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2014年1月31日 (金)

UK論「その朝のことは今でもありありと思い出すことができます。真っ青な晴天でした」宇都宮けんじ 地下鉄サリン事件

<坂本弁護士の妻の郁子さんは><私の事務所で働いていました。勤め始めた頃、堤さんはまだ司法試験の受験生であったため、彼女が働いて生活を支えていたのです。堤さんは司法試験に合格すると、八七年に横浜の法律事務所に就職しました。一方、郁子さんは、長男の龍彦君が生まれるのを機に事務所を退職しています。事件が起こったのはその翌年でした。

 私たちは教団が一家を拉致し監禁しているという想定のもと、一家の救出活動を始めました。まず、有志の弁護士が「坂本弁護士と家族を救う全国弁護士の会」を結成し、それに呼応して弁護士の業務が妨害されたとみた日弁連は、一家救出の対策本部をつくりました。>

<キャラバン隊を組んで全国を回り、集会を開いて署名を集めたり、各地の地方議会に陳情に行ったりと、あらゆる手段を尽くして救出活動への支援を訴えたのです。

 そのさなかの一九九五年三月二〇日、あの忌まわしい地下鉄サリン事件が起きました。>

<その朝のことは今でもありありと思い出すことができます。真っ青な晴天でした。>

『弁護士、闘う』岩波書店より

 地下鉄霞ヶ関駅に向かう千代田線、丸の内線、日比谷線の地下鉄車内。

 オウム真理教の実行部隊が、サリン入りのビニール袋を傘で破る。

 死者12名。重軽傷者5500名。 

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