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2011年5月29日 (日)

室井佑月さんの発言について

「かわいそう」という言葉は、もの書きの仲間としてどうんだろう?

 チェルノブイリ事故の被災地では、親たちが、なんとか子どもにだけは安全な食べ物だけを与えようとした、とわしは思います。

 しかし……。

 生きるために、毒物かもしれないものを、お皿に盛って、自分の子どもの前に差し出す日が来た、という記述を何度も読みました。

 極限があるのだと思います。

 その瞬間、「食べて」と言う母親の気持ちは、どんな言葉で表したらいいのでしょうか?

 以下は想像です。

 わしが父親だったら、土地を追われ、仕事もなく、一番安い酒を飲んでいると思います。

 悲しみに利く薬が、わしにとっては酒しかないからです。

 3・11以降、実際にそうだからです。

 カミサンは選択を余儀なくされます。

 3人家族なら、それぞれの視線が交錯しますよね。

 高度成長期に育ち、バブル経済のなか、物書きになったわしには、ここから先の物語を書くことができない。

 想像力は働いているのに。

 つまり、これはテレビで「コメント」できる問題じゃないんです。

 短い時間で語っちゃいけないんです。

 わしは室井さんを支持しますし、室井さんを叩く人も支持します。

 破局とは、そういうことなんじゃないでしょうか。

 雨が降ると、ダメ人間のわしはさらにダメになります。

 雨には何もできないからです。

 放射性物質を含み、さらに巻き込んで、雨はただ、降るだけなんです。

 ただひとつ言えることは、教室で給食を前にしている子どもたちが、「原子力発電によって豊かな生活をしよう」と自ら選択したわけではないんです。

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