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2011年5月19日 (木)

東京電力の金で海外旅行をしていた花田紀凱さんについて書きます

 わしは花田編集長時代の『週刊文春』を毎週買っていました。

 本当におもしろかった。3本の柱が雑誌にあったとして、途中で読むのをやめる報道記事がほとんどなかった。

 わしが、雑誌『ナンバー』で書かせていただいていた時期です。

 花田さんが、『マルコポーロ』を作る、と聞き、仕事の依頼が来たときは、うれしかったですよ。

 ビジュアルでジャーナリズムを謳っていたから。

 花田さんなら米『タイム』を超えるものが作れるのではないか、と。

 芸能、エロネタを含めて、『ブルータス』にはできない雑誌になるのではないか、と。

 わしは「世界一の雑誌で書きたい」と思っていたのです。

『ブルータス』の一時期、それに近づけたんじゃないか、と言ったら怒られますかね?

 うーん、まあ、力不足ですなあ。

 撤回です。

 1995年1月、わしは花田さんの命を受け、兵庫県長田区に入りました。

 そのときの『マルコポーロ』に「ナチスによるホロコーストはなかった」というとんでもない記事が掲載されていたのです。

 ユダヤ・ロビーの圧力によって、『マルコポーロ』は即廃刊になりました。

 そのあと、花田さんが「会いたい」と言ってきたので文藝春秋社に行くと、花田さん、なんと言ったと思いますか? 

 わしは、謝ってくれると思っていました。

「僕は中田さんの文章のファンです」

 デス・イズ・ジ・エンド!

 人間の心がなかったんです。

 花田さんは東京電力から金をもらい続けています。今も。

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