「個人的見解だけど」さん、コメントありがとう!
一本のマッチをすれば湖は霧
マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
「本歌どり」ってのが、どこまで許されるのかはわしにはわからない。
でもね、「マッチ」と「霧」とそこで視点が引き伸ばされているイメージは、同じ。これをわしが書いて「代表作」とか言われたら、ものすごく苦しむと思うんだよ。
「パクリじゃん!」と言われて「違う」と即答できないと思うのよ。
あと、ブルース、ロック、パンクの「関係」と言うんだけど、「関係」って何?
たとえば、ジョン・レノンが「ブルースの抑圧をぶち破ってロックを作った」とか、ジョニー・ロットンが「プロブレッシヴ・ロックの抑圧をぶち破ってパンクを作った」とか、そんな進化、進歩する歴史なんでしょうか?
わしは、セックス・ピストルズを聞いて、バンドを作って、ニューウェーブを気取ってはいたが、「祖国よ!」って歌ったとき、それはまさしくブルースだったのよ。
国家についての本を何冊読んできただろう。
それもまさしくブルースだと思った。
ロックな国家とわしは一度も出会っていない。
当たり前だ?
『アナーキー・イン・ザ・UK』の衝撃から、何年が過ぎて、わしらは何をやってきたの?
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コメント
>そんな進化、進歩する歴史なんでしょうか?
そんな感じのことだと思う。
ロックもパンクも、何かを下地にしたり
ぶっこわしたりすることを創造に
繋げたけど、ブルースはそうじゃない。
あなたが使ってる「ブルース」ってのも、
つまりそういう意味じゃないの?
>「本歌どり」ってのが、どこまで
許されるのかはわしにはわからない。
ロバート・ジョンソンを「パクった」
ストーンズの「Love in vain」を、
僕はそもそも許すとか許さないとか
そういうレベルで聴いてない。
というか「パクリ」という言葉で
非難することなんて思ったことすらない。
寺山がやりたかったことって、
そういうことじゃなかったのかなと。
うまくできているかどうかは別にして。
>「パクリじゃん!」と言われて
「違う」と即答できないと思うのよ。
じゃあそれはパクリなんだと思う。
その境界線は、究極、本人にしか
わかんないと思う。
長文ごめんなさい。
投稿: 個人的見解だけど | 2010年12月 9日 (木) 04時01分