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2014年7月23日 (水)

プロパガンダの100年「ルシタニア号」と「マレーシア航空17便」②チャーチルの謀略

(ウィンストン・チャーチル海軍大臣の謀略)

 1915年春。イギリスら連合軍はドイツ帝国ら枢軸国に攻め込まれ敗北寸前だった。
 
 イギリスはUボートに取り囲まれていた。
 
 両国は客船についての「紳士協定」を結んでいた。
 
 封鎖海域に非武装商船が入ってきた場合、一時停戦し、船内を捜索し、違反があった場合でも、非戦闘員が救命ボートに乗ってから沈没させる。
 
 非情なドイツ人が紳士協定を破って攻撃?
 
 実は違う。
 
 チャーチルは次のような二重に非情、冷酷な命令を出していた。
 
「非武装船であってもドイツの捜索命令に従うな!」
 
「豪華客船であっても潜水艦に体当たりして戦え!」
 
 チャーチルは平然とこう語ったという。
 
<わたしの責任でおこわれた最初の英国側の反撃は……ドイツが海上で攻撃しにくくなるようにする、というものだった。そうすればUボートは水中攻撃に頼るしかなく、中立国の船舶を英国船と取り違えて沈め、中立国の海員を死亡させる可能性が高くなり、他の大国の反感を買う危険性がきわめて大きい。>(G・エドワード・グリフィン『マネーを生みだす怪物』草思社)
 
 他国民が戦闘に巻き込まれたのではない。
 
Photo_8
 
 チャーチルは自国民約1000人を惨殺した。
 
 そこには約200人の子どもも含まれていた。
 
Photo_9
 
 128人のアメリカ人が犠牲になったことで、アメリカでは史上初にして最大の「戦時プロパガンダ」が展開された。
 
「民主主義」と「人権宣言」の国、アメリカ合衆国は「金のためならどこにでも行って人を殺す国」となり果てた。

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