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2011年7月13日 (水)

1955年の『読売新聞』は「原発パンフレット」でした 立教大学、武谷三男教授の魂の叫びを聞け!!

 元旦の一面。

<米の原子力平和使節 本社でホプキンス氏招待 日本の民間原子力工業化を促進>

<原子力は技術的に見ても、とっくに技術の段階さえ終わり、工業化と経済界への時代、それも輝くばかりの未来性を暗示する時に来ている。>

 ジョン・J・ホプキンスは、ゼネラル・ダイナミクス社長。

 アメリカの軍需産業の親玉でアメリカ政治を影で支配してきた男。

 それは、2001年の「息子」ブッシュ政権の閣僚を見ればわかります。

http://eritokyo.jp/war-env/bush-admini-staff.htm

 そんなやつを呼んでどうするのでしょう?

 ということで……。1月8日。

<原子力の年・各界の声を聞く ホプキンス使節を迎えるに当たって>

 ホプキンス社長に何を聞きましょうか、原爆投下直後に広島で調査を開始した田島英三立教大学理学部教授?

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<原子力の平和利用を考える場合まず難しい点は学者や研究者が同一歩調をとる体制になっていないことだ。>

 学者は、正力松太郎や中曽根康弘の「フライング」を強く危惧していた。

<学術会議で決めた「原子力に関する三原則」の平和利用、公開主義、自主性にしてもこれを遵守する人と無視する側がある。>

 学会は分裂した。

「御用学者」の誕生である。

『読売新聞』は、こう書いているが……。

<この世界の動きは人類最大の革命というほかにない。広島、長崎、そしてビキニと、爆弾としての原子力も洗礼をうけたわれわれ日本人は困難は押し切ってもこの善意による革命達成の悲願に燃えるのは当然だ。>

 田島先生は、

<次に難しい点は原子力の仕事をする技術者がいないことだ。原子炉は買い、燃料のウランは国連あたりから供与されたにしても技術者がいないことは致命的である。>

 科学者は56年後の破局を予期していたのです。

 少なくとも、大変に心配していた。

<第三に注意しておきたいことは原子力工業にともなう危険防止のことだ。><原子力研究と平行して放射能の研究所を作り、国民の安全を保障する必要がある。><最後に私が心配でならないのはビキニ事件後各省庁間にしめされたみにくいなわばり争いで、放射線の取扱規則すら厚生省と通産省間でいじくりまわされてまとまりがついていないことだ。>

 立教大学の武谷三男教授は、「核分裂」の世界的権威ですが、こう語っています。

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<アメリカは昨年八月にできた新原子力法があり、原子力を第三国に提供する場合、相互協定を結ぶことがうたわれていることだ。相互協定によってアメリカ国内と同じ原子力にともなう秘密のヴェールが日本にも入ってくることになる。>

 武谷教授は、56年後のマスコミの犯罪を予言している!!

<そうなると第五福竜丸と同じような事件が今後起こっても、日本の新聞には発表できなくなってしまう。>

 マトリックス!

<学術会議できめた三原則にあるように原子力についての情報はすべて公開しなければならない。>

「やらせメール事件」のようなことが起きる、と武谷教授は予言している。

 その後、湯川秀樹博士は正力が委員長の原子力委員会に入ったが、武谷教授は、正力のたくらみに一切、かかわっていない。

<原子力発電はいまはまだ実験段階である。実用にもならぬのにいまから大騒ぎをするのはどうしてもわからない。>

 人間の知性とはこれです。

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