« 相撲協会、賭博アンケートのいの一番は花札 | トップページ | さあ、サッカー日本代表の大博打が始まるぞ! »

2010年6月14日 (月)

サッカーワールドカップの仕組みと希望

 始まると、しみじみ思うよね。

 スポーツとは、不当な手段で搾取した人間に、権力者が作り上げ与えた幻想だと。

 植民地主義、IMF、利子によって、どん底に落とされた人間にとっても、サミュエル・エトーになる可能性はある。

 エトーが、スーパースター、大金持ちになる物語にとって、権力者は被差別に対し、ひどいことをしてもしすぎる、ってことはないわけさ。

 エトーが「サッカーは義務である」と語り、「白人より多くのゴールを決める」と言い続ける限り。

 可能性をあきらめた子供って、この地上で一番悲しくない?

 そんな子供がこの地上にあふれかえっていて、街頭テレビで、エトーの雄姿を見て、考え方を変える。

 それがスポーツの力だ、とマスコミは言うけど、考え方を変えた人間が、また、ペテン、詐欺にあって、負けっぱなしの人生を歩むわけさ。

 あとは、スーパースターを応援するだけの人生かも。

 でもね、サッカー選手の精神を作るのは差別だよ。

 そこにわしは希望を見出したい。

 力道山のリングは絵空事だったけど、日本人の復興期の精神の鋳型を作ったと信じたい。

 最晩年の力道山は、歌うように、こんな呪文を唱えていたらしいぞ。

 アイ・キャン・ゴー。アイ・キャン・ゴー。

|

« 相撲協会、賭博アンケートのいの一番は花札 | トップページ | さあ、サッカー日本代表の大博打が始まるぞ! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/81762/35246312

この記事へのトラックバック一覧です: サッカーワールドカップの仕組みと希望:

« 相撲協会、賭博アンケートのいの一番は花札 | トップページ | さあ、サッカー日本代表の大博打が始まるぞ! »