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2017年2月19日 (日)

東芝巨額損失事件の闇 ウェスチングハウス買収は、ディック・チェイニーが仕掛けた罠だった 息子ブッシュ政権のエネルギー計画に「東芝」の文字はなかった 世界の投資家を爆笑させた「買収金額54億ドル」は「仲間はずれ」東芝のあせり以外の何ものでもない

 日本ではまったく報道されないが……。

<ゴールドマンが東芝の半導体事業売却で助言-2月上旬に1次入札>(ブルームバーグ 2017年1月25日)

<米ゴールドマン・サックスが東芝の半導体事業の分社化に伴う一部株式の売却について助言していることが、複数の関係者への取材で明らかになった。東芝は米原子力発電事業で発生する損失を穴埋めするため事業や資産の売却を進める。>

「日本を代表するメーカー」東芝の命運は米国人にゆだねられている。

 2月14日の記者会見で、綱川社長は「ベクテル」という企業名をポロリと漏らしている。

 ストーン&ウェブスターは、まったく仕事せず、損失のみを積み上げた。

 新たに契約したフルアー社が出した見積もりは、想像を絶する巨費だった。

 だから、ベクテル社と新たに契約する?

 世界一でっかくて世界一謎に満ちた会社、ベクテルに助けを求めちゃダメだろう!?

 東芝は、米国人に何度騙されたら、目が覚めるのか?

 

 そもそも、東芝はなぜ、資産価値19億ドル程度のウェスチングハウス社(WH)を54億ドルで買ったのか?

 ゲームのホイッスルを鳴らしたのは、ブッシュ政権のディック・チェイニー副大統領だった。

 息子ブッシュがインチキの選挙で大統領になると、すぐさま「新エネルギー計画」を発表した。

 書いたのはチェイニーである。

「イの一番」に取り上げられたのが、原発の推進だった。

80年代から今まで、米国格付け会社は「原発は投資不適格」という見解を変えていない。米国では1978年を最後に原発の新規発注は途絶えたままだ。

 どうやって原発を造るのか?

「原発建設に投資した者に福音」

「その原発が動かなかった場合、投資金の8割を米国民の血税からお支払いいたします」

 大盤振る舞い……てゆーか完全な詐欺だが……この条件でも手を上げる銀行、投資家はいなかった。皆無。

 この事実こそ「原子力の死」を何よりも強く証明している。

 大金ばら撒きはそれだけではない。

「原発新設には規制当局の厳しい審査がありますが、審査による建設遅延コストは米国民の血税からお支払いいたします」

 原子力規制委員に支払われている給料も米国民の血税なのだから、こんなむちゃくちゃな話はない。

「原子力ルネサンス」という名の巨大な詐欺が始まった。

 

 このとき、東芝はどうしていたのか?

 血税に群がった企業集団はふたつあった。

 ひとつは全米最大の原発所有企業「エクセロン」が中核の「NuStartエナジー」。直訳すれば「原子力を始めるぞ」連合だ。

 エクセロン。コンステレーション・エナジー。エンタジー。サザン・カンパニー。EDF。デューク・エナジー。TVA。ウェスチングハウス。ゼネラル・エレクトリック。

 極悪企業大集合の観だが……問題は米国エネルギー省が認定した「炉型」

である。

<ESBWR、AP1000のいずれか>

 AP1000はWHの新型原子炉。ESBWRは東芝の最大のライバルである日立製作所が設計した原子炉なのだ。

 その日立はもうひとつの企業集団に名を連ねていた。

 ドミニオン・リソーシズ。日立アメリカ。ベクテル。カナダ原子力公社の子会社AECLテクノロジー。

<(炉型)ACR―700>

 日立はESBWRの採用に成功し、さらにカナダとも手を組んでいた。

 東芝は?

 チェイニーの計画に東芝の名はどこにもない。東芝の新型原子炉「ABWR」も無視されている。完全なハブ。

 1990年代から、「選択と集中」は東芝社長の金科玉条だった。原子力部門は「選択」から外れることがなかった。

東芝はディック・チェイニーにハメられた。

「金はいくら出してもいい。なんとしてもWHと加圧水型原子炉の技術を手に入れろ」

 西田厚聡、佐々木則夫の「自社から訴えられた元社長」コンビを追い詰めたのは、チェイニーが書いたエネルギー計画だった。

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2017年2月12日 (日)

東芝巨額損失事件の闇 東芝の源流、礎である東京電気は米国企業だった! 1905年、GEが東京電気株の51%を取得 これこそが、TPPにつながる「特許権」「知的財産権」を武器にした米国の攻撃第一号だった

<1905年にGEは東京電気と特許ライセンス協定を締結するとともに資本参加した。協定締結時におけるGEの持ち株比率は51・0%であり、東京電気はGEが過半数を所有する電球の製造子会社であった。>

西村成弘・関西大学教授「国際特許管理契約と日米開戦」

 

 この記述、特に「1905年」という年代にはのけぞった。

 東芝の源流、礎である東京電気は、20世紀初頭、今から112年も前に、米GEに乗っ取られていた。東京電気は米国企業だったのだ。

 さらに、もうひとつの東芝の源流、芝浦製作所は……。

<芝浦製作所に対しては1909年に同様に特許ライセンス協定締結するとともに資本参加し、当初の持ち株比率は24・8%であった。>

 1905年。日露戦争はまだ続いていた。夏目漱石は処女作『吾輩は猫である』の連載を雑誌『ホトホギス』で開始した。

 当然、日本企業の株を持つ米国企業など「皆無だ」と言っていい時代。のちに合併し「日本を代表するメーカー」東芝となる2社の株は米GEに買い占められた。経営権は米国白人の手に渡っていた。

 

 これは、TPPにまでつながる米国の日本への攻撃第一号だった。「特許権」「知的財産権」を武器にした史上初の「日本占領」計画だ。

 GEの創業者、トーマス・エジソンが持つ特許は2332件にも及ぶ。GEは現在も世界最大の特許数を誇る企業だ。

<1869年、エジソンが22歳の時に特許を取得した株式相場表示機は業界から大いに歓迎され、その特許権を譲ってもらいたいという申し出があった。最初、エジソン自身は5000ドルほどで特許権を売るつもりであったが、実際には4万ドル(現在の日本円だと約2億円相当)で買い取られ、エジソンは当初の予想より8倍も高い金額を提示されて、心臓が止まるかと思うほど驚いたという。>(ウィキペディア)

 しかし、常に盗作疑惑とともにあり、「真の発明者」との争いが絶えなかった「発明王」エジソンのもうひとつの異名は「訴訟王」だった。

 一方、当時の日本には、特許という概念がそもそもなかった。

 維新、開国、文明開化の時代に欧米の特許制度が初めて紹介され、1871年(明治4年)に我が国初の特許法「専売略規則」が公布されたが……。

<当時の国民は特許制度を理解し利用するに至らず、当局においても運用上の問題が生じたため、翌年その施行は止されました。>(特許庁HP)

「特許最後進国」日本への米国の攻撃は、エジソンの最大の発明品であり最大の盗作疑惑でもあった白熱電球をめぐって開始された。

 1890年。「白熱舎」(のちの東京電気→東芝)が電球の製造を開始し、瞬く間に日本市場を独占した。

 GE誕生と同時にエジソンは経営から身を引いたが、「特許権」でのし上がってきたGEが東京電気の大儲けを座視しているわけがない。

「白熱電球の特許はGEにある。GEとのライセンス契約なしに日本人が勝手に電球を製造・販売することは許されない」

 1903年。GEが日本に販売事務所を設置。わずか2年後にGEは東京電気株の過半数を手に入れていた。

 これは、GEが大金をかけて行った「敵対的買収」なのか?

 それとも「強奪」なのか?

 

 ここからは「発明」ではなく、「発見」のお話。

 特許庁の審判官で歴史研究家でもある富田徹男は、第一次大戦後の特許資料を見ていて、その異常性に気がついた。

<氏は、発明者を外国人とし権利者を日本企業とする「発明者外国人」の特許が電気分野を中心に3842件存在していたことを発見し、戦間期日本における外国企業の特許活動の特異性に注意を喚起している。>

 3842件のうち3030件、なんと78・9%がGEと東芝(東京電気、芝浦工作所、東京芝浦電気)が持ち込んだ特許だった。

 この事実こそ、「戦争のウソ」を証明するものだ。

 電球の特許はGEが持っているが、世界各国の企業が勝手に「コピー電球」を製造し、売りまくるようになる。

 GE社製電球が「明るく壊れにくく安い」ものならば、GEが現地に工場を作り、粗悪なコピー電球を駆逐すればいいのだが、GEはそんなことはしない。

 その国で最も儲かっている電球会社の株を買う。次の脅し文句とともに。

「お前らが売っている電球は違法な商品だ。裁判をやったら負けるよ。ライセンス協定を結べ」

 それでも抵抗するなら、さらに株を買い増して取締役を送り込む。

 それでも取締役会がもめるなら、株の過半数を買って社長を送り込む。東京電気のケースがこれ。GEから送り込まれた社長がGEとライセンス協定を結ぶと、すぐさま東京電機株を売って現金を取り戻している。

 GEに慣れぬ異国で経営をやるつもりはさらさらなく、目的は現地からGEへの「不労所得送金システム」を構築することにあるのだから。

 ライセンス協定を締結すると、GEは「特許の移転登録」なるものを行う。

 エジソンの特許を極東の島国の会社に「移転」する。なぜ?

東京電気「そんなに御社の特許が大切なら、GEは自分で日本の当局に特許を申請すればいい。なんで、そんなややこしい手続きを踏むんですか?」

GE「いやあ……わかるでしょ? 米国と日本は今、戦争に突入しようとしている。わかるでしょ?」

東京電気「……いや、よくわかりませんが」

GE「戦争になったら、あなたの国、日本は、敵国である米国の企業であるGEの資産を没収するでしょ?」

 エジソンの特許の移転により、GEの資産であったエジソンの特許は、日本の企業、東京電気の資産となる。日本政府は、日本の企業の資産を没収できない。

 結果、現出したのは、アダム・スミスもカール・マルクスも描写していない、なんともシュールで残酷な経済的現実だ。

 1942年6月。ミッドウェー海戦で、GE社製のタービンや電気系統と搭載した米艦船が、東京芝浦電気社製のタービンや電気系統を搭載した日本海軍艦船を完膚なきまでに叩き潰した。日本海軍は4隻の空母を一挙に失った。

 多くの日本人が「水浮く屍」となった。

 それでも、東京芝浦電気は、日本軍から得た利益の4%を米GEに送金していた。

 この狂気の送金システムを維持すために、GEはピアース副社長らを東京芝浦電気に派遣していたが、真珠湾攻撃の直前に米国白人は東京芝浦電気の重役室から消えた。帰国したのだ。

 それでも、東京芝浦電気は、日本軍から得た利益の4%を米GEに送金していた。

 空母4隻を失った日本海軍は、新たな艦船を建造するために、東京芝浦電気にタービンや電気系統を発注し、送金した。

 日本人が「水浮く屍」となっている現実のなか、それでも、東京芝浦電気は日本海軍から得た利益の4%を米GEに送金していた。

 グローバリズムとは何か?

 日本人労働者にとって、これは賃下げ、現在で例えるなら「時給1000円が960円になった」ということだ。外国企業GEが日本人労働者の上前をはねた。

 GEは高笑いをしていた。

「GE社製の兵器が日本人を殺せば殺すほど儲かる」

「平時でも日本人の賃金は安かったのに、日本軍を叩き、殺しまくれば、動員された日本人の女子高生がタダで東京芝浦電気の兵器を作ってくれる。その利益の4%と株の配当は、GEに送金される」

 これが、アメリカ。

 レディー・ガガが語った建国の精神など信じてはいけない。

 戦前から、東京電気、東京芝浦電気は、愛国者から批判を浴び続けた。

「このご時世に、取締役に米国人がいる会社とは、いったい、なんなのか!?」

 東京芝浦電気は、焼き討ちをされることもなく生き延び、戦後、「日本を代表するメーカー」となった。

 これが、企業、法人という名の「エイリアン」に占領された我が惑星。

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2017年2月11日 (土)

東芝巨額損失事件の闇 真珠湾攻撃の直前、ピアース副社長らGEから派遣された米国人幹部が東京芝浦電気の重役室から消えた! 戦前、戦中から現在まで、東芝は「米国への送金機関」であり続けている

<東京芝浦電気の取締役構成をみると、合併時点で取締役副社長としてピアースが、取締役としてブルスマンがGEから派遣され、経営に直接的に関与していた。1940年7月になるとブルスマンが帰国して9月22日付で取締役を退任し、代わってアメリカからC・C・グリンネル><が派遣され取締役となった。しかし、次第に日米間の緊張関係が強まってきたので、副社長のピアースと取締役グリンネルは真珠湾攻撃の直前に帰国し、1942年6月16日付でそれぞれの役職を退任した。>

西村成弘・関西大学教授「国際特許管理と日米開戦」(『関西大学商学論集』2010年2月)

 

 東芝140年の社史は「戦争のウソ」の暴露本でもある。

 1939年7月1日。東京電気と芝浦製作所が合併し、超巨大企業、東京芝浦電気が誕生した。

 資本金8700万円。現在の貨幣価値に換算すると300億円を軽く超える。

 従業員2万4千人。

 巷に軍靴の響きが充満し、暗黒時代が幕を開けようとしていた。

 同じ日、日本軍がノモンハンへの攻撃を開始した。

 同年6月。日本国民の男子の長髪と女子のパーマネントを禁止する「生活刷新案」が閣議決定された。

 同年8月。アルバート・アインシュタインは、原爆開発を促す手紙をルーズベルト大統領に送付した。

 これを契機に始まったマンハッタン計画には、ウェスチングハウス、ストーン&ウェブスター、ゼネラル・エレクトリック(GE)が参加した。

 

 当然のごとく、東京芝浦電気は戦争で大儲けをした。

 同社の売上高。

 合併時 5500万円→終戦直前 億6800万円 6・7倍!

 従業員数。

 合併時 24000人→終戦直前 83000人

 工場数。

 合併時 9工場→終戦直前 115工場

 問題は、その札束がどこに送られたのか、だ。

 合併時、東京電気の株の33・5%を米GEが握っていた。

 芝浦工作所の株の21・5%を米GEが握っていた。

「東芝は三井系企業」という常識がまず、大ウソなのだ。

『東芝85年史』には、はっきりとこう書いてある。

<取締役に外人がいて、ぐあいがわるい。それで軍需品を作るための別会社をこさえることになった。>

<GE社から派遣された外人重役が在勤していた関係もあって、純軍需はなるべく子会社を設立し>

 戦争の真の姿、からくりはここにある。

 1942年の初め、東京芝浦電気は「配当金」134万4806円85銭をGEに送金した。

 同じ時期、「配当金」とは別の「技術報償費」51万2671円5銭をGEに送金した。

 現在の貨幣価値で7億円相当の札束が、米GEに差し出されているのだ。

 しかも、この大金はGE社員が指一本動かさずに得た不労所得である(この「日本人労働者の上前をはねる悪魔のシステム」については後述する)。

 同年6月。ミッドウェー海戦で日本海軍は空母4隻を一挙に失う決定的な敗北を喫した。

 GEは、日本に落とす原爆を開発していた。

 同年、米国防総省(ペンタゴン)は、ジェット戦闘機開発計画をGEに託している。

 企業、法人という名の「エイリアン」に乗っ取られたこの惑星に、戦争の敵も味方も正義も悪もありゃしない。

 GEは、味方と敵の両方に小銭を張り、両方を抑え、札束をかっさらい、世界最大の複合企業への道を歩み始める。

 忘れてはならない。

 2011年3月に爆発したのは、東電福島第一原発「GE製」1号機とGEに莫大な技術料を支払って造った「東芝製」3号機だ。

「日本を代表するメーカー」東芝は、いったい、どこの国の会社なのか?

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2017年2月 6日 (月)

東芝巨額損失の闇 「東芝経営陣は米原発の大損を知らなかった」という世紀のデタラメ報道 2014年まで東芝は米国民の血税、数千億円を「盗める」と踏んでいた トランプ大統領が密約のテーブルをひっくり返した

 同じ時期に公表された、ふたつの対照的な文書がある。

 ひとつは東芝製ボーグル原発を建設しているサザン・カンパニーのニュース・リリース。

<米エネルギー省はボーグルの原子力プロジェクトへの債務保証を確定する>

 その額、約34億6000万ドル。当時のレートで約3534億6000万円。

 2014年2月20日。サザンのトーマス・ファニング社長は、米エネルギー省のアーネスト・モニツ長官とともに記者会見を行った。

<「私たちは、民間部門の複数のチームを含む大きなチームの一員。大規模なプロジェクトが成功するのに必要な政府の一員であると考えています」>

<「このエネルギーインフラ構築は、ジョージアだけでなく、米国だけでなく、世界のために行われています」>(モニツ長官)

 サザン・カンパニーと米政府は一体であり、東芝製ボーグル原発3・4号機建設は「国家が責任を持つ」「米国民の血税を投入してもいい」ということだ。

 これを受け、サザン・カンパニーは、投資家を欺くとんでもないウソをつく。

<お客様にとって2億2500万〜2億5000万ドルのベネフィットとなります。>

 工事が遅れに遅れ、コスト超過分の負担をめぐり、東芝と泥沼の裁判を続けていたサザンが「お客さん、原発建設で得しますよ」と宣伝しているのだ。

 もうひとつの文書は、サザンの記者会見の前日に公表された。ワシントンDCのNGO「タックスペイヤー・フォー・コモンセンス」の報告書である。

<情報自由法によって得られた文書によれば、ボーグル原発の債務保証のための適切な融資補助金をめぐる米エネルギー省とプロジェクトパートナーズとの交渉は難航している。>

 どっちやねん!?

 少なくとも言えるのは、「サザンが血税泥棒の約束を取りつけるまで、むちゃくちゃ時間がかかった」ということだ。

 2010年2月。米エネルギー省が83億3000万ドルの政府債務保証を発表。

 2010年4月。サザンが交渉の30日延長を要請。

 2010年6月。サザンが米エネルギー省の提案を受け入れる。

 しかし、2012年春に決定的な事件が起きる。

 

 米国原子力規制委員会(NRC)がジョージア州のボーグル原発建設を認可したのは2012年2月。

<米国で34年ぶりに原発建設へ、東芝子会社の原子炉採用>(ロイター 2012年2月10日)

 東電福島第一原発事故で意気消沈していた「原子力ムラ」は狂喜乱舞した。

 そのわずか1ヵ月後……。

 2012年3月末。ウェスチングハウスに激震が走った。

 4月1日付で社長に就任するはずだったジム・ファーランド米州地域総責任者が辞表を叩きつけたのだ。社長就任の数日前に、突如、逃げ出した。

 4月4日。ファーランドは、東芝のライバル企業、バブコック&ウイルコックス(B&W)のCEOに就任した(B&Wはスリーマイル島原発2号機を建設した会社で東芝とは「メルトダウン仲間」でもある)。

 ファーランドの逃走劇は「ウェスチングハウスは終わっている」ことを全世界に示した。

 原発黎明期、B&Wは米国を代表する原子力企業だった。しかし、2001年から始まる「原子力ルネサンス」の物語にB&Wの名前はほとんど登場しない。

「B&Wによる原発新設計画もあるはずだ」

 私は資料を探したが、一件も見つからない。

 公式なコメントこそないが、B&Wも「脱原発」へと大きく舵を切っていたのだ。

 社長就任のドタキャン劇は、経営トップによる内部告発、警告ととることもできるだろう。

「ウェスチングハウスよ。もうウソをつくのはやめろ」

 大混乱のさなか、「暫定的に」ウェスチングハウス社長に就任したのが志賀重範東芝常務(当時 現東芝会長)だった。

 そのわずか2ヵ月後……。「ボーグル原発の運転開始が遅れる」(原発を所有するサザン・カンパニーの四半期報告書)

 ウェスチングハウスは、最初の基礎工事ができなかった!

 原発建設はベースマットという巨大な円形の鉄骨を岩盤の上に敷くことから始められるが、ウェスチングハウスはインチキをしていた。

「ベースマットが許認可用件に適合していない」

 工事を止めた米国原子力規制委員会(NRC)には、「じゃあ、なんで認可したの?」と言いたくなるが……。

 いきなりの工事遅延である。工事遅延=コスト超過。

 そのわずか1ヵ月後……。

「建設費用の当社負担が、2012年6月時点で2011年末から8000万ドル増え、約45億ドルになる」(サザン・カンパニーの四半期報告書)

 工事認可から半年もたたないうちに約98億4000万円の請求書をサザン・カンパニーに送ったのも志賀重範その人だった。

「東芝経営陣は米原発建設の大損失を知らなかった」

 こんな報道を続ける日本のジャーナリスト、評論家は全員、頭がおかしい。

<田中P(久雄・東芝社長)への3Q決算ストーリー説明に関連して、WH(ウェスチングハウス)のコストオーバーラン、減損について下記日程で報告予定です。>(『日経ビジネス』が暴露した東芝財務部門幹部のメール 2013年12月)

 このメールを読んでいないの?

 2014年4月。東芝は全社員にかん口令を敷いた。

<社内であっても関係者以外に情報を不用意に伝えず、間違っても社外(会食事、タクシー内など)で本件の会話をすることのないよう、徹底をお願いします。>(東芝原発部門幹部のメール 2014年4月)

 東芝の経営陣は、米原発建設の知らなかった?

 じゃあ、かん口令はなんのため?

 多くの東芝社員が知っていたから、幹部は「恥ずかしいかん口令メール」を出すしかなった。

 

 話を2012年に戻そう。

 ウェスチングハウスの基礎工事の失敗、工事遅延、コスト超過を知り、サザン・カンパニー幹部は激怒した。

 ここから「原子力の世界でしか起こりえない」シュールで倒錯した世界が現出する。

 訴訟が起こされた。普通に考えれば、激怒したサザンが東芝、ウェスチングハウス、建設会社ストーン&ウェブスターを訴える。

 ところが……。

「サザンよ、米原子力規制委員会による設計変更費用9億ドルを支払え」

 訴訟を起こしたのは、ウェスチングハウスとストーン&ウェブスターだった!!

 逆ギレにもほどがある!!

 米政府の債務保証?

「イエス・ウィ・キャン」のバラク・オバマも、こんなバカ野郎どもの尻ぬぐいはしたくなかったはずだ。

 政府債務保証の交渉はさらに延長された。

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 2012年に運転開始するはずだったボーグル原発3号機

 原子炉が搬入されたのは2016年11月

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