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2014年9月11日 (木)

「(ヘイトデモは)本当にばかげたことだ。私はブラジルで過ごした経験があるため、誰よりも差別が嫌いだ」アントニオ猪木

『北朝鮮版 力道山物語』(キム・テグォン 柏書房)を読んでください。

 
<プロレス者=「多数」には組みしない男たち>
 
 解説を書きました。
 
<白人の大男を空手でバッタバッタと倒す小さな日本人――。日本のプロレスはそんな「ありえないこと」から始まった。それは「世間のネガ」であり、リングとブラウン管の中だけに生じた絵空事だった。しかし、絵空事は、日本人の「復興期の精神」の鋳型となった。
 
 以降、「世間のネガ」としてしか存在を許されないこのジャンルを支えてきたのは、「多数」には組みしない男たちだった。>
 
<アントニオ猪木は、思春期をブラジルのコーヒー園で過ごした。
 
 国会議員となった猪木は、「少数の中に入って考えたかった」と言い放ち、カストロから「友情猪木島」をもらい、たった一人、空爆下のバグダッドに「戦争を止めに」行った。
 
 修行時代、最も力道山を憎んだといわれている男、アントニオ猪木は、こう言って北朝鮮にも出張っていった。
 
「力道山の空手チョップがなんであんなに迫力があったのか。おそらく、あの一発一発に我々の想像を超えた心の叫びが込められていたのではないか。それを俺は知りたいんです」
 
 1995年4月、平壌で行われた「平和の祭典」は、スーパーボールを遥かに超える世界最大のスポーツイベント(38万人動員!)となった。平壌で最大の喝采を浴びたブル中野は、黒柳徹子など足元にも及ばない「平和と女性解放の特使」だったと私は思う。>
 
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