「オイルショック」は壮大な詐欺事件だった ウラン価格を6倍にしたロスチャイルド「核の秘密クラブ」http://www.mag2.com/m/0001577514.html
20世紀、私たちは「名誉白人」だった。
アパルトヘイト下の南アフリカ。最大の貿易相手国が日本だったからだ。白人支配層にとって、私たちは「なんでも買ってくれる」上客だった。
同時に、私たちは「犯罪者仲間」でもあった。
第一次大戦後、ドイツの植民地だったナミビアに南アフリカ軍が侵攻。不法占拠。
ナミビアのウランが日本に密輸されていた。
そもそも、「人種隔離政策」アパルトヘイトはなぜ、生まれたのか?
1911年。「鉱山労働法」制定。人種により職種、賃金が制限された。
1970年代。反アパルトヘイト運動をリードし、30歳の若さで虐殺されたスティーヴ・ビコはこう語っている。
「白人の子どもは、バカでも利口でも白人社会で育つ。だが、肌の黒い子どもは、バカでも利口でもこの世界を抜けられず、そこで死ぬ」
隔離の始まりは鉱山だった。黒人は何年働いても熟練工にはなれなかった。いや、それ以前に、黒人は「労働者」にすらなれなかった。労働組合に入れるのは白人だけ。黒人は集会を開いただけで銃で撃たれた。
1970年代。黒人の工業労働者は白人の6分の1の給料でこき使われていたとされるが、鉱業労働者の格差はもっとひどい。黒人は白人の21分の1の給料しか与えられなかった。
アパルトヘイトは、侵略者が鉱山で大儲けをするために編み出された制度なのだ。
今年1月。南アフリカのプラチナ鉱山で始まったストライキは今も続いている。アパルトヘイトは終わってはいないのだ。
アパルトヘイトは、国際原子力マフィア、そして、戦争を放棄した国であるはずの日本の真の姿を浮かび上がらせる。
ナミビアでウランが発見されたのは1928年だが、「資源」としてのウランが注目されるのは第二次大戦時からである。
「原爆を手に入れるのは誰だ?」
広島、長崎での惨劇。最初の原子力災害を引き起こしたのはアメリカだった。
冷戦時。狂ったような核兵開発競争が繰り広げられるさなか、ナミビアにひとりの大富豪が乗り込んでくる。
大富豪の名は、ギー・ド・ロスチャイルド。
鉱山会社「リオ・ティント」のボス。「オイルショック」時、闇カルテル「核の秘密クラブ」を作って大儲けをした男である。
オイルショックの時代。日本人がトイレットペーパー争奪戦をやっていたまさにそのとき、日本の港に石油を満載したタンカーがあふれかえっていた事実をご存知だろうか?
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