血統を目の敵にしているんじゃなくて、血統についての「語り」がやせ細っている、と思うのよ
田端到さんは、勝手に「師匠」と呼ばせてほしいほどの馬券名人。何度か取材をさせていただいた。
『血統ビーム』も、「馬券本冬の時代」の一筋の光明であり、わしもすぐさま取材に行った。
でもね、血統についての言説が、すべて「当たるから」になっているのはどう?
『血とコンプレックス』で血統にハマッたわしとしては、血統ってもっと面白いのに、と思っていしまう。
それが、インチキ、トンデモ、単なるウソであっても。
さらに言えば、わしはうそつきが大好きだ。
語弊あり?
競馬の血統とは、マッド・サイエンティスト、やけくそになった貧乏人などなどの人間ドラマであり、人間に対する畜生の復讐劇であり、科学万能時代における奇跡の宝庫であったはず。それがまったく語られなくなった。
わしは土曜日から、「500万条件以上、パドックで大暴れしている馬の父」のリストを作っている。
始めてみて、そんなことをしても1円の得にもならないんでは、とすぐさま思ったが、まあ、百も承知。いつものこと。
もしかしたら、物語にたどり着けるかも。
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