JRAよ!! 皐月賞に出走したウオローボーイの生産者をなぜ、救済しないのか!?
1980年代後半。競馬が最も華やかだった時期、福島県産のウオローボーイは、皐月賞に出走し、惨敗しました。最低人気14着でした。
わしはウォローという種牡馬を知りません。
母系も聞いたことがない馬の名前が並んでいます。
ウオローボーイは小倉のあすなろ賞を勝ち、皐月賞に出走しました。
その後も、下級条件から這い上がり、ダービー卿チャレンジトロフィーに挑戦し、負けて、引退しました。
生産者の篠木さんは、被曝しました。
信じがたい線量の地域に踏みとどまりました。
馬のために。
おなかにコッコがいる繁殖牝馬を置き去りにすることができなかったからです。
JRAは、福島県の牧場についてのデータを持っていたはずです。
救済する方法も資金もあったはずなんです。
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