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2009年9月 2日 (水)

「ホッピー熊蔵」さん、コメントありがとう!

 今回のボツ記事事件、本当に、情けなく、力が抜ける、やる気がなくなる出来事だったのだが、ボツ記事をネットで公開したら、こんなコメントしか返ってこないと思っていた。

「お前が下手だから、ボツにされるんだよ」

「原稿が変えられたのは、市場原理として当然のこと」

 だから、「ホッピー熊蔵」さんのコメントはありがたかった。

 事情を整理すると、

 原稿を依頼されて、取材突入。この時点では、編集部のスタッフにずいぶん助けられた。

 朝からロマンポルノを観る日々で、わしの前頭葉はほぼ、破壊される。

 女優さんにインタビューした後に、掲載拒否を喰らったり、いやーな空気になったりして、めげる。

 で、書き上げてメールすると、担当編集者は夏休みでいない。

 電話では、「面白い」と編集者は言って、そのまま。

 校了間際になって、すげえ原稿が送られてくる。

 たとえば、「映画『青春の殺人者』は傑作」と書いてあったりするのだが、わしはこの映画を傑作と思ったこともなければ、今回、観直してもいない。

 これ、署名記事だろ!?

 誰が書いたんだよ!?

 批評家として、これは、はっきり「営業妨害」である。

 この原稿もこのブログでアップする予定。

 で、激怒して、「まだ直せるの?」と聞くと、ギリギリ。

 講談社に乗り込んで、妥協合戦をやった。

 その次の日の早朝に、ゲラが送られてきて、話し合いで決着をつけた部分も、勝手に直してあるので、決裂。

 原稿はボツ。

 雑誌には署名を外して掲載される。

 というわけで、「貨幣と交換できない原稿」の続き。

 批判、罵声、中傷大歓迎です。

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史③

 自由度もチャレンジ精神も世界一だった増村映画だが、「銀幕の素っ裸」だけはまだ、タブーの領域だったということか。

『盲獣』から約7年。同じ増村・白坂コンビの名作『大地の子守歌』には、原田美枝子がなんの必然性もなく乳房を晒すシーンがある。

 野生児そのもの。白坂さんが「あんな猿みたいな子で大丈夫か」と心配したという原田は、売られてきた遊郭の台所で盗み食いをし、女友達から「何しとるん?」と問われ、「ノミをとっとるんじゃ」と言って、アンバランスの極みといえる巨乳をポロリと見せてしまう。

 白坂さんをはじめ、スタッフ全員が「びっくりした」という原田美枝子の豊満さ。映画の前半部、ヒロインは完全な子どもとして描かれているのでその衝撃たるや……。

 わずか7年だが、まさに、隔世の感、である。

 白坂さんは言う。

「最近、呼ばれて上映会に行って驚いた。女の人がみんな泣いている。号泣ですよ。俺は泣かすつもりなんかなかった。ドライに書いたつもりなんだけど」

 原田美枝子演じるおりんは、自立した女というよりも「孤立」を求める特異なヒロインである。

「人間はめんどくさいんじゃ」と言い放ち、やりたいことだけやり、これ以下はない地獄に突き落とされ、しかし、おりんは最後まで人間の情の塊のままである。

 マスコミから「自立した女」になれ、と急きたてられ、やっと自立したら「格差社会」にはしごを外された今の女性たちの心情が、30年前の映画と重なった、ということか。 

 いずれにせよ、「必然性」とか「文芸作品だから」とかいったエクスキューズを必要としない素っ裸のヒロインの登場は、60年代には考えられないことで……いや待て。

 そういう流れで原稿を書こうとしていたのだが、最終の打ち合わせで編集者からこう指摘された。

「大谷直子さんの『肉弾』は1968年公開ですよ」

 これには驚いた。その前衛性、斬新なリズムから岡本喜八監督の名作『肉弾』は70年代の作品だと筆者は思い込んでいた。

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