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2014年6月23日 (月)

米海軍は警告していた!米国市民は全員、東京、横浜、仙台から逃げろ!http://www.mag2.com/m/0001577514.html

<「半径200マイル(約320キロ)を退避勧告の対象範囲とすべきである。東京在住の米国民9万人全員を退避させる必要がある」>

 カークランド・ドナルド海軍大将

(船橋洋一『カウントダウン・メルトダウン』文藝春秋社)

 東電福島第一原発から半径320キロ!?

 米国民の全員退避!?

 2011年3月15日午後。米国海軍は警告していた。

「福島で起きた原子力災害を日本人は過小評価している」

「事故を小さく見せようとしているだけだ」

 3月15日は最大の放射能放出が起きた日である。

「炉心が溶けてチャイナシンドロームになる」(吉田昌郎所長「吉田調書」より)  

 同日午前9時。福島第一原発正門付近で放射線量最高値1万1930マイクロシーベルトを観測。

 しかし、この警告は無視され、米国民の退去勧告は4分の1の50マイル(約80キロ)に設定された。

 米国原子力規制委員会から派遣されたばかりのチャールズ・カストーは、駐日米大使館のテレビ会議でこの発言を聞いた。

<カストーは、オヤオヤと思った。

<連中は、潜在的可能性(ポテンシャル)について言っているだけだ。だが、それはまだ起こっているわけではない。連中のいわば“ポップコーン・シナリオ”だ>>(前出『カウントダウン・メルトダウン』)

 まだ起こっているわけではない?

 ではなぜ、「トモダチ作戦」に参加した米海軍兵士ら81人は集団訴訟に踏み切ったのか?

『カウントダウン・メルトダウン』によれば、最初の警告を発したのは「トモダチ作戦」の中核を担う空母「ロナルド・レーガン」だった。

<最初に放射能アラームが鳴ったのはロナルド・レーガンだった。

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 日本時間13日朝。海軍原子炉機関長官のカークランド・ドナルド海軍大将が、至急、グレゴリー・ヤツコNRC委員長とダニエル・ポネマン・エネルギー省副長官と電話会議を開きたいと申し入れた。

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「ロナルド・レーガンで放射能が検出されたことをお伝えしておく」

「艦載ヘリの一つが日本の旗艦船に降りた。日本の艦船が汚染されており、人々も汚染されている」

 ロナルド・レーガンは、福島第一原発から100マイル、日本の旗艦船は、同50マイル、それぞれ離れたところにいた。>

 これが事実なら、自衛隊員の被曝はさらに深刻だったことになる。

 危険を察知し、「ロナルド・レーガン」は逃げた。

<「昨日の夜、われわれは指針を出した。プルーム(放射性雲)が通る地域は避ける。50マイル以遠に離れる。プルームの通り道から100キロ離れておくようにとの指針だ」

 空母の甲板の線量は通常の2~2・5倍高い。空中線量は通常の30倍出ている、とドナルドは言った。>

「ロナルド・レーガン」に乗っていた「匿名の米海軍関係者」は船橋洋一にこう語った。

<自分もロナルド・レーガンに乗っていたが、沖の方へと離れる時は個人的には申し訳ないと思った>

 警告を発した原子力空母は「ロナルド・レーガン」だけではなかった。

<15日午前5時過ぎ。

 東京・赤坂の米大使館にいた米NRC(米原子力規制委員会)職員のジェームズ・トラップはワシントンの本部に電話で緊急報告をした。>

<「ヨコスカ海軍基地で毎時1・5ミリレムが検出された>

 1・5ミリレムは、15マイクロシーベルトである。

<ここは福島第一原発から188マイル離れている>

 福島から遠く離れた横須賀に寄港していた米原子力空母「ジョージ・ワシントン」は、すぐさま逃げた。

<問題は、東京や首都圏は、福島原発とこの基地との間にあることです>

 東京、神奈川に向かった放射性プルーフは「東電テレビ会義」にも記録されている。

「吉田さん、吉田さん」「なんかオフサイドセンターでかなり線量が上がってきたんですけども、そちら大丈夫ですか?」(オフサイドセンター 14日22時19分)

「オフサイトセンターいくらあんの?」(武藤栄副社長)

「いま、500」

「おお、そりゃ高いな」

 福島第一原発から南西に5キロ離れたオフサイトセンターで500マイクロシーベルトを観測。

<2号機では、大量放出が起きたとみられる前日14日の夜から当日の未明にかけて、原子炉に水を入れて冷やすために「SR弁」と呼ばれる弁を開けて原子炉の圧力を下げる作業を繰り返し行っていました。>

<福島第一原発から南に10キロ余り離れた福島第二原発では、14日の午後10時以降から5時間ほどの間に、放射線量が3回急激に上昇し、いずれもSR弁を開く作業を行ったおよそ1時間後であることがわかりました。>(NHKニュース 2011年7月24日)

 東京電力の企業犯罪が引き起こした放射性プルームが、188マイル(約303キロ)も離れた横須賀港に到達。米原子力空母「ジョージ・ワシントン」の警報が鳴った。

 これが「半径200マイル全員退避」の根拠になったに違いない。

 米兵、米大使館員とその家族の間に沸き起こった騒動を船橋洋一は「ヨコスカ・ショック」と呼ぶ。

<空母ジョージ・ワシントンは、ただちに出港の態勢に入った。>(『カウントダウン・メルトダウン』)

<実際、ヨコスカ・ショックは、東京の米大使館員を不安に陥れることになった。

 米軍のラジオ局であるAFN(米軍放送網)が、

「横須賀に住むみなさんは、外出を控えてください」

「洗濯物は家の中に入れておくようにしてください」

 といった呼びかけをはじめた。

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