい」と言うべき?

| | コメント (0) | トラックバック (5)

2006年5月 7日 (日)

ビバ! 安い小説

闇の貴族 Book 闇の貴族

著者:新堂 冬樹
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 で、菊水で酔っ払って、安い小説を読む。

 愉悦のひととき。

 これ、シンドウフユキさんのもうずいぶん古い小説だけど、いやあ、へたくそだが面白い。下世話かつスケールがでかい。闇金の目線からからグローバル資本主義の本質をえぐる(えぐっているのかどうかわからんが)内容、私は断固支持だな。続編は、元アン・アサシンの日本人がホワイトハウスに乗り込む、ってことだよね。違うか、シンドウさん。

| | コメント (80) | トラックバック (3)

2006年5月 5日 (金)

う~疲れた

実録!ファンド資本主義 ヒルズな奴らの錬金術 Book 実録!ファンド資本主義 ヒルズな奴らの錬金術

著者:天野 隆介,星野 陽平,伊藤 博敏,清水 一樹,福山 清人,溝口 憲次郎,伊藤 歩,木村 元紀,野本 洋一
販売元:洋泉社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 がっかり。

 経済ライターの限界を露呈した本である。

「制度が変わった」・・・・・・そしてこうなった・・・・・・ってことが書かれているだけで、制度が変わったことに対する意見すらない。だったら、変わったルールの下で利益を上げるしかない、ってこと? 大阪のタクシードライバーは泣くしかない?

 違う。断じて違う。

 じゃあ、わしらはどうやってファンド資本主義社会を生きればいいのか、ってことは何も書かれていない。「お前が損をするんだぞ」という恫喝のみ。何もせず、おとなしくしてろ、ってことだな。

 不動産ファンドを持ち上げる稿に至っては、あきれたというより、お笑い種だ。「いいことずくめといいたいのではない」ってそりゃ、森羅万象「いいことずくめ」じゃないだろ!

 ネコが四足歩行を強いられていることは「いいことずくめ」ではない。

 そりゃそうだ。

 ムラカミヨシアキの論評なんて論外だ。

 ムラカミは「資本主義の伝道師」なんかではない?

 しっとる。阪神ファンなら誰でもしっとるよ!

 そんなこと証明してなんになる?

 少なくともファンド資本主義とこの本は何の関係もない。

| | コメント (21) | トラックバック (1)

2006年5月 3日 (水)

ギョロメを黙らせろ!

ヒルズ黙示録―検証・ライブドア Book ヒルズ黙示録―検証・ライブドア

著者:大鹿 靖明
販売元:朝日新聞社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 ホリエモンとライブドアの本だと思って買ったのだが、実はこれ、ムラカミヨシアキの軌跡である。

 ギョロメの悪魔の囁き、そして、「武器商人」リーマン・ブラザース、ゴールドマン・サックスら外資の動きがなかったら、おそらく、事件は表面化しなかっただろう。

<「ニッポン放送の三分の一を取れる可能性はあるよ。そうしたらフジテレビが手に入るんだぜ」>

 ムラカミのこの一言で、ホリエモンはカモられた。TBS買収で大損こいたミキタニも同様だ。フジテレビ、TBSの損失も甚大。さらに、一般投資家から命のから二番目を根こそぎかっぱぐことでムラカミだけは高値で売り抜けた。

 ファンドマネージャーは投資家に対して責任がある。

 それが現金強奪の理由だってさ。

 投資家が誰なのかもわからない。インサイダーや国家権力とつるんでいても我々からはまったく見えない。

 でもね、私、ファンド資本主義の登場はオールドエコノミーの終わりじゃなくて、資本主義そのものの終わりを意味していると考えている。この本を読めばよくわかるが、資本主義存続の基盤である「差異」は具体的なモノ(現在の日本の景気を引っ張っているのはテレビの薄さの差だったりする)としてはもうすでにほとんどなく、それでも「差異」を作り出そうとすれば、インチキ、ズル、八百長しかない。「パパ」ブッシュが営業マンをやり、息子から戦争の予定を聞いて軍需産業に投資し、「不良資産を市場に出せ!」とコイズミを脅してダイエーに投資したりしているファンド「カーライル」がその典型だ。

 結果、京阪神地方は強烈なフラストレーションに包まれている。

 わしは阪神タイガースが好きなんや。誰でもええ、あのギョロメを黙らせろ!

 今まさに、日本は二つの国家に分裂しようとしている。

(参照)

http://www.hanshin.co.jp/

http://www.maconsulting.co.jp/page_j/

 プレスリリースを比較してほしい。この「分裂」はいかんともしがたい。

<「もうちょっと経つと常時1000億円から2000億円の資金がぐるぐる回る仕組みができあがります。これをどんどんやっていくと、年間1000億円の期間損益が生まれるようになります」>(ミヤウチリョウジ)

 ???一回転で一割の利益を生む永久機関???

<「もうウチが買うだけで株価が上がっちゃうから。ウチが買って、ウチのブランドを冠するだけで、企業再生がいっちょできあがり、みたいな。何を買ってもうまくいくから」>(ホリエタカフミ)

<空間を曲げればワープできる。ほかの恒星や銀河系にも行ける>(ホリエタカフミ)

 ???きてます。きてます???

<ゴールドマン・タイガースになっても仕方がない>(ムラカミヨシアキ)

 ね、使っている言語、我々ダメ人間とは、まったく違うでしょ。

| | コメント (47) | トラックバック (2)