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2011年8月 4日 (木)

『ぼくの町に原子力船がきた』岩波新書 1977年 名著です 復刻をお願いします!

 こんなに、泣ける本はありません!

 原子力船「むつ」。

 この船に対し、歯科技師であり画家でもある中村亮爾さんが、

 たった一人で立ち向かいます。

<一人でもできる。>

 中村さんはものすごく差別され、侮辱されます。

<高卒が最新の科学の何がわかる?>

<こいつが科学的なら、こいつは高級技術者として企業に入っているはずだ。下北のド田舎にいるはずはない>

<最先端の科学のことは東大の先生にまかせろ。餅屋は餅屋。ガタガタ抜かすな>

<原子力が危険、などと言えば、中学生に笑われる>

 それでも、中村さんは、たった一人、反原子力のチラシを自費で作って、新聞に自分で折り込みます。

 悲壮感のかけらもありません。

<万が一、原子力船で事故が起きても、50メートル逃げれば安全>

<原子炉内部の水はラジウム温泉と同じ>

 そんな国家の宣伝に対し、

<ウソだ!>

 中村さんは、そう言い続けて、平然としています。

<美術印刷でチラシをもっと高級な感じにできないかな>

 楽しんでいいるんですよ。人生を。

 1974年9月。

 むつ港から150隻の漁船が出港します。

 船には積載限度ぎりぎりの土嚢が積み込まれていました。

 マストには大漁旗。

 原子力船「むつ」が放射能漏れを起こした。

 漁民たちは出港を実力阻止しようとして、失敗していた。

 原子炉が稼動し、出力1割を超えたところで、警報ブザーが鳴った。

 むつが再び舳先をむつ港に向けた時、150隻の土嚢を積んだ漁船が出港したのです!

「土嚢を沈めたら、わしらの港はなくなる」

「ふるさとがなくなっても、原子力船の帰港だけは阻止する!」

 漁師の一人はこう言った。

「わしらにウソをつき続けてきたこと。それだけは絶対に許せない!」

 現在、地球の海上に原子力船は存在しない。

 福島第一原発も、わしがたった一人で反対していたら、建設されなかったのかもしれない。

 わしにはそれができなかった。

 泣くだけじゃダメなんだけど、泣けてきます。

 たった一人の情けない姿から、陸奥湾を埋めつくす大漁旗。

 中曽根康弘と名もない漁師の対決。

 この物語。誰か映画にしませんか?

 シナリオはわしが書きます!

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