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2016年8月10日 (水)

「組合員だけ」監視「東電第三者委員会報告書」の闇 死者7名 「3・14」米兵・自衛官同時大量被ばく事件

<第三者委員会よりヒアリングという特殊事情もございましたので。一般職の、あの、ま、いわゆる組合員の社員ですけれども。ええ「質問に答える際に、落ち着いて答えられるように」ということで。こちらから、当社側から、現在の当時の上司ではなくて、今いる所属の上司に「同席してもよろしいでしょうか。」ということで第三者にお願いをした>(東電広報)

 なぜ、労働組合員だけを監視?

 なぜ、弁護士と組合員の一対一の面談を禁止?

「しゃべってもらっちゃ困る」事柄が山ほどあるからだ。

 2016年6月16日に公表された文書。「福島第一原子力発電所事故に係る通報・報告に関する第三者検証委員会」による「検証結果報告書」なるものが出てきた経緯をおさらいしよう。

 東電福島第一原発事故直後から、東電原発がある新潟県は東電に要求していた。

「事故の状況を説明せよ」

 要するに「本当のことを言え」ということだ。

 その後、「新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」(以下「技術委員会」)が以下の点についての説明を東電に求めた。

「もっと早く炉心溶融の判断ができたのではないか?」

 東電は5年近くこう言い続けた。

「炉心溶融の定義がないので判断できなかった」

 2016年2月24日になって、東電は突然、こう言い出した。

「判断基準を定めたマニュアルが出てきた」

 どこから?

「原災マニュアルを所管する部署の社員執務室のラックから発見された」

 社員名、肩書きはおろか、どの部署なのか、すら不明。東電は隠している。

 さらに謎なのは、そのとき東電で動いていた「社内探偵」の存在だ。

 報告書にはこうある。

<平成28年1月頃、東電において、福島第一原発の事故対応に関して法令に違反している事実の有無を調査することとなった。>

 事故から4年10ヶ月が過ぎ、東電が自ら「法令に違反した」犯人を探し始めた?

「法令違反」が疑われる事件とは何か?

 その質問に岡村祐一・立地本部長代理は、絶句した後、

「確認してお調べします」(東電会見 7月4日)

 社内探偵は具体的に何を調べていたのか?

<その調査を命じられた社員が、本件事故当時の本店の緊急時対策本部の職務代行者の順位について調査>

 事故当時、東電本店にいた男。そのうち、「法令違反」をした最高責任者は誰か?

 なんのための調査だったのか?

 

 2月24日。東電が「原災マニュアルを発見」と公表。

 5日後の2月29日。東電の勝俣恒久元会長、武藤栄元副社長、武黒一郎元副社長が強制起訴された。罪状は業務上過失致死。

「44人を死なせ、13人にけがを負わせた」

 起訴間近。東電社内探偵は「元幹部を救うために動いた」と考えるのが自然だが……。

 東電が抱える裁判はこれだけじゃない。

 2016年5月に米国サンディエゴを訪れた小泉純一郎元首相はこう語っている。

<(日本の災害の)救援活動に全力を尽くしてくれた米国の兵士たちが重い病に苦しんでいる。見過ごすことはできない。>(朝日新聞デジタル 2016年5月18日)

 2011年3月13日。韓国に向かっていた米空母「ドナルド・レーガン」が大きく舵を切った。「トモダチ作戦」開始。目指すは宮城県沖。15時。東電福島第一原発から約180キロ離れた場所に到着した。

Photo

 2011年3月14日06時24分の3号機の状況。

「急激だな。これほんと、要注意なんだよ。6時からさ、6時から6時半……20分の間に50、50、50キロ(圧力が)上がってるでしょ。20分で50キロだろ? 10分で25キロだろ? こんなもんあれだよ。7時前までにさぁ、設計圧力超えちゃうよ。ほんで、あれじゃん、あれがダウンスケールしちゃったじゃん、水位が。うぇ! 小森さん!」(吉田昌郎所長 東電テレビ会議)

「ダウンスケール」=原子炉の水位が下がりすぎて測定できないこと。燃料が完全に空焚き状態に。

「この状況で、もうあのちょっと、何もできなくなっちゃうんですけど、現場の作業員、うちの社員、一回こちらに退避させてよろしいですか?」(吉田昌郎所長)

「了解しました」(武藤栄副社長)

 2011年3月14日午前6時23分頃。吉田所長が3号機ドライベントの準備に取りかかったまさにそのとき。原子力安全・保安院が突如としてこう言い出した。

「プレス発表を止めている」

 東電からの情報がまったく外に出なくなった。情報統制。

 日本のメディアが死んだだけではなかった。犯罪的なのは、東電が、自衛隊、米軍に情報をまったく渡さなかったことだ。

 作業員、東電の社員は現場から逃げた。しかし……。

<……第1原発は危機的状況に陥っていった。とにかく水を入れて冷やさなければ。白羽の矢が立ったのが、陸上自衛隊の中でも核・放射線兵器や生物・化学兵器に精通した専門家集団「中央特殊武器防護隊(中特防)」だった。現地対策本部から14日午前7時半ごろ、中特防隊長の岩熊真司1左に要請が来た。「第1原発3号機の給水ポンプに給水をしてほしい。自衛隊さんしかやってくれる機関がないので、ぜひ」>(瀧野隆浩『ドキュメント 自衛隊と東日本大震災』ポプラ社)

 自衛隊の給水車を現場に誘導した東電社員もまた、逃げた。

<ホースを給水ポンプにきちんとつないでしまえば、作業はわずか5分で済む予定だった。

 東電の担当者に案内してもらい、2号機と3号機の間を抜けて海岸線へ。>

<携行している放射線量計の数値がどんどん上昇する。ああ、これが放射線漏えい下での作業なのか。給水ポンプの位置はすぐに分かった。担当者はそのままどこかへいなくなった。あまり長居をするところではないことは誰にでも分かっていた。>

<「作業始めるぞ」と言うために車を降りようとした瞬間だった。

 ぼ――ん。耳を劈く大きな爆発音がした。>

 午前11時1分。3号機爆発。

<水素爆発だ。自分たちがいるわずか20メートル先で起きた。瓦礫の落下が収まったと判断するとすぐ、岩熊はドアを蹴って、蹴破って、ようやく指揮車から抜け出る。運転席の隊員は首にけがをしている。後続は、水タンク車は?――横倒しになっている。鉄製のタンクがぼこぼこだ。部下は、あと4人は――いた! 着ていたタイベックスがぼろぼろに裂けている。足や肩を押さえているのは、落下物による負傷なのだろう。が、全員、よろよろと自分の足で歩けている。致命傷ではない。>

 自衛隊員6名が被爆した。

「今、風はですね、南西方向です」「西南西7m」>(東電テレビ会議 11時10分)

 風は海に向かって吹いていた。

<その日、甲板乗務員らの上に、突然、雪が降りしきった。「金属の味がする雪」だった。雪は、生暖かい風が来てから降り出した。>

<そのとき、乗員たちは、汚染された雪とも知らず、「放射能の雪、だったりして」とジョークを言い、ビデオに撮った。>(ニューヨーク・ポスト 2013年12月22日)

 空母「ロナルド・レーガン」は、その日のうちに「一時退避」した。

<当初8人だった原告は今では400人を超えるという。その一方ですでに7人が亡くなっている。7人目は私が会見をしている場に訃報として飛び込んできた。>(小泉純一郎『東洋経済オンライン』2016年8月3日)

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