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2012年2月 5日 (日)

犯罪調書2 原子炉の国産化ができなかった理由 なぜ、大前研一はわずか2年で日立製作所をやめたのか?

 1966年、原子力委員会報告書より。

<(1)非常用電源
 原子炉施設に必要な電力は、主発電機または275KV母線から供給されるが、予備電源として66KV系送電線からも受電できる。これらの電源がすべて喪失しても、原子炉施設の安全確保に必要な電力は、ディーゼル発電機および所内バッテリ系から供給できるようになっている。>

<なお、本原子炉の建設に当っては、経験を有するGE社が建設を行なうことになっており、さらに原子炉全般にわたる運転、保守、燃料取替計画等については、GE社の指導訓練を受けることにしている。>

 配電盤など、コントロールルームの機械は、

 国産のものに替える必要があった、とわしは思う。

 なぜ、そんな簡単なことができなかったのか?

 2年で日立製作所をやめた大前研一はこう書いている。

Images

<福島第一原発に限らず、当初の日本の原子炉は、フランスやイギリス、カナダ、 ロシアのように独自の炉を開発するのではなく、アメリカのGEWH(ウエスチング ハウス)が開発した原子炉をそっくりそのまま導入するか、設計図をもらって 見よう見まねで造ったものなのである。
 とくに東電は、GEを崇め奉っていた。私が日立製作所の原子炉エンジニアだった当時、新しい分野だった高速増殖炉で独自に考えた設計図を持っていくと、それには見向きもせずに、GEのお墨がない原子炉など要らない、と門前払いを食らった。 
 日立が技術提携しているGEの設計のままでなければ、東電は一顧だにしなかったのだ。
 私がわずか2年で日立を辞めた理由の1つがそこにある。せっかく日本独自の原子炉を造るために必死で勉強したのに、結局、GEの技術指導を強いられたのでは、原子炉を設計している意味がないからだ。 
 要するに東電(そして当時の動力炉・核燃料開発事業団)は、自分たちで創意工夫する原子炉の建設を放棄していたのである。
 東電のオペレーターは、ひたすらGEのマニュアルを勉強して覚えるだけ。自分の頭で考えることがない。だが、アメリカと日本は事情が違う。日本ではGEの設計者が経験したことのない大地震、想定していない大津波が起きる。ここに「フルターンキー」と「名ばかり国産化」の大きな盲点があった。>
SAPIO20115411日号

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