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2014年9月14日 (日)

「吉田調書」「福島第二の増田尚宏所長こそが本当のヒーローだ」チャールズ・ガストー米国原子力規制委員会対日支援部長

 事故直後から自衛隊と協業し破局に立ち向かった2Fの増田尚宏所長。

 
「東電テレビ会議」でも「資材、人員を送れ」以外、無駄な言葉はまったく吐いていません。
 
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 一方、自衛隊員の志願にも煮え切らない態度を示した1F吉田昌郎所長。
 
「東電テレビ会議」をみると本店、政治家とおしゃべりしすぎです。
 
Photo_3
 
 増田所長と3年先輩の吉田所長は「3・11」の前日も酒を酌み交わしたそうです。
 
Photo_4
 
 二人の違いはどこにあったのでしょうか?
 
 この本の著者、瀧野隆浩さんはこう書いています。
 
<原発事故について、自衛隊はあまり主体的な任務を与えられていない。むしろ遠ざけられていたと言っていい。それは原発の「安全神話」にかかわる問題だった。自衛隊という危機対応組織が対処計画に組み込まれていると、「危険」を前提にしたものと見なされる。「多重防護が利いているから絶対安全」とされてきた原発において、自衛隊は近くにいてはならない存在だった。>
 
「原子力ムラ」の体質にどっぷり浸かり、「原子力絶対安全神話」の信者となったのが吉田昌郎所長だったのではないでしょうか?
 
「そんなでかい津波が本当に来るの?」
 
「来る可能性があっても、お金の問題が優先」
 
「津波対策はお上が考えること」
 
 事故後も吉田所長がそんな認識だったことは前のブログに書きました。
 
 一方、増田所長は、けっして「社畜」にはならず、「原子力ムラ」を客観的に見る目を持っていたのではないでしょうか?
 
(つづく)
 
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