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2014年10月28日 (火)

「大量の米国債を売却しようとする誘惑にかられたことは幾度かある」橋本龍太郎http://www.mag2.com/m/0001577514.html

 冷戦崩壊以降、アメリカの戦争はなんとも単純な動機によって行われてきた。

 モノの売り買いにドルをつかわないやつは殺す。

 それだけ。それ以上でも以下でもない。

 2000年。サダム・フセイン。

「石油は売る。しかし、ドルは受け取らない。石油貿易決済はユーロで行う」

 イラク戦争による民間人の死者は60万人ともいわれている。

「9・11」直後。ウェズリー・クラーク元NATO軍最高司令官は再会した元スタッフとこんな会話を交わした。

スタッフ「イラクと戦争することにしました」

クラーク「なぜ?」

スタッフ「理由はわかりません」

クラーク「サダム・フセインとアルカイダを結びつける情報をつかんでいるのか?」

スタッフ「ノーノー。新しい情報はありません。ただ、イラクと戦争をすると決めたのです」

 2011年。リビアのカダフィ大佐。

「アフリカとアラブの統一通貨『ディナ』を作る」

 これもまた、石油代金としてのドルの拒否。

 リビア空爆による戦死者は4700人といわれている。

 アメリカの「対ドル防衛戦争」による日本人の死者をカウントする人は誰もいない。

 1997年。橋本龍太郎。

「大量の米国債を売却しようとする誘惑にかられたことは幾度かある」

 橋本は1億円の献金問題で政治生命を断たれ、2006年に急死した。享年68。

 2001年。橋本龍太郎。

「私は平成9年から10年にかけて緊縮財政をやり、国民に迷惑をかけた。私の友人も自殺した。本当に国民に申し訳なかった。これを深くおわびしたい」

 2009年。中川昭一財務大臣。

「日本の外貨準備金1000億ドルを拠出して財政破たん寸前の国々を救済する」リーマンショックから世界を救うために中川は「米国債を売る」と宣言。「酩酊会見」で政治生命を断たれ、急性心筋梗塞で急死した。享年56。

 毎年3万人以上が自殺するこの国。バブル崩壊以降、「金のために死んだ日本人」をカウントする人は誰もいない。

 
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