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2014年1月31日 (金)

UK論「みな孤立を余儀なくされ、相談する相手を探していました」宇都宮けんじ 地下鉄サリン事件

<被害者の相談を受け、私たちは対応を迫られました。朝の通勤ラッシュ時、猛毒のサリンが普通の市民を無差別に襲うという前代未聞の事態です。被害者には何の落ち度もありません。その並々ならぬ苦しみを思うと、一刻も早く救済活動を始めなければなりません。

 では、どのようなグループが活動の中軸を担うのか……。その役割を進んで引き受けたのが、坂本一家の救出活動を先導していた若手の弁護士たちでした。彼らは一九八五年に司法研修所に入った三九期司法修習生で、坂本弁護士と同期です。彼らが中心になり、八月二一日、「地下鉄サリン事件被害対策弁護団」が結成されました。参加した弁護士は三三人です。

 私は当時、東京弁護士会の副会長として坂本一家救出活動に携わっていたため、若手弁護士から弁護団長に担ぎ上げられました。卑劣極まりない凶悪事件の被害者を救うのは弁護士の使命である、また、その活動の延長線上に坂本一家救出の展望も見えてくるかもしれない――。そのような思いを抱き活動を始めたのです。

 置き去りの被害者

 私たちに依頼する人のなかには、亡くなった方の遺族、重傷を負った患者の関係者が多くいました。みな孤立を余儀なくされ、相談する相手を探していました。そこで私たちは、お互いに顔を合わせて話し合えば被害者同士の連帯感が生まれると考え、被害者が自由に集まれる場を作りました。こうして、「地下鉄サリン事件被害者の会」が発足し、会の代表には、営団地下鉄(現東京地下鉄)の職員であったご主人を亡くされた高橋シズエさんが就きました。

『弁護士、闘う』岩波書店より

Photo

 私の「宗教的ステージ」が低かったため(?)

 代りに富士山のふもとに向かったのは、

 宗教学者の島田裕己さんでした。

(つづく)

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