2018年7月13日 (金)

「裏口入学」逮捕の佐野太・文科省局長と小泉純一郎に「ぶっ壊された」自民党重鎮たち <小杉隆・元文部大臣の妻 借金14億円で自己破産>

 スキャンダルが佐野太家に襲いかかってきたのは、2006年末。12月13日に日刊ゲンダイが第一報を報じ、14日発売の『週刊新潮』『週刊文春』がそろって記事にした。

 小杉隆は佐野太の義父。小杉の妻は佐野の妻の母だ。

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元TBSラジオ 元新自由クラブ 小杉隆

 週刊誌報道が出たのは、資金集めパーティー「小杉隆を囲む会」当日だった。会場の目黒雅叙園に債権者が押しかけたが、小杉隆は逃げ回った。

 元芸能リポーターで現目黒区議会議員、須藤甚一郎によれば、小杉隆の妻、敬子が自己破産した直後の債権者会議には230人が集まったという。小杉敬子に金を貸した者の総数260人。

 パーティー後、報道陣に囲まれた小杉隆は、

「妻の借金は、ことし8月に入ってから知った。驚天動地だった。妻がしたこととはいえ、出来る限りのことをしていきたい。財産はすべて処分した。この問題は、あくまでも妻の個人の問題であり、これからも政治活動を続けていく。(妻の借金を)政治活動に使ったことはない」

 佐野太は、小杉家の隣に新築の家を建てていた。義母のスキャンダルにより、佐野太は、家を失っただけではなく、「金返せ!」と叫ぶ二百数十人の敵に囲まれることになったのだ。

 須藤甚一郎に電話をかけてきた債権者のひとりは、

<その被害者の方は、昨年9月6日(投開票9月11日)、衆院選の選挙期間中に、敬子夫人が訪ねてきて、「小泉首相が、急に解散して選挙になったので、準備ができてなかった。銀行に預金はあるのですが、“酒販連”の問題(注・3年前、全国の酒店小売組合の年金資金144億円を海外投資して焦げ付いた。事務局長が横領罪で逮捕。小杉の元秘書が、関連の酒政連の顧問であり、小杉代議士にも数百万円献金していた)があるので、預金が引き出せないのです。数日後にお返ししますので、500万円貸してください」としつこく懇願されて、500万円を貸した。

被害者は「小杉さんは、文部大臣もされた方ですから信用し、選挙期間中でもあり、数日後に返すといったので、お貸ししたのです。奥様は、小杉さんの経理関係は全部自分でやっているといってましたよ」>(須藤甚一郎ウィークリーニュース! 2006年12月14日)

小杉隆は、アル・ゴア『地球の掟』(ダイヤモンド社 1992年)の翻訳者で「地球温暖化」詐欺団の中心人物でもあった。小杉の自宅には「風力発電研究所」という看板が掛けられ、妻・敬子は「再生可能エネルギーに投資していっしょに儲けましょう」などと言って、金を引き出していたという。

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アル・ゴア元米副大統領と小杉隆

<小杉敬子の借金の仕方は、尋常じゃなかった。ぼくが話を聞いた主婦の被害者はこういった。「電話があったので、断ったんですが、家に押しかけてきて、私がキッチンで夕食の準備中で、まな板で大根を切っているところで、両手を床について土下座して『何とかお願いします!』を何回も絶叫する。

電気釜のほうにいくと、彼女は床を這(は)って移動して、また土下座し『お願いします。お願いします』でした。それが小杉代議士の衆院選の真っ最中で『当選まで、あと一歩なんですが、事務所の経費が足りない。選挙が終ったら、すぐに返済しますから、お願い!』って調子で、つい400万円貸してしまったのです。結局、返してもらえなかったのです」>(須藤甚一郎ウィークリーニュース 2010年5月27日)

文科省エリート官僚、佐野太はどうしていたのか?

<麻布1億円マンションにベンツの華麗なる官僚生活>

<佐野家は、電機メーカーに勤める長男と、今回問題になった次男の四人家族。四年前に購入した、「一億円はくだらない」(不動産業者)という港区麻布のマンションで暮らしている。>(『週刊文春』7月19日)

佐野太に義母の借金を返す義務はないが、いったい、どんな気持ちで出世街道を駆け上がってきたのか?

2010年5月26日。小杉敬子は詐欺容疑で逮捕された。

小杉敬子の悪行は、2006年末の報道でほぼ全貌が暴露されていた。

なぜ、逮捕まで3年半もかかったのか?

これが政治家をターゲットにした捜査だとしても、小杉隆は前年2009年9月に衆院選不出馬を表明し、政界を引退している。小杉隆が標的ならば、検察は「政治家抹殺」という目的を達成しているのだ。

なぜ、検察は「消えた政治家の妻」を逮捕したのか?

当時の政治状況について森ゆうこ議員はこう書いている。

<2008年9月に発足した麻生内閣は、官房副長官に元警察庁長官の漆間巌氏を起用した。じつに32年ぶりという警察庁出身の官房副長官だ。

「麻生内閣は“選挙管理内閣”だ。そして自民党政権を守るために、刑事司法の捜査網を利用してでも政権交代を阻止しようとしている。くれぐれも気をつけるように」

 当時、民主党内では、何度かそんな注意喚起があった。>(『検察の罠』日本文芸社)

さらに大きな謎は、義母逮捕と同時期に佐野太の山梨県知事選出馬の噂が流れたことだ。『週刊文春』によれば、地元・山梨県の自民党の会合に、佐野太は東京・麻布からベンツを飛ばして駆けつけ、後援会を組織する動きもあったという。

2011年の山梨県知事選。自民党山梨県連会長は堀内光雄だった。

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「反小泉派統一候補」堀内光雄 郵政民営化法案に反対票を投じ、堀内は政治生命を絶たれた

 1996年11月。橋本龍太郎は、佐野太の義父、小杉隆を文部大臣に抜擢した。

 1997年9月。橋本龍太郎は内閣を改造し、堀内光雄を通産大臣に抜擢した。

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橋本龍太郎とエリツィン大統領

「自民党をぶっ壊す!」と叫ぶ小泉純一郎に橋本龍太郎が敗北して以来、小杉隆、堀内光雄は大臣、自民党要職の椅子に座っていない。

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日本の民主主義をぶっ壊した三悪人 小泉純一郎 竹中平蔵 安倍晋三

 2003年の自民党総裁選。野中広務と古賀誠は、堀内光雄に「反小泉派統一候補」として出馬を要請したが、堀内は固辞した。

「金銭の授受なし」「物証ゼロ」で逮捕された佐野太の身辺には、常に「小泉純一郎にぶっ壊された政治家」がいた。

(つづく)

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2018年7月12日 (木)

文春砲不発!! 週刊文春記者よ! こんなヨタ記事で文科省局長「裏口入学受託収賄罪」を証明できるとでも思っているのか!?

<息子は「日本で一番幸せな浪人生」とツイート バカ親文科省局長の異常な愛情>

 新聞が書けないことを週刊誌が書く。『週刊文春』による佐野太・元文科省局長とまだ10代の息子に対する「人格破壊」が始まったが……。

「裏口入学ができるんだったら安倍総理も慶応ぐらい行っているよ」(寺脇研 4月12日 前川喜平、望月衣塑子とのトークショーでの発言)

「その点で、平沢勝栄さんがほら、家庭教師をしていて、『なんでお前が家庭教師をしていて東大行けなんだ?』そしたら『俺が教えたから成蹊に行けたんだ』ってゆって……エヘヘ」(望月衣塑子 同上)

<次男は成蹊高校を昨年卒業している。>(『週刊文春』7月19日 以下<>内は同誌からの引用

「裏口入学」で逮捕された佐野太の息子は、安倍晋三の後輩なのだ。

 やっぱり、「裏口入学があるのなら、なんで安倍晋三はもっとましな大学に行けなかったのか?」ってなるし、佐野太逮捕が「前川喜平、寺脇研、望月衣塑子を黙らせるための冤罪」と考えると、話がぴったりと収まるのだ。「できすぎだ!」とうめきたくなるほどぴったりと。

<佐野の旧知の人物が打ち明ける。

「佐野君の息子は一浪していましたが、奥さんによると、東京医科大の他にも二つの大学に合格しており、補欠合格も一校あったそうです。だから奥さんは、息子が実力で東京医科大に合格したと思い込んでいた。>

<「次男に夢を託した」医者志望の父は元文部大臣の娘と結婚>

 前川喜平は中曽根康弘の親戚だ。前川の妹が中曽根の長男、中曽根弘文と結婚している。元「日本原子力発電(原電)」社員の与謝野馨の秘書になったのが前川喜平の最初の出世だった。与謝野馨に原電に入るよう勧めたのが、中曽根康弘だ。

「前川喜平は、安倍晋三を批判するが、なぜか原発については一言も触れない」

「原発反対の望月衣塑子はなぜ、脱原発テント広場強制撤去の日時を事前に知りながら、歩いて2分のテントにいた人に伝えなかったのか?」

 この謎については別稿で書く。

 少なくとも言えるのは、文科省のエリートが自民党の有力政治家の娘と結婚したことと今回の逮捕劇はまったく無関係だということだ。

<大学の同級生も、今回の逮捕劇に驚きを隠さない。

「何年か前に彼の母親が亡くなったとき、葬儀に伺おうとしたら『民間の人と交流を持つとあらぬ疑いをかけられる』と参列を固辞されてしまった。それくらい民間との関係に気を遣っていたのに……」>

 香典すら受け取らなかった佐野太が、「天下り問題」で厳重注意を受けた直後、文科省「総理のご意向」文書が報道されるなか、「息子を裏口入学させてくれ」と頼むか?

<「政治家に対して“面従腹背”だった前川氏と違って、佐野氏はベタベタした付き合いをしていた。官房長を務めていた頃、政治がらみの案件について、担当課に逐一、問い合わせてきた。職員たちは『国会議員から頼まれたんだろうな』と受け取っていました」(文科省関係者)>

 文春砲不発。

「文科省エリートがなぜ、金銭の授受なし、物証ゼロで逮捕されたのか?」

 記事を読むと、謎が解けるどころか、ますます謎が深まるだけなのだ。

<麻布「1億円」マンションにベンツの華麗なる官僚生活>

 高い家を買ってベンツに乗っていたから佐野太は悪いやつ? 逮捕されて当然?

 佐野太の山梨県知事選出馬について。

<「佐野は山梨の自民党県連と折り合いが悪いし、地元を軽視するなど、人間性に疑問がもたれていた。母校・日川高校の同窓生による後援会組織を作るのさえ難しかったほどです。さらに、佐野は地元の会合にベンツで乗り付けてきた。自民党の県連では『あいつはどんな神経をしているんだ』という声が上がっていました」(山梨県関係者)>

 トヨタ車に乗って来なかった佐野太は悪いやつ? 逮捕されて当然?

「山梨県関係者」って誰? 山梨の自民党関係者ならそう書くし、県職員なら「職員」と書くよなあ。

 タイトルにある「バカ親」を「証明」する文章は次の一節のみ。

<別の知人は「家族仲は良かった」と振り返る。

「佐野さんは早大理工卒ですが、実は医学部志望だった。医者への夢を息子に託していたんです。年賀状にはきまって、息子との海水浴や旅行の写真を載せており、家族への愛情を感じました」>

 年賀状に家族写真を入れる人はこの国に何人いる?

『週刊文春』社員は全員、映画『大統領の陰謀』を見直したほうがいい。このヨタ記事を活字にした週刊文春デスクは「証拠が薄い」と言わなかったのだろうか?

<佐野は全面対決の姿勢を鮮明にしている。

「佐野は、知人の紹介で、元検事で自民党の参院議員だった佐々木知子氏に弁護を依頼しています。佐野は容疑を否認しています」(検察担当記者)>

(つづく)

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「裏口入学はできない」(前川喜平)「それができるんだったら安倍総理だって慶応ぐらい行ってますよ」(寺脇研)「平沢勝栄さんがほら、家庭教師をやっていて」(望月衣塑子)

 今年4月12日。前川喜平・元文科省事務次官、寺脇研・元文科省大臣官房広報調整官、望月衣塑子・東京新聞社会部記者という「アンチ安倍晋三トリオ」がトークショー「はじめの一歩を踏み出す勇気」を開催した。

 最後のQ&Aコーナーで、質問などなかったのに、前川喜平がこんな話を始めた。

前川「裏口入学っていうのを、なんか、文科省が口きけると思っている人がいるんですよ。でも、そんなことできませんから。政治家からもそういうことを言ってくるんですよ。どこどこの大学に。どこどこ小学校とかね。どこどこ中学校とかね。あるんですよ」

 エロ映画評論の第一人者、寺脇研がマイクを握って割り込んでくる。

寺脇「それができるんだったら、安倍総理だって慶応ぐらい行ってますよ!」

 会場から笑い声と拍手が沸き起こる。

 菅義偉との「記者会見バトル」で名を上げた望月衣塑子も参戦。

望月「その点で、平沢勝栄さんがほら、家庭教師をしていて、『なんでお前が家庭教師をしていて東大行けないんだ?』そしたら『俺が教えたから成蹊に行けたんだ』ってゆって……エヘヘ」

寺脇「だから大臣になれないの。平沢さんが」

 前川喜平、東京大学法学部卒。寺脇研、東京大学法学部卒。望月衣塑子、慶応大学法学部卒。

 会場からの疑問の声を聞き、「差別発言」にやっと気づいた寺脇研は、

寺脇「すみません。訂正させて。私が言った意味は、『成蹊大学が悪い』って言ってないです。総理が毎回、毎回、慶応を受験していったという事実があるからなんです。あの、受験していないのにそう言ってんじゃない。慶応幼稚舎も受けたし、小学校段階、中学校段階、高校段階、大学段階って、受けたって話を聞いて知っているので。ほんと、おっしゃる通り。成蹊大学が悪いなんて、全然、思っておりません」

 この「学歴差別トークショー」の3か月後、文科省局長の佐野太が「裏口入学」で逮捕された。翌日、オウム真理教事件の死刑囚7人が殺された。

 望月衣塑子に「まずいことを言った」という自覚はあるのだろうか?

 平沢勝栄は「東大法学部を出て警察官になる」という異色すぎる経歴の持ち主だ。「地下鉄サリン事件」当時は警察庁長官官房審議官と防衛庁長官官房審議官を兼任(!!)していた。平沢勝栄もまた、オウム真理教を野放しにした張本人なのだ。

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「地下鉄サリン事件」麻原彰晃逮捕の翌年の衆院選で平沢勝栄は初当選した。

 昨日、佐野太・元文科省局長が容疑を否認しているという報道がやっと出た。逮捕された二人が二人とも容疑を否認。

 このまま司法にゆだねても、「裏口入学受託収賄」で法廷を維持できるわけがない。

 さて、安倍晋三ら現在の「異常な権力」側はどう出る?

 こんなときこそ、立法、行政、司法、マスコミに次ぐ「第五の権力」雑誌ジャーナリズムの出番だ。

 今日発売の『週刊文春』は5ページにわたり、文科省「裏口入学」事件を特集している。

<息子は「日本で一番幸せな浪人生」とツイート バカ親文科省局長の異常な愛情>

(つづく)

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2018年7月 9日 (月)

加計学園から下村博文・元文科相にわたった220万円 この事実が暴露されたとき「裏口入学」逮捕の佐野太は官房長を辞めた

2012年

<入金日9月21日 グループ学校 所属加計学園 金額200000 枚数10>

2013年

<入金日9月27日 グループ学校 所属加計学園 金額1000000 枚数50>

2014年

<入金日10月10日 グループ学校 氏名山中一郎 所属加計学園 金額1000000 枚数50>

 これはジャーナリストの森功が入手した<博友会パーティー入金状況>という文書だ。

「博友会」とは、下村博文・元文科相の後援組織。この金は、政治資金報告書に書かれていない。

 合計220万円が、加計学園から、安倍晋三の側近中の側近、下村博文にわたっていた。

 森功がこの事実を暴露したのは、2017年6月。「加計が食い込んだ下村元文科相夫妻」『文藝春秋』6月9日発売。

 この1年前、「裏口入学」で逮捕された佐野太が文科省官房長に抜擢されている。異例の「早すぎる出世」だ。

 官房長は大臣の印鑑を預かる省内最高部署のボスである。

 下村博文の犯罪が暴露されると、佐野太は「大臣の右腕」をやめ、政治家と直接渡り合うことが少ない科学・学術政策局長の椅子に収まった。

 佐野太は、前川喜平・元文科省事務次官とは対照的な道を歩んできた。

 前川は東大法学部卒。佐野は早稲田大学理工学部卒。

 前川は1979年に文部省に入省したのに対し、佐野は6年後の1985年に科学技術庁に入庁し、省庁再編でやって来た外様だ。

 前川は出世の王道である初等中等教育局に所属し、佐野は高等教育局に所属した。

 大臣、政治家との距離をみると、そのコントラストはさらに際立つ。

 前川は、社会党議員が首班となった「自社連立」村山富市政権で与謝野馨・文相の秘書官となった。このときの前川の最大の業績は、「日教組と文部省の歴史的和解」といわれている。

還暦を過ぎ、内閣総理大臣の椅子に座っているのに野党の質問に「日教組!」というヤジをかます安倍晋三に好かれるわけがない!

前川喜平は、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎の時代には「大臣の手下」としては働かず、民主党が政権を奪取した2010年7月、菅直人政権のときに文科省大臣官房総括審議官となり、わずか1年半で文科省官房長に出世している。

一方、佐野太は「自民党をぶっ壊す!」と叫ぶ小泉純一郎が首相の椅子に座ると最初の出世をする。2002年。文科省大臣官房評価室長となった佐野太は、「聖域なき構造改革」の柱のひとつ「教育の自由化」を推し進めた。

2004年。佐野太は、その名も高等教育局主任「大学改革官」となっている。

結果、既存大学は儲かりそうな学部をがんがん新設し、得体の知れない新設大学が日本列島ににょきにょきと生えてきた。

加計学園獣医学部新設問題が大きく動き出すのは、その12年後だ。

<加計孝太郎と下村博文。二人は二〇一四年三月、密かに会った。>

<「お忙しいところご足労いただきまして」

 下座で待っていた加計が立ち上がり、下村たちを部屋に招き入れた。下村が床柱を背に腰掛けようとした瞬間だ。挨拶もそこそこに、いきなり下村が切れのいい声を加計に向けた。

「おろしましたよ」

 言葉の意味については加計はもちろん、秘書役も承知している。そのひと言で、張り詰めた空気がいっぺんに緩んだ。>(森巧『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』文藝春秋社)

「おろしましたよ」とはどういう意味なのか?

 前川喜平はこう解説する。

<ふつう、おろしましたというのは、加計さんから頼まれた案件を役人に伝えた、指示したとなるのでしょうね。>

 役人とは誰なのか?

 高等教育局長・吉田大輔だ。

この年、下村博文は高等教育局の佐野太を官房審議官に抜擢した。

 下村博文の「おろしましたよ」を期に、高等教育局は、加計学園獣医学新設に向け走り出す。

 一方、加計学園問題で安倍晋三を窮地に追いやった文書は、ほとんどが高等教育局所蔵だ。

安倍晋三への最大の爆弾<首相のご意向>文書は、高等教育局が保管し、内部告発者が朝日新聞記者に渡した。

 高等教育局長の吉田大輔は2015年8月に文科省を退職し、佐野太は「裏口入学」で逮捕された。

 東京地検特捜部は、佐野太の悪行をマスコミにリークし続けているが……。

「佐野太が犯行を認めているのか? 否認しているのか?」

 いまだに明らかにしていない。

 佐野太が完全黙秘で闘っているからだ。

 少なくとも「推定無罪」の佐野太を検察の言葉を書き写しただけの原稿で叩きまくるマスコミ記者こそ犯罪者だ。

 マスコミの尻馬に乗って、血眼になって佐野太の息子の写真を探し、ネットに上げようとする人たちがいる。

 佐野太の息子は「推定無罪」ではなく「完全無罪」だ。

 まだ十代の若者の未来を潰して楽しいのか?

(つづく)

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2018年7月 7日 (土)

文科省局長「裏口入学」逮捕とオウム真理教事件「同日7人殺し」の深い闇 杉田和博・内閣人事局長は坂本弁護士一家殺害犯を野放しにした張本人だ!!

文科省局長「裏口入学」逮捕とオウム真理教事件「同日7人殺し」の深い闇

杉田和博・内閣人事局長は坂本弁護士一家殺害犯を野放しにした張本人だ!!

 2012年12月16日。不正選挙。以来、ずうっと内閣官房副長官を務めている元警察官がいる。

 その男の名は杉田和博。77歳。

 2017年5月17日。朝日新聞が「加計学園獣医学部新設は総理のご意向」などと記された文部科学省の内部文書を暴露した。

 菅義偉官房長官は、

「出処もよくわからない怪文書じゃないか」

 5日後の5月22日。読売新聞が<辞任の前川・前文科次官、出会い系バーに出入り>という世紀のヨタ記事を掲載した。

 記者の「官邸のリークなのではないか?」という質問に対し、菅義偉は、

「事実関係は政府としては承知していない」

 3日後の5月25日。前川喜平・前文科省事務次官が記者会見を開いた。

「(出会い系バーに通ったことについて)杉田官房副長官から叱責を受けた」

 菅義偉は前言をひるがえした。

「杉田氏から『事実だったので厳しく注意した』という報告があった」

 なぜ、首相官邸は、前川喜平のアフターファイブの行動まで詳しく把握していたのか?

 同年6月16日。安倍内閣は「(読売記事への官邸リークを)承知しない」という答弁書を閣議決定した。

 これは安倍政権が連発する変な閣議決定のなかでも極めつきの珍品だ。

 杉田和博とは何者なのか。

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 1989年4月。杉田和博は警察庁公安第一課長に就任した。テロリストを監視する現場の指揮官になったのだ。

 同年5月。坂本堤弁護士が「オウム真理教被害者の会」を立ち上げた。

 同年11月4日。坂本堤弁護士一家が自宅で惨殺された。

 犯行現場からオウム真理教のバッジ(プルシャ)が発見されたが、神奈川県警はオウム真理教への事情聴取をしなかった。

 となれば、公安警察の出番となるはずだが、杉田和博は「オウム真理教を徹底にマークし洗え」という指令を出さなかった。

 杉田和博こそ、テロリストを野放しにした張本人なのだ。

 考えてみてほしい。坂本堤弁護士一家殺人事件ではプルシャという「物証」がありながら、警察は動かなかった。文科省局長は「物証ゼロ」の「裏口入学」で逮捕された。検察は法廷で「裏口入学」受託収賄をどうやって立証するのか?

 1993年。杉田和博は、なんと、殺人集団を調べなかった神奈川県警本部長の椅子に収まっているのだ。

 1995年3月20日。杉田和博が警察庁警備局長だったとき、「地下鉄サリン事件」が起きた。

 オウム真理教事件、初期捜査のミスで責任を負うべき者は誰だ!?

 1917年8月3日。内閣の人事異動ほど安倍晋三の正体を如実に示したものはない。。

 安倍晋三は、70歳をとうに過ぎた元警察官・杉田和博を内閣人事局長に抜擢、官房副長官と兼任させたのだ。

「邪魔者は消せ」

 各省庁の官僚人事案を元警察官がぶっ潰す。変更させる。

 安倍晋三が杉田和博に「あいつ、黙らせたいんだけど」と言えば、29万人の警察組織が動く。

 これが安倍晋三の言う「美しい国」だ。

 文科省局長「裏口入学」逮捕の翌日、「オウム事件同日7人殺し」が決行された。

 連続殺人指令を出したのは、誰なのか?

(つづく)

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2018年6月30日 (土)

歴代の検事総長が、関西電力、東芝、テレビ局に天下り 「民主主義」「法治国家」をぶっ壊した法務省緊急対策会議

 1999年1月。法務事務次官の原田明夫が全国8高検の次席検事を東京に集め、緊急対策会議が開かれた。

「裏ガネ作りは幹部検事が部下に命じて犯罪行為をやらせているのに等しい」

「これを機に裏ガネ作りをやめるべきだ」

「調査活動費予算をすべて国に返納すべきだ」

「検察=正義の味方」らしい意見が続出、大勢を占めたが……。

「返納の理由は?」

「法相、首相、国民にどんな説明のするの?」

 ひとりがそう言い返すと、全員が黙った。

「約6億円を接待、飲食、遊興に1円残らずつかっちゃいました」

 そんなこと、口が裂けても言えないからだ。

「予算は返上しない」

 そう決めたのは、法務事務次官の原田明夫だ。

 このとき、法治国家が音を立てて崩れ落ちた。

 法務省から各高検あてに通達が出された。

「今後、架空名目を使って裏ガネ作りをやった場合、法務省として責任は持たない」

 1999円2月末。三井環が総務部長として働いていた名古屋高検にも「マニュアル」を抱えた法務省付検事と事務官がやってきて説明会が行われた。

<調査活動費とはどういうものなのか>

 から始まるマニュアルは、

<どういう場合に支出できるのか>

<どういう場合に領収書が必要なのか>

 懇切丁寧に書かれていた。

 一流大学法学部を出た男たちによる「バカの学校」と呼ぶしかない説明会は、丸一日かけて行われたという。

 三井環は、唖然、茫然、口あんぐり状態となった。

<それにしても驚いたのは、新聞やテレビといった大手マスコミの対応だった。>

<(裏金を告発する怪文書の)内容は極めて正確であり、すべてが真実であった。

 そのため検察首脳は、必ず大手新聞が書くだろうと考えた。>

<検察首脳があれだけ怯えていたにもかかわらず、「正義を求める検察組織の一員から」の内部告発を記事にしたのは、わずかに「週刊現代」(99年5月22日号)と「週刊宝石」(99年5月27日号)だけだった。>(三井環『ある検事の告発』双葉新書)

 当然だ。

「週刊現代」「週刊宝石」はともに私の古巣だ。ずうっと雑誌ジャーナリズムの末席にいた私は、

「三井さん、新聞が書くわけないじゃない」

 そう言うしかない。

 検察によるメディア・コントロールを始めたのは、ロッキード事件の主任検事、吉永祐介だ。

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無罪の田中角栄を牢屋でしゃがませた「日本の首領」吉永祐介

 新聞記事に「P3C」の3文字を見つけた吉永は激怒し、記者を集めて怒鳴りつけた。

「黙れ!」

「とにかく、今後、P3Cと書くことはならん!」

「書いたら地検の記者会見から締め出す」

「出入り禁止だ!」

 ロッキード事件の報道で日本中が大騒動になっているとき、たとえば、朝日新聞記者の自分だけが地検記者クラブを除名されたら……。

「自分のせいで明日の朝日新聞は出ない」

 新聞記者にとって、これ以上の恐怖はない。

 新聞記者が取材先から脅され、書けなくなったときこそ、私のようなフリーライター、「野良犬」の出番なのだ。

 ちなみに、「コーチャン証言の信用性は?」と記者から問われ、吉永はこう断言している。

「米国人は聖書に手を置いて証言するから嘘は言わない」

 ……(腰が抜けた)。

 やっぱ、検察は「バカの学校」!?

 

 原田明夫による検察の「裏ガネもみ消し」によって、大きく変わったことがある。

 それまで、検事総長の老後の仕事といえば、大学で教えることくらいしかなかった。

「商人からの金は受け取らない」姿勢こそが「検察=正義の味方」というイメージを支えてきた。老後の検事総長の潔癖さこそ、「三権分立の象徴」だった。

 ところが……。

 検察の最高権力者、検事総長が、退任後、公然と私企業に天下りするようになったのだ。

 天下り先は、関西電力、東芝……。

 不正選挙により安倍晋三独裁が始まると、天下り先は、テレビ局、広告代理店にまで拡大された。

「三権」+マスコミが合体したら……。

(つづく)

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2018年6月23日 (土)

「財務省文書改ざん不起訴」「甘利明・収賄不起訴」「石川知裕・虚偽記載逮捕」 これら「どこからどう見てもおかしい」事件の裏に「官邸のヒムラー」あり 三権分立「検察の政治からの独立」を破壊した男、黒川弘務の黒い履歴書

 6月22日。森友問題をめぐる野党合同ヒアリング。弁護士でもある福島瑞穂議員が怒り狂っていた。

「日本に三権分立があるのか!? 官邸は検察の捜査もまったく怖くない。配下に置いている。官邸が法務省を通じて検察に圧力をかけているということじゃないですか」

 辰巳幸太郎議員が入手した国交省の内部文書に次の記載があった。

<調査報告書をいつ出すかは、刑事処分がいつになるかに依存している。官邸も早くということで、法務省に何度も巻きを入れているが、刑事処分が5/25 夜という話はなくなりそうで、翌週と思われる>

 首相官邸が法務省に巻きを入れる?

「今回の不起訴処分は、官邸が法務省に圧力をかけて、検察が不起訴処分にしたということを裏づける中味になってるんですよ。これはもう凄いことで、日本に検察って何、政治手続きって何、というところを、権力・官邸の意のままに作ることができるんだったら、何を信じて法の支配があるんですか、っていうくらい、もの凄いことなんですよ」

「法務省って誰のことですか? 事務次官ですか、誰ですか?」

 福島議員が指摘した男の名は、黒川弘務。2011年8月に法務官房長に就任し、政権をまたいで5年間も「分立」しているはずの行政と立法と司法を調整してきた男だ。

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「籠池をすぐに逮捕せよ」と指示したといわれる黒川弘務

 2012年12月16日。不正選挙。

 再び総理の椅子に座った安倍晋三は独裁に向かって突っ走った。その手始めが、官僚の人事を官邸が意のままに操ることだった。

 2014年5月。内閣人事局が発足。

 それでも福島議員をはじめとする法律家は、安倍晋三を甘く見ていた。

 1970年代以降、半世紀にわたって、政治家が検察の人事に口を出したことは一度もなかったからだ。

「官邸と検察の間には強固な結界が存在する」とたかをくくってきた。

 2016年7月中旬。結界は音を立てて崩れ落ちた。

 ジャーナリスト・村山治の取材によれば、

<「官邸側の意思は硬く、稲田氏の説得が受け入れられる状況ではなかった。稲田氏は真っ青になって帰った」>(朝日新聞デジタル 2016年11月12日)

 この日、稲田伸夫・法務事務次官は、人事案を手に首相官邸に入った。

 法務省の原案では、稲田自身の後任の事務次官に林真琴・刑事局長を据えるはずだった。

 しかし、菅義偉・官房長官が強硬に反対し、法務省原案を蹴った。

 官邸が無理やり法務事務次官に椅子に座らせたのが「官邸の守護神」「日本のヒムラー」とも呼ばれる黒川弘務だった。

 なぜ、林真琴は菅によって切られたのか?

 1年後に謎はあっさりと解ける。

 2016年5月。安倍晋三の公約「リニア新幹線」に反対する訴訟が起こされた。

 このときはまだ「環境問題」「住民への説明不足」などの問題だったのだが、検察は「談合事件」として捜査を開始していた。

 2017年12月18日。東京地検特捜部が、鹿島、清水建設を家宅捜索した。

「東京地検特捜部が強制捜査に乗り出したんだから、狙いは議員バッジをつけた人間だ」

「土建屋系」国会議員は震え上がった。

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 この強制捜査を指揮していたのが、林真琴・刑事局長だったのだ。

 そのわずか8日後の12月26日。安倍晋三は、三権分立を完膚なきまでに叩き潰す暴挙に出る。この日、閣議決定されたのは以下の一件のみだった。

<林真琴・刑事局長の名古屋高検検事長への異動を閣議決定する。>

「リニア談合」問題は、新聞、テレビ、ネットから消えた。

 黒川弘務の「黒い履歴書」は、26年も前から始まっている。

 2002年4月22日。大阪高検公安部長だった三井環が、自宅を出たところで逮捕された。

 罪状は「未入居の住宅に住民票を移動した」という「手続きのためにみんなやってるんじゃないの?」と誰もが思う微罪だった。

 この日、三井環は『ザ・スクープ』(テレ朝系)の取材で、鳥越俊太郎のインタビューを受けるはずだった。

「住民票を入居前に移した」身内の人間を逮捕。

「安倍晋三の国会答弁に合わせ、公文書を改ざんした」財務省「悪のグループ」からは逮捕者はひとりも出ていない。

(つづく)

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2018年6月22日 (金)

「福島原発の水たちに愛と感謝を」「私は放射能に感謝の気持ちを送ります」(安倍昭恵) 反省の気持ちゼロメートル地帯「無人の異界」をひとり行く総理夫人

 2011年3月14日。「トモダチ作戦」参加中の米空母「ドナルド・レーガン」が被ばく。翌日、ホワイトハウスの電話会議でカークランド・ドナルド海軍大将は強く主張した。

「東電福島第一原発から半径250キロ圏内から米国人全員を退去させろ」

 2週間後の3月30日。安倍昭恵はブログにこう書いている。

<先生から「愛と感謝の祈りを福島原発の水たちに送ってください!!」というメッセージが届きました。未だ収束に向かう気配すら感じられない福島原発。江本先生も書かれていますが、放射能を防ぐのも水、広げるのも水・・・。そして津波による甚大な被害、水道水の汚染が懸念されミネラルウォーターを買いに走り回る人々・・・水は恐ろしくもあり、ありがたくもあることを改めて知らしめる出来事の数々です>

「先生」とは、トンデモ本『水からの伝言』を書いた江本勝だ。

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 江本の主張。

 ペットボトル2本に水道水を詰め、一本に向かって「バカ!!」と罵倒し続ける。

 もう一本には「ありがとう」と感謝の言葉をかけ続ける。

 罵倒された水はすぐに腐って悪臭を放つが、感謝された水は芳香を放つ「素晴らしい水」になる。

 つまり、安倍昭恵は「汚染水に愛と感謝の祈りを送れば原発事故は収束に向かう」と言っているのだ。

 江本勝と安倍家の付き合いは、先代の安倍晋太郎の時代からずうっと続いていたようだ。

<昭恵氏はブログで、晋太郎が江本に自らの波動を調べてもらったことがある、と明かしています>(『週刊文春』6月28日)

 私たちの路上の声「再稼働反対!」「子どもを守ろう!」が支配層の耳に届くわけがない。

 安倍昭恵はこうも書く。

<もしも私が放射能だったら・・・

人間のために一生懸命働いてきたのに、いきなり寄ってたかって悪者扱い・・・

悲しいだろうなあと思ってしまいます。

嫌われ者はいじけて大暴れするかも・・・。

原発を肯定しているわけではなく、自然エネルギーに移行していくべきだという考えです。

しかし、放射能自体が悪いわけではない。

悪いのは人間です。

私は放射能に感謝の気持ちを送ります。ありがとう・・・

意識の持ち方は大切です。>(安倍昭恵フェイスブック 2012年1月7日)

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 2015年1月。安倍晋三の政治資金を調べていた日刊ゲンダイがとんでもない領収書を発見した。

<安倍首相にいたっては政治資金で「神の水」を購入していた。

「ダメだ。あの水じゃなくちゃ、ぜったいダメなんだ」

 第1次政権時代、安倍首相が「神」の文字の記されたペットボトルの水を愛飲している、と週刊文春は報じた。その水を切らし、事務所スタッフが別のミネラルウオーターで済ませようとすると、冒頭のように安倍首相は激高したという。>(日刊ゲンダイ デジタル 2015年1月17日)

 夫婦そろってこれだから、安倍晋三が昭恵夫人の暴走を止められるわけがない。

<安倍首相がこだわる水の名は「神立の水」。新潟・神立温泉の地下1400メートルから汲み上げた天然温泉水という触れ込みで、東京・西五反田の「光ジャパン」なる会社がネット販売している。

同社はHPで<老化防止だけでなく、延命効果もある><飲む人を美しくします><神立の水で育てると、かいわれ大根もひと味もふた味も違います!>などとうたう。現在の値段は2リットルのペットボトル6本入りセットで3120円。決して安い水ではないが、かつて安倍首相はこの“若返りの水”の広告塔を務めていたこともある。>

<光ジャパンは「慧光塾」というコンサル会社を率いていた光永仁義氏(05年死去)の長男が社長を務めている。

「光永氏の経営指導はかなり風変わりで、『お告げ』や『悪霊ばらい』を行うなどオカルトじみていました。安倍首相は母親の洋子さんを通じて、光永氏と家族ぐるみの付き合いをして、『お告げ』も受けていた。安倍夫妻は、神立の水を販売する長男の結婚式で媒酌人を務めています。神立の水は光永氏を崇拝していた人々の紹介制で流通しているような商品ですね」(政界関係者)

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「神立の水」日刊ゲンダイ デジタルより

 安倍晋三夫妻は、詐欺の中でも最も悪質な「水高額販売人」の仲人までやっていた!

<安倍首相の資金管理団体「晋和会」の10年分の収支報告書の「少額領収書」をみると、同年4月27日、5月10日、6月8日、7月9日に「神立の水代」として、いずれの日付とも7980円を事務所費に計上していた。神立の水代の総額は計3万1920円に上る。>

 昨年春には、こんな記事も出た。

<「トランプとは相性ぴったり」「森友は3月まで。運勢の底は4月4日」

安倍晋三首相が頼る

「運勢」のお告げ

安倍首相に頻繁に「運勢メール」を送る人物がいる。中原伸之元東燃社長(82)。11年前、総裁選出馬の際も「運勢は最高にいい」と背中を押した。安倍首相は「よく当たるんだ」と信頼しており、その影響は経済政策や人事にも及ぶ。「生年月日」と「易経」に基づく“占い”に国家の命運は掛かっているのだ。>(『週刊文春』HP 2017年4月25日)

「首相官邸の占い師」中原伸之の予言は大外れ。森友学園問題は泥沼化し、今や国民の8割以上が「納得できない」と言っている。

 しかし、安倍昭恵の反省はゼロだ!

<うちの近所に住んでいる人も私の批判をいっぱいしていて><怖いなって思っていたんですけれども、(FBで)やり取りしていくうちに><私との関係はすごい良いものになって。>

<去年なんですけど、この一連の問題があったときに絵本を届けてくれたんですね、自宅まで。やはり彼もいじめられた経験が過去にあったみたいなんですけれど、私が批判されていじめられて見えるのを彼はすごくわかってくれて、かわいそうに思ったみたいで、この本を読んでくださいと届けてくれました>(『週刊文春』6月28日)

 ファーストレディ・安倍昭恵の「意識の持ち方」恐るべし!!

 安倍昭恵にとって、「私への批判」=「いじめ」なのだ。

「国民の8割がいじめっ子で悪だ」

「いじめられてかわいそうな私」

 無敵。安倍昭恵は地上最強の人間だ。

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2018年6月 9日 (土)

安倍晋三一族の始祖、井上馨は英国に現在価格260億円を送金した 幕府軍15万vs長州軍3500 明治維新で大儲けをしたのは誰だ!?

 1865年8月。第二次長州征討。通説での軍勢は、

 幕府軍150000 長州軍3500

 360度、どこからどう見ても長州軍に勝ち目はない。

 なぜ、長州軍は勝利したのか?

 明治維新が「日本の夜明け」として語られるのはなぜ?

「坂本龍馬が桂小五郎と西郷隆盛を一喝し、薩長連合が成立したからだ。もし、幕府軍が勝ち、あのまま徳川家の独裁が続いていたら、日本は欧米の植民地となっていた。日本の独立を守り、日本人の命を救った竜馬は英雄だ」

 私もまた、50年近くそのような回答をしてきた。プロパガンダに踊らされ続けた。

 明治維新の最大のウソが、司馬遼太郎の大ベストセラー『竜馬がゆく』のクライマックスシーンである。

 1866年1月。京都で薩摩藩・西郷隆盛と長州藩・桂小五郎が相対していた。

 絶体絶命だったのは、京都御所を砲撃し(禁門の変)、「朝敵」となっていた長州藩なのだが、桂小五郎は「同盟しよう」とは切り出せず、竜馬にこう告げる。

<「口火を切れば、もはや対等の同盟にあらず、おのずから乞食のごとく薩州に援助を哀願するようなものではないか」>

 竜馬は激高し、<すさまじい声>で桂を一喝した。

<まだその藩なるものの迷妄が醒めぬか。薩州がどうした、長州がなんじゃ。要は日本ではないか。小五郎」>

<「薩長の連合に身を挺しておるのは、たかが薩摩藩や長州藩のためではないぞ。君にせよ、西郷にせよ、しょせんは日本人にあらず、長州人・薩摩人なのか」>

<竜馬は西郷に、

「長州が可哀そうではないか」

 と叫ぶようにいった。当夜の竜馬の発言は、ほとんどこのひとことしかない。

 あとは、西郷を射すように見つめたまま、沈黙したからである。

 奇妙といっていい。

 これで薩長連合は成立した。>

 むちゃくちゃかっこいいけど、大ウソだ!

 前年の1865年7月。長州藩の井上馨が「薩摩藩名義で英国軍艦と銃を買う」というインチキな取引を成立させ、そのまま薩摩に行き、ひと月近くも滞在していた。

 井上は薩摩藩士の前で薩長連合の必要性を説いた。以下は「政治家が100人いれば100人がウソをつく」という前提で、井上馨の回想を引用する。

<世界の大勢を察するに、我が皇国を永遠に維持せんとすれば、幕府の権力を打倒して、体制を朝廷に帰し、以て国内の統一を図り、しこうして開国><海外各国と対峙せざるべからず。故に両藩間に於ける従来の悪感情の如きは、之を雲煙過眼に附し、互いに相連携して、此の大目的に向かって邁進するは、我が邦目下の最大急務にあらずや>(中原邦平『井上伯伝』)

 これ、小説、舞台、ドラマでの「竜馬のセリフ」そのまんまであり、『竜馬がゆく』のクライマックスシーンの半年前に井上馨がそう言っていたのなら、司馬遼太郎の大著は音を立てて崩れ去る。

「長州藩の兵器を薩摩藩名義で英国から輸入する」というインチキな取引も、歴史書では「坂本龍馬のアイデア」とされているが、裏づける資料はひとつも存在しない。

 幕末・維新の歴史は、書き手の「好き嫌い」が何重にもコーティングされている。

「この人は好き」「この人は嫌い」という書き手の感情が前提で、登場人物の感情を推測し、その推測をもとに、さらに書き手の感情を重ねる文章は、はたして「歴史」なのだろうか?

 解せない話を聞いたら、金の流れを追え。

 長州軍「奇跡の勝利」で大儲け、大笑いをしたやつは誰なのか?

 長州征討で最もでかい金の流れは、井上馨からトーマス・ブレーク・グラバーに渡された130100両だ。

 坂本龍馬の足跡を書いた日本銀行高知支店HPによれば、現在価格換算で約260億円!!

 その内訳。

 英国戦艦「ユニオン号」購入 37700両

 洋式銃7300挺購入 92400両

 洋式銃のうち、4300挺が最新式ライフルの「ミニエー銃」。3000挺が幕府軍の主力でもある旧式の「ゲベール銃」だった。

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ミニエー銃

 明治維新当時の価格。

 ゲベール銃 5両

 ミニエー銃 18両

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ゲベール銃

 ミニエー銃の現在価格は1挺360万円! 今なら、ベンツAクラスの新車が買えるほど高価だったのだ。

 ミニエー銃購入代金、現在価格換算で約154億8000万円が英国に渡った。これが最大の金の流れだ。

「長州軍奇跡の勝利」は、ミニエー銃4300挺がなければ、起こり得なかった。

 福島の原子力災害を受けて制作されたNHK大河ドラマ『八重の桜』にこんなシーンがある。

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「わずかな敵を相手に幕府軍は何をしておるのだ?」

「知らせによると、長州兵の銃はことごとく命中。幕府軍の弾は敵に届かねえ、とのことでごぜえやす」

 ゲベールに比べ、ミニエーの射程は最大10倍。ゲベールの的中率は火縄銃よりも劣ったといわれている。

「火縄銃では、もはやいくさにならんのだ」

「ヤーゲルもゲベールも、もはや時代遅れ」

「長州の銃はこのミニエーでごぜえやす。ゲベールとは威力に格段の差があり……弾はこれで……撃ってご覧にいれろ」

 弾丸は的の鉄の板を貫通。

「鎧、具足など付けていては、鉄片が弾とともに体に入り込み、命取りとなります」

 長崎に向かった戦艦「ユニオン号」は、上海に寄港し「日本の合戦を根底から変える」この新兵器を積み込んだ。

 明治維新で最も大儲けしたのは、上海の「ジャーディン・マセソン商会」とその長崎支店「グラバー商会」だ。

 明治維新で大笑いしたのは、瀕死の重傷、逃亡生活から、一気に紙幣印刷所のボスへと上り詰めた井上馨だ。

 もし、長州征討時にミニエー銃が密輸されなかったら、「平成の妖怪」安倍晋三は影も形もなかった。

(つづく)

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2018年5月21日 (月)

わが国で初めて「玉砕」を礼賛したのは西郷隆盛だった NHK大河ドラマ『西郷どん』と麻生太郎「無敵の傲慢」の秘密

幾歴辛酸志始堅(幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し)

丈夫玉砕恥甎全(丈夫は玉砕すとも世に尽くすこともなくいたずらに生き長らえることを恥ず)

西郷隆盛

「ノイローゼの治療のため入院中なので自分の結婚式に出られません」

吉田茂

 安倍昭恵夫人と文壇バーでべろべろに酔っぱらっている林真理子が書いたのがNHK大河ドラマ『西郷どん』の原作だ。

 さっき私、初めてこのドラマを40分間、通して観たけど……。

 あらためまして今の独裁を堪能させていただきました!

 殺人鬼を英雄として描いてはいかんでしょ!?

 西郷隆盛の幼少時代からの盟友、大久保利通。大久保の孫娘・牧野雪子の夫が吉田茂。吉田茂の孫が麻生太郎だ。

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NHK『西郷どん』瑛太演じる大久保利通 左

 殺人鬼は名字を替えて何度も現れる。

 吉田茂と大久保家の縁組みについて、歴史家のジョン・ダワーはこう書いている。

<青年外交官吉田にとって牧野伸顕が義父として魅力ある存在だったことは明らかだが、この方程式の反対側――なぜ牧野は吉田を女婿に選んだのか――は決して明らかではない。吉田は特に有望な学生というのではなかった。一九〇六(明治三九)年の外交官試験の出来ばえをみても、少数の同期入省者の首位に近くはなかった。>(『吉田茂とその時代』中公文庫)

 ダワー御大も「さっぱりわからない」と書いているのだ。

<そのうえ、牧野は薩摩藩士大久保利通の息子であり、大久保といえば一八七九(明治一一)年に暗殺されるまでは明治初期の巨頭のなかでも真の実力者にのしあがっていたのである。こういう背景から、牧野は誇り高い薩摩の長い伝統のなかで最良の血を代表するとともに、日本の新興エリートの最上層部を代表していた。>

<牧野はのちに外務大臣また宮内大臣、内大臣となった、天皇が最も信頼した側近の一人である。>

「ベスト&ブライテスト」が、ダメ外交官に娘をくれてやったのはなぜなのか?

<牧野が出身藩による差別意識を持っていたことは吉田の回想にはっきり出ている。>

<私は他国者扱いであった。>

<本丸には入れなかったのである。よく伯(牧野)の親戚の人々が集まったところへ、私が出た場合でも何かお国めいた話が出ると、二言目には『吉田君の前で言うのはなんだが……』という前置きがかならずつくのである>

 吉田茂は「居場所のない親戚」だったのだ。周囲の親戚は吉田に気をつかっていた。そんな親戚いやだよなあ。

 それだけではない。

<吉田は威勢がよく短気なところがあるという評判をとっていた。だから誇り高い牧野がこのことを前もって知らなかったのなら、婿のほうはそれを思い知らせるのに時間を要しなかった。吉田は自分の結婚披露宴に顔さえ見せず、入院を決め込んでいた(伝えられるところ「ノイローゼ」の治療ということだが、おそらく大陸勤務のきびしさのなかでかかった性病のためでもあろうか)。>

 ……(腰が抜けた)。

 新郎、結婚式をドタキャン!?

 普通、婚約破棄だろ!?

 1941年。吉田雪子夫人は51歳の若さでこの世を去った。

<吉田は正妻が亡くなる前から、元新橋芸者の小りんこと坂本喜代と内々の、どこからみても親密な関係ができ、しかもそれが長くつづいた>

 なぜ、吉田茂は、大久保利通一族からキックアウトされなかったのか?

<牧野を何よりも信用させたのは、その財力と娘雪子に経済的安定を保証する能力だったのではなかろうか。>

 そう。解せない歴史の回答はいつだって金だ。

「居場所のない親戚」吉田茂は、その「横暴」と「気まずさ」以上の「利用価値」があったのだ。

 吉田茂は生まれてわずか9日後に吉田健三の養子となった。

<吉田健三は横浜へ移り、イギリスの海運会社ジャーディン・マセソン会社の支配人をつとめた。吉田茂の子どもの頃の思い出によれば、ジャーディン・マセソン会社の敷地内で遊んでいたという。比喩的な意味では、彼はその敷地内から遠くへさまよい出ることは決してなかったといえよう。>

「ジャーディン・マセソン」とは何か?

<ジャーディン・マセソン(Jardine Matheson Holdings Limited, 怡和控股有限公司)は、香港にヘッドオフィス(登記上の本社はバミューダ諸島・ハミルトン)を置くイギリス系企業グループの持株会社。>

<設立当初の主な業務は、アヘンの密輸と茶のイギリスへの輸出。>

<清とイギリスとの間で1840年から2年間にわたって行われたアヘン戦争に深く関わっている。アヘンの輸入を規制しようとする清朝政府とイギリスの争いが起こった際に、当時のアヘン商人の一つであるジャーディン・マセソン商会のロビー活動により、イギリス本国の国会は9票という僅差で軍の派遣を決定した。>(ウィキペディア)

 大久保利通一族との縁組みの2年前。1907年はじめ。吉田茂は、中国・奉天の日本領事館勤務のため大陸に渡った。その後、20年にわたり中国で働き、各地を麻薬中毒者の街に変えていった。

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