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2011年3月23日 (水)

東京の水道水からも……詫びたい気分になります

 私は雑誌で仕事をしてきましたが、原子力発電所の危険性はずいぶん昔から承知していました。

 しかし、原子力発電の記事を一回も書いたことがありません。

 企画を出して、編集部から拒絶されると、

「電力会社は出版社の大スポンサー、広告主だから仕方ないか」

 あっさりとあきらめてきました。

 商業誌の責任は重大で、末席ながら私もその一員でした。

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コメント

こちらでコメントする際は自己紹介をしないといけないのですね。私は30代で競馬好きの介護職員です。
中田様による原発の歴史と反省は大変理解致しました。
ところで…これからは中田様はどうされるのですか?
これからも原発の歴史と反省だけをしていかれるのでしょうか?
極論ですが、これから原発を無くしていくのか、継続するのか、無くす為にはどうするか?継続していくにはどうするのか?
そういったことを発信していくのが中田様の書き手としての仕事ではないでしょうか?

介護の仕事をしていると利用者の死に直面する事があります。その時「利用者の方は満足して死を迎えてくれただろうか?」といつも反省します。それから「今度はこうしよう、ああしよう」と次の介護につながります。例えは悪いかもしれませんが、これと同じことだと思います。
書き手として影響のある中田様だからこそ、そういったことを書いていただければと存じます。

ちなみに原発の是非はともかく電力消費を抑えることが大事ではないかと考えます。例えばコンビニの24時間営業をやめるとか、そういったことをやった上で、今後、原発の是非を問えば良いのではないかと思います。

幼稚な文で申し訳ありませんが、コメントさせていただきました。
長文失礼致しました。

投稿: 通りすがり 竹内 | 2011年3月23日 (水) 17時57分

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