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2018年2月25日 (日)

米国軍産複合体と不正選挙→安倍独裁 ライト兄弟は米軍に飛行機を売りたくなかった! 歴史を変えた大発明家の父は「同胞教会」司祭として最も強く「奴隷制度反対」「差別をやめろ」と叫んだ

「私たち(彼とウィルバー)は、浅はかにも、この世に長い平和をもたらしてくれるような発明をと願っていました。ですが、私たちは間違っていたのです」

オーヴィル・ライト 死の直前のインタビュー

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人類史上初の有人飛行を成功させたライト・フライヤー1号

 1847年。ライト兄弟の父、19歳のミルトン・ライトはプロテスタント系「同胞教会」の門を叩き、5年後に牧師となった。

「同胞教会」はドイツ移民をルーツとしているが、欧州で生まれた教義が新大陸に輸入されたのではなく、「純米国製教会」を名乗った。

「同胞教会」の最大の特徴は、米国の奴隷農場が大きく西へと広がった1820年代から「奴隷制廃止」を強く訴えたことにある。

 6人の司祭のひとりに選出されたミルトン・ライトは、マイノリティの立場に立つ唯一の司祭として、女性の権利拡大を主張し、フリーメイソンの秘密主義を徹底的に批判した。

「ライト一家とは何者なのか?」

 ライト兄弟の兄、ウィルバー・ライトはこう書いている。

<商売で成功する者とは、常に自分の利益を念頭に置いた積極的な人間です。>

<商売は形を変えた戦争に他ならず、その戦争において、戦士は商売敵から利益を奪い取るためにしのぎを削ると同時に、すでに自分が勝ち得たものを守り通さなくてはなりません。戦闘的ではない者、自己主張ができない者、少しでも人を思いやるような者は、商売の世界では成功することはありませんでした。>

 我がライト一家にビジネスで成功する資格はあるか?

<我の強さ、押しの強さについて「ライト家の男は全員が欠けている」説に僕は全面的に賛成です。一家の男がひとかどの商売人になれず、あるいは、なりたくてもなれないのは、まさにそうした理由に他なりません。>(次兄ローリンへの手紙)

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ライト兄弟

 飛行機発明後、ライト社買収に最初に動いた「海運・鉄道王」コーネリアス・ヴァンダービルトは、全米一の大金持ち、米国ビジネス界のチャンピオンだった。

 ライト兄弟のもうひとつのルーツ、母方の祖父、ジョン・キョルナーは、生身で戦争と対峙し、故郷を捨てる、という重大な決断をした馬車職人だった。

 キョルナーの生地、ドイツのシュライツでナポレオンの仏軍とプロシア軍の激しい戦闘が起き、その惨状を目の当たりにした彼は「技術者が平和に生きることができる場所」米国を目指した。

 ライト兄弟が初めて見た工業機械は、キョルナーの馬車工場の木工旋盤だった。

 ライト社買収に乗り出したもうひとりの男、オーガスト・ベルモントは、ナポレオンの戦争をめぐり「当事国に両張り」「ウソ」「演技」「暴落株買い占め」など手練手管の限りを尽くし、大儲けをしたネーサン・メイヤー・ロスチャイルドが米国に派遣した男の子孫だ。

 ライト兄弟が印刷業を始めた頃、米国人の多くは自国を「生産者の共和国」とみなしていた。米国はなによりもまず「平等な国」であるべきで、買収、合併を繰り返し、巨大化する産業資本主義も、侵略、殺戮、植民地化を繰り返す欧州の帝国主義もともに「米国社会の敵」だった。

 19世紀の終わり。鉄道労働者を中心にストライキ、労働争議が繰り返され「血塗られた1880年代」と呼ばれた。

 ライト兄弟の伝記はどこの図書館にも複数あるが、以下の事実を強調していないのはなぜなのだろう。

米国で「帝国」と「生産者の共和国」が激しく闘っていた時代、ライト兄弟は『ウエスト・サイド・ニュース』紙の経営者、主筆だった。飛行機発明者になる前、ライト兄弟はジャーナリストだったのだ。父のミルトン・ライトも当時ではめずらしい全米向け週刊新聞『信仰展望』の編集長だった。

1883年8月。雑誌『パック』は労働者と資本家の闘いを描いた漫画を掲載している。

蒸気機関の馬にまたがった完全武装の巨人がハンマーを持った労働者を槍で突き殺そうとしている。労働者の後ろには無数の群衆が描かれているが、巨人の後ろにいるのはたった4人の大富豪だ。

「電信王」サイラス・フィールド。

 ライト社の株を買い占めたコーネリアスの弟、ウィリアム・ヴァンダービルト。

「造船王」ジョン・ローチ。

「鉄道王」ジェイ・グールド。

 1885年。ジェイ・グールドが所有する全長2万4000キロに及ぶ鉄道網がストライキで麻痺したとき、「鉄道王」はこう吐き捨てている。

「労働者階級の半分を雇って残り半分を殺させてみせる」

 ライト兄弟はそんな時代のジャーナリストだった。

 ライト兄弟が発明した飛行機が、都市への空爆、非戦闘員への無差別虐殺を始めた。

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「ライト」の名がついた飛行機はこんな醜悪な姿になった

カーチス・ライトP―40ウォーホーク

ライト兄弟はライト社を命がけで守ろうとした。兄のウィルバー・ライトは特許訴訟、会社乗っ取り騒動のさなか、腸チフスでこの世を去った。弟のオーヴィル・ライトが、第一次大戦直前にライト社をあっさりと手放したのはなぜなのか?

第一次大戦の5年後、オーヴィル・ライトはラジオでこう語っている。

「飛行機が戦争を恐ろしいものにしました。再び戦争をしたいと思う国が存在するとは思えないほどに」

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2018年2月19日 (月)

米国軍産複合体と2012・12不正選挙→安倍独裁 ボーイング社は「空からの無差別虐殺」を見越して米海軍が設立した!?

 ボーイング社創業者、ウィリアム・ボーイングの経歴を見て首を傾げぬ者はいないだろう。

 1909年。木材・金属を商っていたウィリアム・ボーイングが、シアトルで飛行機を見て感銘を受ける。

 そのわずか7年後の1916年。ウィリアムは航空機メーカー「パシフィック・エアロ・プロダクツ」社を設立。

 翌年の1917年7月。米国が第一次大戦に参戦し、ウッドロウ・ウィルソン大統領が「航空法」に署名し、6億4000万ドルの予算を確保した。

 1918年11月。大戦終結とともに米政府は航空機メーカーとの1億ドルもの契約を一方的に破棄。米軍は買い取った飛行機とエンジンを極端な安値で民間に放出して金を貯め込んだ。

 米国が欧州の戦争に首を突っ込んだわずか1年4ヵ月の間に「パシフィック・エアロ・プロダクツ」社製の第一号機「B&Wシープレーン」50機を購入した。

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 飛行機との初遭遇から、わずか9年で、材木商が軍需企業のボスへと変身?

 この素早さは何?

 その資金はどこから?

 とても、ウィリアム・ボーイング個人の技とは思えない。

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ウィリアム・ボーイングの肖像画

 その想像を絶するスピードの秘密は「開発秘話」「苦労話」「試作機での失敗」などなにもなく、突如、航空史に現れる「B&W」の名前の中にある。

 B=ウィリアム・ボーイング。

 W=ジョージ・コンラッド・ウェスターベルト・米海軍技師。

 ウェスターベルトは、海軍士官学校からマサチューセッツ工科大学に進んだエリート技術者だった。

 ボーイング社の航空機第一号は、米海軍の軍人が設計したのだ。

 となると、ボーイングの役割は「スポンサー」「金主」ということになるはずだが……その資金はどこから?

 1901年9月。NY州バッファローで開催された全米博覧会でウィリアム・マッキンリー大統領が「アナーキスト」レオン・チョルゴッシュに狙撃され、この世を去った。チョルゴッシュと行動を共にした者の証言によると、

「彼は米政府がフィリピン諸島で行った暴虐の数々に怒り狂っていた」

<今、フィリピンで起きていることが、戦争のふりをした血の流れない茶番劇だと思ったら大間違いだ。米兵の仕打ちには容赦がない。男も女も子供も、囚人も捕虜も、反乱分子の活動家も容疑者も、10歳以上の者は根絶やしにするつもりで殺している。フィリピン人はどのみち犬も同然で……ゴミ溜めに捨てるに限る、という考えが蔓延しているからだ。><両手を上げて降伏した無抵抗のフィリピン人を連行し、反乱分子である証拠など皆無であっても、一時間後には橋の上に並ばせ、ひとりずつ銃で撃って下の川に落とす。ハチの巣となった死体は川下に流れていき、発見した者への見せしめとなっている。>(フィラデルフィア・レッジャー紙 1901年11月)

 マッキンリー大統領暗殺は、血塗られた「アメリカの世紀」の幕開けを告げる事件だった。

 アナーキストが放った2発の銃弾は、皮肉な結果しか生まなかった。

 後釜のセオドア・ルーズベルトは、「元海軍次官」「元NY市警察本部長」。筋金入りの帝国主義者であり虐殺魔だった。

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セオドア・ルーズベルト

 ルーズベルトの時代に入り、フィリピンでの暴虐はさらに凄惨を極め、米軍はマッキンリーが手を出さなかった国々に軍艦と兵士を送り込んだ。

 ルーズベルトの最初の標的は、コロンビア領パナマ運河だった。

「1000万ドル出すからパナマの統治権を手放さないか?」

 コロンビアに拒絶されたルーズベルトは、すぐさま「グレート・ホワイト・フリート」を先陣に立てた大艦隊をパナマに派遣。独立派をけしかけ、革命をでっち上げ、パナマ共和国の独立を承認した。

 米艦隊の後ろを走ったのが、ウィリアム・ボーイングの木材運搬船だった。

「中南米の木材、金属をパナマ運河経由で建設ラッシュの米西海岸に送る」

 ボーイングはそう宣言し、「運河バブル」に沸くウオール街で株券、社債などを売り大儲けした。

 この金、海軍、大統領との癒着が「世界最大の軍用機メーカー」ボーイング社の礎だ。

 そして、日本全土への大空襲、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下、平壌への空爆という「ボーイング社の最大事業」が開始されることとなる。

(つづく)

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2018年2月 3日 (土)

安倍晋三を吹っ飛ばす最大の爆弾! 伊藤詩織さん事件とスパコン疑獄の深い闇 齊藤元章容疑者の「詐欺の原点」平成電電事件 齊藤は「被告のまま逃亡中」の投資家・秋山新の自動車レース事業を引き継いでいた!!

 まずは、齊藤容疑者と平成電電の接点から。

 平成電電の前身会社の名前は「トライネットワークインターナショナル(以下・トライネットと表記)」。HPサービス「フリーウェブ」で有名だった会社で、ライブドアの堀江貴文も買収に動いていた(結局、楽天が買収)。

 平成電電の子会社の名は「ドリームテクノロジー」(現・トライアイズ)。

 2003年10月。「秋山ホールディングス」社長の秋山新がドリームテクノロジー(以下・ドリテクと表記)取締役に就任。

 2004年5月。投資家である秋山新がドリテク株の22%超を買い占め、株主順位2位に。

 同年7月。秋山新がフォーミュラカー・レースのチーム「ディレクシブ」設立。

 同年9月。「一身上の理由」で秋山新はドリテク取締役を辞任した。

 2005年5月。秋山新は元F1ドライバー、鈴木亜久里を動かし、ホンダに「B・A・Rチーム」の買収、共同運営を提案させた。ホンダは「怪しい会社の話には乗れない」として拒否。

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 同年8月。平成電電の最大収益部門、稼ぎ頭の「マイライン事業」がドリテクに譲渡される。

 同年10月。平成電電が破たんし、民事再生を申請。

 2006年2月。元F1ドライバー、ジャン・アレジが、ディレクシブのシニアエグゼクティブディレクターに就任。秋山新はF1新規エントリーを申請するが落選した。

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ジャン・アレジ・後藤久美子夫妻

 同年5月。齊藤元章が自動車レース・マネジメント会社「EMSマネージメント」設立。

 同年8月。ディレクシブが自動車レースからの完全撤退を表明。齊藤元章の「EMSレーシング」が事業を引き継ぎ、フォーミュラニッポンの同年残りのレースを闘い、最下位に沈んだ。

 報道では、このときの損失が齊藤元章の「詐欺の原点」とされている。

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齊藤元章容疑者

 2013年11月。EMSマネージメントは「ウルトラメモリ」に社名変更。「ペジー」「エクサスケーラー」「ウルトラメモリ」など齊藤元章が設立した企業群に私たちの血税約100億円が送金された。『週刊新潮』によれば、伊藤詩織さんへの準強姦罪で逮捕寸前だった山口敬之は、ペジー社から顧問料月額200万円、住居費月額200万円、計400万円を受け取っていた。

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伊藤詩織

 平成電電事件とは何か?

 00年代初頭、新興IT企業群は激烈な買収合戦を繰り広げていた。

「フリーウェブ」を楽天に売却して巨額の資金を得たトライネットの佐藤賢治社長は、企業向け固定電話「CHOKKA」で独占企業NTTに闘いを挑んだ。

 しかし、まったく利益は出ず、巨額先行投資の穴埋めのため、「投資詐欺」に手を染めた。

2002年6月開始の「ADSLモデムオーナー」募集では、1口500万円、実質年利回り26・4%(!?)を謳って新聞に1面広告を掲載。オーナーがモデム555個を購入すれば、レンタル料1台当たり500円で「月収」27万7500円、5年の契約期間終了時には1665万円が手に入る、という「ありえない儲け話」だ。

 2003年10月開始の「平成電話パートナーシステム」は、さらにあいまいで悪質だ。1口1000万円。実質年利は不明。「パートナーは回線の割当を受け、そこから計上される粗利益を48回受け取る」「毎月60万円を下回らないように割当回線を積み上げる」という説明のみ。完全な詐欺だ。

 しかも、契約書には以下の文章が小さく記されていた。

「販売者につき破産、民事再生手続開始、会社更生手続開始、会社整理開始又は特別清算開始の申立がなされた場合には、本契約は終了するものとし、購入者は受取金その他名目のいかんを問わず、一切の金銭を販売者に請求することはできない」

 この契約条項のため、モデムのオーナーは「債権者」になることができたが、「パートナー」は、泣き寝入りするしかなかった。

 被害者数約19000人、総額約490億円の巨大詐欺事件だ。

 2007年3月。元社長の佐藤賢治ら計5名が詐欺容疑で警視庁に逮捕された。

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佐藤賢治

 大株主の秋山新は?

 長い損害賠償訴訟を記録した「平成電電出資被害者結束委員会」のHPには次のように記されている。

<被告秋山新代表~被告ではあるが、本人がいるスイスへの訴状が送達できない>(2013年7月3日の公判記録)

 こいつだけ海外へ高跳びしたのだ!

 秋山新だけが事件から逃げおおせている!

 この事実だけでも「主犯は誰?」という疑問に対する明快な回答だが、「お金の流れ」をみれば、さらにはっきりする。

 2005年1月。平成電電の売上約440億円の内訳はこうなっていた。

 看板事業の「CHOKKA」など直収電話事業、約9億円。

 インターネット接続「マイライン」事業、約246億円。

 破たんが明らかになる同年7月に平成電電は100%子会社「平成電電コミュニケーションズ」なるものをでっち上げ、「マイライン事業」を新会社に移した。

 さらに、わずか1ヵ月後の8月。平成電電コミュ―ケーションズの全株が、秋山新が大株主のドリテクに譲渡された!

 民事再生計画から「稼ぎ頭」「ドル箱」事業が外された。

 19000人から騙し取った金を懐に秋山新はスイスに逃げたのだ。

 フォーミュラカーをめぐるもうひとつのお金の流れ。

 2004年7月。秋山新が「ディレクシブ」設立。

 同年9月。秋山新がドリテク取締役を辞任。

 この時点で、秋山新は「自分が矢面に立たないよう」平成電電「計画倒産」の絵を描いていたのだ。

 ヨットレースなどが資金洗浄に使われるのはよくあること。

 2005年5月。秋山新は元F1ドライバー、鈴木亜久里を動かし、ホンダに「B・A・Rチーム」の買収、共同運営を提案させた。ホンダは「怪しい会社の話には乗れない」として拒否。

 英国のF1チーム「B・A・R」は、1999年の設立時にスポンサーのブリティッシュ・アメリカン・タバコが5年約360億円を投じた「金満チーム」としても有名だ。秋山新もこれに匹敵する額を提示したに違いない。

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今なら放送禁止の2種タバコ・ツートンカラーのB・A・Rマシン

「秋山ホールディングス」の住所は英国領ヴァージン諸島の私書箱だった。「1円の税金も払いたくない」秋山が「絶対に儲からない」自動車レースに手を出したのは「マネー・ロンダリングのためだ」と考えるのが自然だ。

 詐欺被害者が「1000万円返して」と悲鳴を上げたときには、詐取された数百億円は鈴木亜久里率いるF1チームに化けている。そこには「世界のHONDA」のロゴが張り付けられ、日本人が大好きな本田宗一郎の物語も仕込まれている、という手品だ。

 ホンダから拒絶された秋山新は、すぐさま、ジャン・アレジを動かし、マクラーレンBチーム設立を画策。登場したのは、アイルトン・セナの栄光と悲劇がしみ込んだ名門マクラーレン、アレジ・後藤久美子夫妻、ドライバーはルイス・ハミルトンという華麗すぎるキャストだった。詐取した金の洗浄には「被害者が手を出せない金ぴかのブランド」がどうしても必要だったということだろう。

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アイルトン・セナ

 結局、秋山新は「F1資金洗浄」計画に失敗して、スイスに高跳びする。

 残された謎。

 なぜ、齊藤元章容疑者は、「被告のまま逃走中」の秋山新の「詐取金洗浄チーム」を引き継いだのか?

(つづく)

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