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2018年5月21日 (月)

わが国で初めて「玉砕」を礼賛したのは西郷隆盛だった NHK大河ドラマ『西郷どん』と麻生太郎「無敵の傲慢」の秘密

幾歴辛酸志始堅(幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し)

丈夫玉砕恥甎全(丈夫は玉砕すとも世に尽くすこともなくいたずらに生き長らえることを恥ず)

西郷隆盛

「ノイローゼの治療のため入院中なので自分の結婚式に出られません」

吉田茂

 安倍昭恵夫人と文壇バーでべろべろに酔っぱらっている林真理子が書いたのがNHK大河ドラマ『西郷どん』の原作だ。

 さっき私、初めてこのドラマを40分間、通して観たけど……。

 あらためまして今の独裁を堪能させていただきました!

 殺人鬼を英雄として描いてはいかんでしょ!?

 西郷隆盛の幼少時代からの盟友、大久保利通。大久保の孫娘・牧野雪子の夫が吉田茂。吉田茂の孫が麻生太郎だ。

Photo

NHK『西郷どん』瑛太演じる大久保利通 左

 殺人鬼は名字を替えて何度も現れる。

 吉田茂と大久保家の縁組みについて、歴史家のジョン・ダワーはこう書いている。

<青年外交官吉田にとって牧野伸顕が義父として魅力ある存在だったことは明らかだが、この方程式の反対側――なぜ牧野は吉田を女婿に選んだのか――は決して明らかではない。吉田は特に有望な学生というのではなかった。一九〇六(明治三九)年の外交官試験の出来ばえをみても、少数の同期入省者の首位に近くはなかった。>(『吉田茂とその時代』中公文庫)

 ダワー御大も「さっぱりわからない」と書いているのだ。

<そのうえ、牧野は薩摩藩士大久保利通の息子であり、大久保といえば一八七九(明治一一)年に暗殺されるまでは明治初期の巨頭のなかでも真の実力者にのしあがっていたのである。こういう背景から、牧野は誇り高い薩摩の長い伝統のなかで最良の血を代表するとともに、日本の新興エリートの最上層部を代表していた。>

<牧野はのちに外務大臣また宮内大臣、内大臣となった、天皇が最も信頼した側近の一人である。>

「ベスト&ブライテスト」が、ダメ外交官に娘をくれてやったのはなぜなのか?

<牧野が出身藩による差別意識を持っていたことは吉田の回想にはっきり出ている。>

<私は他国者扱いであった。>

<本丸には入れなかったのである。よく伯(牧野)の親戚の人々が集まったところへ、私が出た場合でも何かお国めいた話が出ると、二言目には『吉田君の前で言うのはなんだが……』という前置きがかならずつくのである>

 吉田茂は「居場所のない親戚」だったのだ。周囲の親戚は吉田に気をつかっていた。そんな親戚いやだよなあ。

 それだけではない。

<吉田は威勢がよく短気なところがあるという評判をとっていた。だから誇り高い牧野がこのことを前もって知らなかったのなら、婿のほうはそれを思い知らせるのに時間を要しなかった。吉田は自分の結婚披露宴に顔さえ見せず、入院を決め込んでいた(伝えられるところ「ノイローゼ」の治療ということだが、おそらく大陸勤務のきびしさのなかでかかった性病のためでもあろうか)。>

 ……(腰が抜けた)。

 新郎、結婚式をドタキャン!?

 普通、婚約破棄だろ!?

 1941年。吉田雪子夫人は51歳の若さでこの世を去った。

<吉田は正妻が亡くなる前から、元新橋芸者の小りんこと坂本喜代と内々の、どこからみても親密な関係ができ、しかもそれが長くつづいた>

 なぜ、吉田茂は、大久保利通一族からキックアウトされなかったのか?

<牧野を何よりも信用させたのは、その財力と娘雪子に経済的安定を保証する能力だったのではなかろうか。>

 そう。解せない歴史の回答はいつだって金だ。

「居場所のない親戚」吉田茂は、その「横暴」と「気まずさ」以上の「利用価値」があったのだ。

 吉田茂は生まれてわずか9日後に吉田健三の養子となった。

<吉田健三は横浜へ移り、イギリスの海運会社ジャーディン・マセソン会社の支配人をつとめた。吉田茂の子どもの頃の思い出によれば、ジャーディン・マセソン会社の敷地内で遊んでいたという。比喩的な意味では、彼はその敷地内から遠くへさまよい出ることは決してなかったといえよう。>

「ジャーディン・マセソン」とは何か?

<ジャーディン・マセソン(Jardine Matheson Holdings Limited, 怡和控股有限公司)は、香港にヘッドオフィス(登記上の本社はバミューダ諸島・ハミルトン)を置くイギリス系企業グループの持株会社。>

<設立当初の主な業務は、アヘンの密輸と茶のイギリスへの輸出。>

<清とイギリスとの間で1840年から2年間にわたって行われたアヘン戦争に深く関わっている。アヘンの輸入を規制しようとする清朝政府とイギリスの争いが起こった際に、当時のアヘン商人の一つであるジャーディン・マセソン商会のロビー活動により、イギリス本国の国会は9票という僅差で軍の派遣を決定した。>(ウィキペディア)

 大久保利通一族との縁組みの2年前。1907年はじめ。吉田茂は、中国・奉天の日本領事館勤務のため大陸に渡った。その後、20年にわたり中国で働き、各地を麻薬中毒者の街に変えていった。

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