« 満蒙開拓団「墓標なき8万人の死」と岸田文雄の資産 イスラエル政府はナチの残党を地の果てまで追いかけた!! 日本以外の国で「岸田文雄首相誕生」は絶対にありえない!! | トップページ | フローラステークスで万馬券 »

2018年4月21日 (土)

「満州にイスラエルを」? それとも「満州にアウシュビッツを」? 帝国陸軍が画策した満州ユダヤ人自治区建設「河豚計画」の奇々怪々

「満州国にユダヤ人50万人を受け入れる」

 日産コンツェルン創始者 鮎川義介

「日本はファシストの国だ」「私ができることは、あなたの計画を失敗させることである」

 スティーブン・S・ワイズ 世界ユダヤ人会議議長

 

「河豚計画」について調べていて、わけがわからなくなった。

 そもそも、計画の始まりについての記述が、資料によってバラバラ、まったくといっていいほど違うのだ。

<(鮎川義介は)「ドイツ系ユダヤ人5万人の満州移住計画について」という論文を34年外務省から発表している。>(西井一夫『日本の戦争1 満州国の幻影』毎日新聞社 2010年)

「それを読めばいいんだな」と思って、国会図書館で検索すると、そんな文書はない。

 秦郁彦の著作ではこうなる。

<この種の発想は一九三四年頃鮎川義介が満州国にユダヤ人五十万人を入れ、その代わりにアメリカ系ユダヤ資本を導入して開発するプランを立案したことに始まるとされる。>(秦郁彦『昭和史の謎を追う』文藝春秋 1993年)

 人数が一桁違う。

 井口治夫の著作ではこうなる。

<クライマンは、次のように鮎川に提案した。すなわち、もしも満州国がドイツからのユダヤ人難民に門戸を開いてくれるのであれば、クライマンは、クーン・ローブ投資銀行や他のユダヤ系金融機関から満州重工業向けの融資を斡旋しよう、と。

 クライマンの提案に鮎川は俄然関心を示した。>(井口治夫『鮎川義介と経済的国際主義―満洲問題から戦後日米関係へ―』名古屋大学出版会 2012年)

 そもそも、日本人の発案ではなかった?

 三者の著作に共通するのは、日産コンツェルン創業者、国策企業「満州重工業」社長の鮎川義介が「河豚作戦」の中心人物だったということ。

Photo_4

鮎川義介」

 満州の経済政策を任された岸信介こそ、「親戚」鮎川を満州に引き込んだ張本人だ。

Photo_5

巣鴨プリズンから釈放された直後の岸信介 右は実弟の佐藤栄作

「満州は私が描いた作品だ」(岸信介)

「河豚計画」は、安倍晋三の祖父、岸信介が描いた最もアバンギャルドな絵だ。

 資料を書いたお三方とも信用に足る書き手だと私は思うが、以後、出典を示しながら書き進めることにする。

 1918年。日本軍は、ロシア革命直後のシベリアに派兵した。日本軍が支援する反革命ロシア白軍は、ユダヤ人についてのプロパガンダを展開していた。宣伝戦の中核は『シオン議定書』という偽書、トンデモ本だった。

「ユダヤ人はフリーメーソンと結託し世界支配を計画している」

「ユダヤ人、カール・マルクス、レフ・トロツキーが主導したロシア革命は陰謀の始まり、ワンステップにすぎない」

 シベリアから帰国した日本人がこの偽書を書き写し、「ユダヤ陰謀論」は大ブームを巻き起こした。

 1917年以前、十数冊しかなかったユダヤ関連本は、1918~29年に109冊、1930~39年には254冊が発行された。

 なかでも日本人に大きな影響を与えた『世界革命之裏面』(包荒子 1924年)を書いたのは、実は陸軍の安江仙弘・大連特務機関長だった(秦)。いや、樋口季一郎・ハルビン特務機関長だった(西井)。と、ここでも説がわかれている。

 さらに奇妙な状況証拠がある。第二次大戦中にユダヤ人を援助した、として、この二人の日本帝国軍人の名前が、ユダヤ人協会「ゴールデンブック」に記されているのだ。

 ユダヤ陰謀論プロパガンダを日本中にまき散らした軍人が「ユダヤの友」!?

 ここで浮かび上がってくるのが、日本軍が作ろうとしたのはイスラエルなのか? それともアウシュビッツなのか? という疑問だ。

Photo_6

アウシュビッツ強制収容所

 1937年12月。満州ハルビンで第一回極東ユダヤ人大会が開催された。主賓として招かれた樋口季一郎・ハルビン特務機関長は600人のユダヤ人の前で演説した(秦)。

「ドイツがユダヤ人を追放するなら、行き先を準備してやるべきである。私は個人として心からかかる行為を憎む」

 樋口は万雷の拍手に包まれた。

 在日ドイツ大使館は、すぐさま外務省に抗議した。

 1938年7月。ユダヤ専門家の会合に出席した犬塚惟重陸軍大佐が次のように述べた(秦)。

「これはフグを料理するようなものだ。もしユダヤ人をうまく料理できれば……つまり、ずるがしこい彼らの性格を監視し、彼らのエネルギーを日本のために利用できれば、味も栄養もたっぷりの御馳走になる。しかし、料理のしかたを誤れば、日本の破滅にさえつながりかねない」

「河豚計画」という幻が立ち現れたときとほぼ同時期。満州ハルビンで日本人とユダヤ人が衝突する事件が起きている(西井)。

Photo_7

5000人以上のユダヤ人が暮らしていたハルビンの今「氷雪祭」の光景

 1933年8月。ハルビンでホテル、映画館、劇場を経営する大金持ちの息子、シモン・カスペが誘拐され、10万ドルの身代金が要求された。3ヵ月後、シモンの遺体が発見され、日本人の犯人グループが検挙された。

 罰を下そうとした中国人判事は関東軍によって逮捕され、犯人グループは、わずか一週間の拘束で特赦により解放された。

 関東軍の暴挙に怒り、また、身の危険を感じたユダヤ人はハルビンの街を捨てた。ユダヤ人5500人のうち7割が消えたといわれている。

(つづく)

|

« 満蒙開拓団「墓標なき8万人の死」と岸田文雄の資産 イスラエル政府はナチの残党を地の果てまで追いかけた!! 日本以外の国で「岸田文雄首相誕生」は絶対にありえない!! | トップページ | フローラステークスで万馬券 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/81762/73346953

この記事へのトラックバック一覧です: 「満州にイスラエルを」? それとも「満州にアウシュビッツを」? 帝国陸軍が画策した満州ユダヤ人自治区建設「河豚計画」の奇々怪々:

« 満蒙開拓団「墓標なき8万人の死」と岸田文雄の資産 イスラエル政府はナチの残党を地の果てまで追いかけた!! 日本以外の国で「岸田文雄首相誕生」は絶対にありえない!! | トップページ | フローラステークスで万馬券 »