黒沢清監督の役者論がちょっと面白かった
まず、こう言うわけ。
テレビは、大多数に共有されたものを提示する。
でも、映画は、新しい価値観、考え方を提示する。
映画は、大多数に共有されたものではないから、当然、普通に出したら、拒絶される。
ここで、わしが思うのは、テレビ以上に、雑誌が、新しい価値観、考え方を捨てた、ということである。もう、探そうとしないんだよ。
で、黒沢さんが、大衆の拒絶に対して、持ってきたのが、役所さんというスターなんだな。
さらに、スターの「声」だと言う。
70年代に表現をしようとした人は、ほぼすべて、新しい価値観、考え方を提示しようとしたよね。
で、ジレンマ。
売れなくては意味がない。
しかし、大衆が共有している価値観に迎合したんでは、自分を裏切る(みたいな)ことに、なる(んじゃないか? 本当か?)。
黒沢さんは、このジレンマを、スターの「声」で乗り切ろうとした、と言うのである。
ちょっと考えるよね。
物書きとして、そういうもんがある?
文体?
笑い?
バンドをやっているときは共同作業がつらかったけど、わしの無茶な思いに通路をつけてくれたのは、箕輪くんであり、石黒くんであった、と思う。
もちろん、映画を撮る、なんていうめんどくさいことが今のわしにできるわけもないが。
迎合せず、ただ売れるものを目指さず、通路を見つけるにはどうすればいいんだろう?
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。


コメント