ビクトル・ハラはサッカースタジアムで虐殺された
1973年、チリの軍事クーデターは、アメリカ合衆国の犯罪史上最悪のひとつに数えられている。
フォークシンガーだったビクトル・ハラも軍事侵攻によって捕らえられ、チリスタジアムに連行された。
日本にたとえたら、国立競技場に民衆が監禁されたようなもの。
そこでビクトル・ハラは、みんなを力づけようとして、上に掲げた曲を歌おうとしたらしい。
うちのカミサンが、アルゼンチンで聞いた話では、歌い始めたとたんに、「ギターを弾けなくしてやる」と兵士によって右腕を切断された。
別の伝説では、両腕を銃で撃たれたが、それでもビクトル・ハラはギターを弾き続けたらしい。
連行された際、両腕を前で拘束されていた、というのが最も真実っぽいが、ビクトル・ハラはてのひらを打ち鳴らし、歌い始めたともいわれている。
伝説は伝説であり……。
わしもそう思おうとしたが、その後30年以上が過ぎ、サッカースタジアムは、「ビクトル・ハラ・スタジアム」になり、そこでビクトル・ハラの葬儀が行われたのは、去年の12月だ、というのである。
死ぬな!
世界は変わりつつあるんだから。
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