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2009年9月30日 (水)

潮崎豪よ、それはエメラルドフロウジョンではない

 みんながエルボーを打ち、フェイスロックで締め……。

 最低の追悼大会。

 三沢さんの必殺技を使うことが追悼ではない。断じて違う。

 昔のプロレスラーだったら、エメラルドフロウジョンは、「封印」という暗黙の了解があったはず。恥ずかしくて使えんよ。

 潮崎のは三沢さんの技とは似ても似つかん心のこもらないつなぎ技に過ぎない。

 恥を知れ、と言いたいよ。

 潮崎が自分のものにしている打撃は、トラースキックだけなんだから、相手が失神するまで打ち続ける執念を持てよ。

 もっと最悪なのは、アキトシのバックドロップがかさ上げされていること。

 三沢さんを殺したから?

 その後の「立てないよ」という潮崎のお芝居は、なんなんだよ!?

 すぐに立てるようになったじゃん!

 そもそも、バックドロップは、ルー・テーズさんのもの。

 アキトシは、空手の足技をもっと磨けよ。子どもが見ても「すげえ!」ってわかるレベルに。

 ラリアット? 見苦しいだけだよ。

 ラリアットは、スタン・ハンセンさんのもの。

 わしはなぜ、プロレスを観るのか。

 最低、「どっちが強いか?」を知りたいからだ。

 今のノアの試合じゃさっぱりわからん。

 2時間半も観続けて、レスリングの攻防が一回もないんだから、どうしようもないよ。お手上げ。

 今朝もやってたじゃん!

 今のプロレスラーは、ジャンボ鶴田(わしはバックドロップを必殺技にしていたことを認めていないが)VS長州力(のラリアットも同様)をもう一度、しっかり見るべきだ。

「あんたは古い!」というコメント、大歓迎です。

 今のファンはプロレスに何を求めているのだろう。

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2009年9月29日 (火)

ワシントンにアメリカ右派が押し寄せた?

http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200909130004.html

 これも日本のテレビは報道しない。

 予言どおりでしょ?

 オバマの登場で、アメリカ人は激しく落胆する。

 なぜなら、オバマはウォール街の投資銀行出身であり、ウォール街のマネーによって当選した大統領だからである。

 立ち上がった右派、共和党員、断固支持である。

 わしは、泡沫候補扱いされて、発言が日本ではほとんど紹介されなかったロン・ポール候補の言い分に、ほぼ納得したひとりである。

 自由主義者は他国に派兵したりしない。その場所にいる人間が、自衛から始めて、自分で解決すべき問題である。

 もちろん、自由な個人は、国家金融システムなんかより、はるかに尊重されるべきもの。

 アフガン増派、AIG救済、ドル札を印刷しまくるオバマの政策に対し、伝統的右派が立ち上がるのは当然だ。

 ここ数日、

「もしかして、ドル支配は終った?」

 そんな感覚をわしは持ったが、それは、「もう税金は払わん!」と怒り心頭のアメリカ人と底でつながっていたのかも。

 オバマの背中は完全に煤けている。

 皆さんの職場や学校も、大変なことになっているんじゃないか、と思う。

 でもね、絶望してはいけない。

「景気がよくならなきゃどもならん」と考えるのも間違っている。

 貨幣という単なる紙切れで、人間が人間を奴隷化し、紙切れを印刷する権利を持った男が、戦争に投資し、人殺しをし、インチキなギャンブルで世界を強奪してきたシステムが、今、メルトダウンを始めているのだ。

 国家にも政府に頼らず、納税を拒否し、自衛から始めるアメリカ人のどこがどう間違っている?

 日本人も国家を信用し、年金を払い、激しく裏切られたではないか?

 この時点で、日本銀行券は、価値が相当下がっていることを、一人一人が自覚しなければいけないと思う。

 少なくとも言えるのは、巨大な詐欺システムは動かなくなった、ということ。

 問題は個人。今の「勝ち組」と呼ばれているのは、詐欺システムでうまく立ち回ったやつらである。

 人間の本性は変わらないから、システムがなくなっても、フリーの個人詐欺師として、5年前の「成功」を、これからも追い求めるのか。

 わし個人としての現実は、ウソをつきまくって自壊したマスコミから、もう、貨幣のおこぼれはあずかれないだろう、ということ。

 いい雑誌を作りたい、という思いは今でも強烈にある。そういう現場に、もう一度、はじめからかかわってみたい。

 さて、この思い、わしの文字を、どうやったらパンに変えることができるのか。

 大暴落はすぐそこ。

 次に来るのは、自然の摂理に基づいて、貨幣が紙切れに戻ることだろう。

 絶対に死ぬな!

 物事が正しい場所に戻ってくる。ウソは暴かれる。

 暮らしは厳しくても、今の世界の激変そのものに絶望することはない。

 明日はおもろいよ。多分だが。

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「甲府」さん、コメントありがとう!

 ある編集者が言ってたのよ。

「今の雑誌作りは、『とりあえず、アタマにスマップが取れましたから』みたいなことことで終ってしまう」

 やっぱり、『プロレスに殉じた男 三沢光晴』についても考えてしまうよ。

 今、売れていて、名前の通った書き手は文章もうまい。

 でも、問題は、

 三沢光晴さんについて、何か書きたいことがあって書いている?

 ということ。

 それは、わしも自問自答。

 職人として、どんなお題をいただいても、そこに「書きたいこと」を見つけて、書く。

 わしはそういうスタンスを守ってきたつもり。

 しかし、ここまで、職場環境が悪くなると、時間との闘いで、いいかげんになっちゃうこともあるよなあ。

 少なくとも言えるのは、『ナンバー』は世界一の雑誌だった、ということ。

 それを、永遠の過去形にしちゃダメだ。 

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2009年9月26日 (土)

神戸新聞杯で10万円!!

 日本ダービーは豪雨になるし、今年のクラシック戦線は、まともなラップがほとんどない。

 皐月賞、プリンシパルSが普通のオープンのラップか。

 大逆転があるかもよ。

阪神10レース

⑥単複

⑥-⑧④②⑤⑫⑦

9レース

⑤単

⑤-⑩②③⑮

8レース

①単

①-④⑥⑦⑩

中山11レース

②単

②-⑮⑨⑩

10レース

③単複

③-⑥⑦⑨⑩

9レース

②単

②-⑥①⑤⑧⑪

新潟11レース

①単複

①-⑦④⑤⑧⑬

10レース

⑨単

⑨-④⑤②⑥

12レース

⑬単複

⑬-③⑤⑩⑪⑮

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2009年9月25日 (金)

ながつきSで10万円!!

中山11レース

⑩単複

⑩-⑨⑭④⑬

10レース

⑩単

⑩-①④⑤⑥⑨

9レース

⑬単

⑬-⑯②⑤⑫

阪神10レース

⑥単

⑥-⑤⑦⑯

9レース

③単

③-⑪⑩①②⑨

8レース

⑦単

⑦-③⑬⑮⑱

新潟11レース

⑥単複

⑥-⑩⑭⑫①

10レース

④単

④-⑮⑰⑫⑬⑭

12レース

⑱単

⑱-②⑩③

 土井正三さんのご冥福をお祈りいたします。

 あなたがいたから読売は強かった。

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「ナンバー」から拒絶された原稿 三沢光晴名勝負

「プロレスに殉じた男 三沢光晴」(『ナンバー・プラス』)が送られてきたので、そこに掲載されなかった元原稿を公開します。

 いい原稿ではありませんが、この形で完結していたことをわかっていただけたら幸いです。

「ヒクソン・グレイシーって、ドロップキック、できるの?」

 困ったことを言う。

 下ネタはかなりまじるけど、三沢光晴さんの言葉にウソはない。だから、私は三沢さんと会う仕事が大好きだったのだが……。

「とにかく、ヒクソンとやるかどうかは、やつのドロップキックを見てから決める」

 三沢さんは、時々、真顔で困ったことを言う人だった。

「三沢さん、グレイシー柔術の技に、ドロップキックはありませんよ」

 まるで、頭の悪い中学生の会話である。

 結局、このやりとりは活字にはならなかった。このまま雑誌に掲載してしまうと、読者がこう解釈してしまうからだ。

「三沢は逃げている」

 2001年4月18日。日本武道館。

 仏頂面でリングに向かう三沢光晴。

 1万6千人の観衆に向かって叫びたかった。

「三沢さんは、敵に背中を見せない。人間を無視しない。わかったか!?」

 会場はものすごい騒ぎ。

 ヒクソンに負け、小川直也に蹂躙され、「プロレスは最強の格闘技」という看板が地に堕ちても、みんな、プロレスラーが好きだから。

 しかし、三沢さんの内面を慮れば……。

「つまんねえ仕事だよ。しゃあねえか、向こうが振ってきたんだから」

 注文は断らない。「ドロップキックがない試合」でも仕事は仕事。いわば「職人の覚悟」である。

 でも、間尺の合わない仕事、ノアのコアなファンにとって満足できない試合で、三沢さんがぶっ潰されたら、どうするんだよ!?

 三沢さんの体調は、よくて70%ぐらいなのでは……。

 潰し合い。その熱狂と葛藤とビジネス……。これがあるから、プロレスは面白い!

「あんなもん、『さあ、ここから』ってときに終っちゃった試合だろ?」(対戦後の三沢)

 いや、だからこそ、霧が晴れた。いろいろなものがくっきりと見えてきた。

 三沢さんは、首の後ろを押さえることで小川直也の巨体、バカ力を完璧にコントロール。マットにはりつけにした。プロレスラーは、グラウンドの攻防では誰にも負けない。

 プロレスの必殺技は、相手に受ける気がまったくなくても必殺技である。

 そして……。

 三沢光晴とは何者なのか。

 しかし、まだ謎は残っている。たとえば、対小橋建太戦。「黄金ブランド」「品質保証」とまで呼ばれた闘いである。

 2003年3月1日。日本武道館。

 この二人以外のレスラーなら失神していて当然の25分過ぎ。三沢は、花道からリング下へと、小橋の巨体をタイガースープレックスで投げ捨てた。実況アナウンサーは叫ぶ。

「死んでしまうー!」

 なんというパラドックス!

「黄金ブランド」は、「死に最も近いから」という根拠で「品質保証」されているのか?

 すでに満身創痍のベテラン二人はなぜ、「殺し合い寸前」をやっているのか?

「ブランド」となって、貨幣と交換するため?

 ファンが「死線」を求めているから?

 わからない。技の的確さ、激しさ、エグさは過去最高。この夜の対小橋戦は、三沢さんが遺した最高傑作に違いないのだが……。

 私はもう二度と、あの夜のようには振舞えない。首を引きちぎるような小橋の逆水平チョップに、「垂直落下」の応酬に、「スゲエ、スゲエ」と呟き続けることはもうできない。

 三沢さんが死んでも、パラドックスはまったく解消されていない。だから、言葉がない。

「リングで死ねて、三沢も本望だろ?」

 そんなことを言う人は、ニューヨークで行われた対KENTA戦をぜひ観てほしい。

 何よりもまず、会場のボルテージが尋常じゃない。ここまでの「熱」が、今の日本のプロレス会場にあるか?

 KENTAは、どこからでもスワンダイブする飛び技でプロレスの「空間」を、試合の流れを一変させる打撃技でプロレスの「時間」を変えた。マンハッタンの観客にとって、初めて観るプロレスだったことだけは確か。

 三沢さんの体調はすでに最悪だが……。

「あれだけの声援を浴びたら、やっぱ、がんばるしかねえか? がんばっちゃうか?」

 師匠のジャイアント馬場が軽々とやってのけ、三沢さんにできなかった仕事がひとつだけある。それは、マジソンスクエアガーデンのメインイベントに君臨することである。

 三沢さんの最後の夢は、KENTAのようなノアの若手を押し立てて、海外に向かって航海することだったのではないか。

 夢半ば……。「晩年の」という言葉は遣いたくない。これほどまで、三沢さんの思いが沁み込んだ試合はない。

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2009年9月24日 (木)

与えられた情報しか、誰も何も気にしない

「ピース」さんは、「裏を取ってから書け」と言うけどさ、裏を取りたいから、この場に書いているんですよ。

 ニュースキャスターが予告していた生中継が、直前になって変更された。

 どう考えても不自然。

 今になっても誰も何も説明してくれない。

 わしが膳場貴子キャスターにインタビューするためには、興味を持ってくれる媒体が必要なのよ。

 今は、企画を出して、反応がない状態。

 ネットのメディアを含めて、書かしていただける媒体があれば、是非、ご一報を。

「そんな細かいことを」と人は言うかもしれない。

 でも、記録しておかないと、みんな忘れて、誰も気にしない。

 あれだけ心を痛めたのに、ホッキョクグマがどうなっているか、誰も気にしない。

 キリマンジャロの雪がどうなっているか、誰も気にしない。

 去年、今年と「体感温度」は下がっているでしょ? 違う?

 実際、世界の平均気温は下がっているが、記事が小さいので誰も気にしない。

 地球温暖化問題を調べもしないで鵜呑みにしている。

 なぜなら、日本人の大多数が「体験」よりも「情報」を優先しているからである。

 秋の訪れを肌で感じてない?

 地球は温暖化している?

 この問いから始めなければならいように、わしは、鳩山演説の生中継のことを記録し、そこから始めてみようと思っている。

 膳場さんに会えれば、そこからは「体感」でしょ?

「体感」がすごく間違うこともよくあるが、わしは世界を「情報」で組み上げようとは思わない。

 

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2009年9月23日 (水)

戸田競艇必勝法炸裂!

戸田競艇必勝法炸裂!
3510円!

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鳩山演説 空白の1時間

 演説の様子を観た。

 ほとんど原稿を読んでいるだけで、顔を上げない。

 なぜか、原稿の上で左手が激しく動く。

 ま、お粗末。「わしらの代表」が、世界から祝福されることはなかったが……。

 こういうことだと思う。

 新政権の「失点」を激しく恐れる民主党が、生中継を中止させた。

 演説の映像を入手し、検証し、NHKに放映を許可するまでに1時間。

 つじつまは合う。

 つじつまは合うけど、もし、そんなことをテレビの報道局が許したのだとしたら……。

 終った!!

 ジャーナリズムは、9・22に死んだ!!

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2009年9月22日 (火)

足並みをそろえ、テレビは歴史的な鳩山演説を削除した!

 この夜は、日本国民が政権交代を実感する夜だったのでは?

 国連のサミットで、日本の最高権力者が、討論の口火を切る。

 日本人にはアイデアがある。

 少なくとも、世界中の環境派が鳩山を注視している。

 民報のニュースショーは、こう言明していた。

「鳩山首相の国連での演説は、始まり次第、生中継いたします」

 ウソだ。

 テレビは数千万人に対し、ウソをついた。

 理由はなんだ?

 おそらく、明日も、その説明はないだろう。

 演説の冒頭をテレビが映してないのだから、放送事故ではない。

 おそらく、鳩山のミスも仕掛けもなかったはず。

 じゃあ、なぜ!?

 約束され、約束が反故にされるまで、TBSの場合は、20分も経過していなかったのでは? いや、数分か?

 TBSだけが切れ切れの録画をちょっとだけ流し、番組が終る。

 なぜ!?

 テレビの広告を支配している何者かが動いた?

 だったら、なぜ、NHK、NHK衛星まで同調している?

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NHKが唐沢なをきさんを侮辱!?

http://blog.nawosan.com/archives/51566263.html

 NHKがやりそうなことだなあ。

 そう思って、愕然とした。

 わしらはもう、この手のお話に慣れてしまっている。

 マスコミはとっくの昔に終っている、ということだ。

 インタビューを構成して、話し手を激怒させるんじゃなくて、インタビューの現場で、取材対象の言葉にダメ出し?

 マスコミはもう本当にダメだ。

 そこはもうわしの職場にはなりえないよ。

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「ピース」さん、コメントありがとう!

 おっしゃることはわかるんですが、競馬の「1番人気惨敗」は「どうする」こともできないし、相互作用する複雑系ゆえ、敗因は言葉にならないものを含めて無数にある。

 今回のトランセンドも。

 マチカネニホンバレの前走も。

 あのときは、わしも茶の間で腹ばい。

 しゃあないわ。あるいは、これで人気が落ちるのなら次走はおいしい。

 おいしかったでしょ?

 ラップについては、読み方は、各人の自由。

 レパードステークスのラップは、3ハロン目がゆるいし、最後も激しくバテている。

 わしは、マチカネの逃げを数段高く評価する。

 走破タイムだけではわからない「経験値」がはっきり現れているとわしは考える。

 もちろん、馬場の違いを指摘する声はたくさんあるだろうけど、これは決定的な差なのでは?

6.9 - 10.9 - 11.8 - 12.3 - 12.1 - 12.1 - 11.9 - 11.8 - 11.9 マリーン

12.5 - 11.1 - 12.1 - 12.0 - 12.0 - 12.4 - 12.4 - 11.6 - 13.4 レパード

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2009年9月21日 (月)

競馬は博打の王様だー!!

 震えた。

 過剰に期待された若造が後退する。退場する。

 2頭が抜け出して、

「押し切れー!!」

 赤木騎手の曲芸みたいなムチに反応して、③ネイキッドが半馬身前に出る。

 この馬も前走は超絶ラップ。体内に鉈を秘めた馬。本線の相手。一番、怖い馬。

 絶望。

「差し返せえ!!」

 普通、あそこからの差し返しはない。

 それが修羅場、本物のせめぎ合いを制してきた経験であり、

 気が遠くなるほどのスピードの持続であり、

 つまりそれが、「超絶ラップ」を持つ馬であり、

 サンデーサイレンス系にはないクリスエスの血の新鮮さ、野生であり、

 血とはつまり、競走馬の「神経」であり、

 黒くてでかくて一番美しい馬の思い出であり、

 あの馬を縛りつけていた経済原理を、とぼけた名前をつけられた息子が飛び越える。

 シャバの原理を超越する。

 生物学も、筋肉の力学も、経済原則も、なにもかも。

 裏池スラムの夕暮れにわしの心がぽっかりと浮かんでいる。

<馬券を買うという行為は、すべからく競馬は神と闘うことにほかならない。>(浅田次郎)

 で、あるなら、わしは神様やんけ。

 ま、しばしの間。日が沈むまで。それくらいの間。

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もひとつ、でかいの、とったど~!!!!

受付番号:0025   受付時刻:15:33   受付ベット数:5

受付内容
件数場名レース式別馬組金額的中
(1) 新潟(月) 11R 単 勝  07
100円
的中
(2) 新潟(月) 11R 馬 単 1着ながし 1着:07
相手:03,09,10,15
各100円(計400円)
的中
購入金額 500円   払戻金額 23,750円

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とったど~!!

受付番号:0017   受付時刻:13:01   受付ベット数:5

受付内容
件数場名レース式別馬組金額的中
(1) 阪神(月) 6R 単 勝  07
100円
的中
(2) 阪神(月) 6R 馬 単 1着ながし 1着:07
相手:03,04,10,11
各100円(計400円)
的中
購入金額 500円   払戻金額 12,370円
08103769

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「雑誌化」する世界 変われない雑誌 のりピーの「手記」を取った編集者が勝ち組か!?

 資本主義の崩壊、政権交代……。世界は音を立てて崩壊し、風景はめまぐるしく変わっているのに、マスコミだけは変われない。

 小泉改革でも、再販制度は構造改革されなかった。

 デフレでも価格破壊は起こらず、人員削減だけがリストラとなったため、雑誌の労働環境は最悪だ。

 二人でやる仕事をひとりでやらなくてはならないわけで、当然、紙面のクオリティーは落ちる。

 読者の生活は苦しくなる一方なのに、一食抜いて雑誌を買ってくれた顧客は愕然とする。

「面白い記事が一本もない!」

 世界は「雑誌化」しているのに、雑誌だけが変われない。

 たとえば、ブログ。お気に入りの書き手のブログを集めれば、その日に起きたことが、さまざまなレトリックで読め、まさに「雑誌」なのだが、雑誌は「雑誌の文体」を書き手に押し付ける。

 雑誌が失った最大のものは、自由とチャレンジ精神である。

 たとえば、「109」に代表される若い女性向けの服や靴の売り方も典型的な「雑誌化」だろう。

 さまざまな「デザイン」を世界中からかき集め、常にバリエーションを確保し、売れない商品はすぐに撤去し、売れ筋だけを3ヶ月間売る。

 一番長生きな商品でも、わずか、3ヶ月である。

 その裏には、搾取、子どもの強制労働など、問題山積なんだろうけど、

 まさに、雑誌でしょ?

 雑誌はそういう努力をしているか!?

 てゆーか、逆行しているよ!

 同じ情報源に500人も集まって、同じ絵、同じ言葉を伝えているだけなんだから。

 のりピーの「手記」を取ったやつが勝ち組か!?

 それこそ、想定の範囲内だろう。

 雑誌には「まっとうな異論」がひとつもないから、雑誌を読んで、

「誰も私の気持ちがわからない」

 そう思う人こそ、まっとうだ。

「雑誌は大衆を誘導し、画一化しようとしている」

 この見解もまっとうでしょ?

 わしらは「敵意」を持たれている。

 その認識から、出直すしかない。

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2009年9月20日 (日)

エルムSは超絶ラップの嵐

新潟11レース

⑦単

⑦-①③⑨⑮

10レース

③単複

③-⑰②④⑨⑩⑬

9レース

④単複

④-⑦⑧⑨⑤

阪神10レース

⑨単

⑨-④⑤⑥⑩

9レース

③単複

③-⑧⑫⑬⑮⑰

11レース

⑦単

⑦-⑤③⑧

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セントライト記念で10万円!!

 昨日は予想できず、スマンです。

 菊花賞戦線は、ラップを見ても、春の構図は塗り変わってしまうかも?

 穴から行きましょう、穴から!

中山11レース

⑯単複

⑯-③④⑪⑫⑭

10レース

④単

④-②⑩⑪

9レース

⑦単

⑦-②⑥③⑨

阪神10レース

⑤単複

⑤-②④③⑪⑱

9レース

⑩単

⑩-③⑫⑨④

8レース

⑤単

⑤-③①②⑥

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2009年9月18日 (金)

のりピーが「なぜ、謝っているのかわからない」あなたへ

 これを読んで考えましょう!

 あれ? 森巣博さんの『非国民』(幻冬舎文庫)。アフィリで貼り付けることができないんですけど。

 なんか、規制がかかっている?

 わしが、今回の事件の記事を依頼されたら、まず、森巣さんに会いにいって考える。

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のりピーとマスコミ

 のりピーはよくやったと思う。

 わしは「心がこもっていた」と思うが、「筋金入りのお芝居だ」と思うのも自由。

 それに比べて、300人も集まって、無駄なエネルギーを浪費しているマスコミはなんだ!?

 自転車をこいで発電をしろ!

 やつらは「のりピーで死ぬほど忙しい」と言うかもしれんが、この騒動で「あ、これはお金を払って読まなきゃ」と思わせる記事が一本でもありましたか?

 薬物に関して「国家が勝手に決めたこと」に対する「異論」を掲載した雑誌がありましたか?

「芸能界の薬物汚染」は徹底追及して、「マスコミの薬物汚染」は知って知らんふりかよ!?

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2009年9月17日 (木)

週刊誌ジャーナリズムはもうあかんでしょ?

 実はわし、『週刊現代』のわしの記事がどうなったか、今日まで知らなかった。

 掲載誌が送られてこないからである。

 喧嘩したから、発送が止められたの?

 直前まで、毎週送ってくれていたのに。

 激怒してメールしたら、なんと、3冊まとめて送られてきた。

 今、読んだ。

 感想は……。

 昭和の香り漂う名文ですなあ。

 わしの原稿と比較してほしい。

 映画を観て、批評しない、という立場が、物書きにありえるのか?

 それがあるのなら、編集者は、絶対にわしに原稿を依頼すべきではなかった。

 映画はなぜ存在しているのか?

 それを観た人間が何かを感じ、それを人に話したくなるからでしょう? 違う?

 そういう欲求を持ってない特殊な人にしか、今回の原稿は書けない。

 つまり、人としてわからん。

 簡単に言えば、批評眼を持っている、少なくとも、持っていると思っている人間は週刊誌ジャーナリズムには不用なのよ。

 だから、巻頭の記事でこう書く。

<日本の”すべて”が変わる日が目前に迫った。>(どこよりも詳しい! 全480議席 最終「当落」)

 本当に「すべて」が変わるのかよ!?

 これが国民的ツッコミだ! 違う?

 でも、巨大マスコミには、編集者がいないから、いても激しく劣化しているから、この書き出しは素通り。

 本当にこの国の「すべて」は変わるのか?

 どこまで読んだって、書いてないよ。

「すべて」と書くのなら、日米同盟は変わるのか!?

 これが、安保闘争を闘って、胸に空しさを刻み込んだ世代の実感だろ!?

 その世代が、『週刊現代』を5年前まで読んでいた顧客だから、売れなくなるのは当然だ。違う?

「すべて」はたった3文字。でも、遣っていい3文字か、遣っちゃダメな3文字か、考えてみてほしい。

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「9・11」でもない。「リーマン・ショック」でもない。「ユダヤ・ロビー」だ。マスコミは1995年に死んだ

「闘う編集者」がまだ、いると思っていた。

 1995年、死体だらけの神戸を這いずり回っていたときのこと。

 文藝春秋社『マルコポーロ』の仕事だった。

 わしはまだ、ジャーナリズムを信じ、身内に死者を抱えている人に声をかけた。

 片っ端から、とはできなかった。未熟なのよ。

「失礼だろ」と思ってしまうのよ。

 どうしようもない思い、ってのはあるよね。

 理不尽に人間が死んだんだから。

 大量に。

 その直前、『マルコポーロ』は何を書いたのか?

 ナチによるユダヤ人に対する大量虐殺、「ホロコースト」はなかった、と書いた。

 表現の自由か?

 わしはそう思わない。

 その記事によって、どうしようもない思いで頭をかきむしるおびただしい数の人間がいるから。

『マルコポーロ』が潰れて、編集長の花田さんは、わしになんの説明もしてくれなかった。

 しばらくして、わしは、東京ドームに巨人―阪神戦を観に行った。『ナンバー』の編集者に言えば、文藝春秋社が押さえてあるシートがかなりの数あって、わしは仕事でその席に座った。

 前の列が全員白人で、頭に小さい帽子をかぶっていた。

 ユダヤ教の人たち。

 それも驚愕だったが……。

 腰が抜けたのは、わしが「闘う編集者」だと思っていた人間が、「ユダヤ・ロビー」を接待している。ビールを配っているんだよ!

 わしは編集者の奴隷で、編集者は、

「雑誌を潰さないと、すべての自動車の広告を取り下げる」

 そう言ってきたユダヤ・ロビーの奴隷なんだよ。

 元『マルコポーロ』の編集者は、連日、「ユダヤ人の歴史」の講義を受けさせられ、夜は接待。男芸者だ。

 そんなマスコミから、9割搾取され、人間扱いをされなかったわしらライターは、どうするればいい?

 どうしようもない思い。

 つまり、書けない。マスコミには。

 企業犯罪は書けない。ベンツ、BMW、オペル……。

 テレビで仕事をしたくないのは、これらドイツ企業が、報道番組のスポンサーになっているからである。

 そして、自動車の大量生産に代表される資本主義は崩壊した。

 マスコミは、今こそ、奴隷をやめるべきだろう。

 目を覚ましてください!

「反原発」を明言した社民の福島代表は偉いよ。

 時代は変わっているんだよ。

 活字ジャーナリズムは、企業に対する言論の自由を取り戻すべきである。

 わしはまず、山口県の原発建設をめぐる漁民と中国電力の闘いについて企画を出したんだが……。

 講談社、返答せい!

 ダメすか、やっぱ?

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2009年9月16日 (水)

やっぱ、黒糖焼酎でしょ!

 酒を安ウイスキーから黒糖焼酎に変えると、寝覚めもまあまあ。

 競馬のラップを取って、延々とレースを観ていると、猛烈に腹が減ってきた。

 うつ発症でなくてよかった!

「福しん」で味噌ラーメンとギョーザのセット。750円。

 帰ってきて、「奄美」をペプシネックスで割ってみたんだが、悪くない。

 変な味って、みんなは言うかもしれんが。

 で、また、延々とレースを観る。

 日本一早い秋華賞予想。

 あくまで、ヴィーヴァヴォドカが逃げるドスローと仮定して。

 3連単1着

ブエナビスタ

レッドディザイア

2着

ブエナビスタ

レッドディザイア

ミクロコスモス

3着

レッドディザイア

ミクロコスモス

ジェルミナル

ブロードストリート

 これで完璧なんじゃない?

 競馬の仕事だけして生きていけたら幸せなんだけど、と思うダメな私ね。

 

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三沢光晴さんが亡くなっても、プロレスを観続けている人へ

 観ましょう。

 落胆だけがあったとしても。

 新日本プロレスの試合をテレビで観ていて、

「気持ちだ!」

 というやジを飛ばした人がおった。

 心のこもったプロレスが、いつか観られる、とわしは信じたい。

 ルー・テーズ、力道山、ディック・ザ・ブルーザー、ジャイアント馬場、ジン・キニスキー、フリッツ・フォン・エリック、ビル・ロビンソン、ジャック・ブリスコ、アントニオ猪木、ドリー・ファンク・ジュニア、ジャンボ鶴田、ブルーザー・ブロディ、そして、三沢光晴。

 伝統を乗せた最終列車(テリー・ファンク)が、まだ、どこかを疾走していると信じたい。

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2009年9月15日 (火)

スポーツライターになりたいあなたに

 マンハッタンのツインタワーのように、世界が次々に崩壊していく感覚。

 朝起きるのがすごくつらいし、博打をやっても楽しくない。すぐに寝床に戻りたくなる。

 もしや、うつ病?

 いやいや、ここのところ、ドンキの安売りウイスキーを飲んでいるのがいけないんじゃないか?

 ということで、黒糖焼酎の『奄美』を飲んでいる。

 問題を整理してみたい。

 はっきりとわかったことは、編集者がわしの原稿をぶっ壊したということ。つまらないものにした。

 結果として、雑誌はつまらなくなるよ。

 もうひとつは、一生懸命、原稿を書いても、正当な報酬は支払われないということ。

 単行本を書いて、9割ピンハネされたら、スポーツライターは生きていけないよ!

 10年以上、そう主張し続けてきたが、今や、9割3部の搾取が常態化した。

「スポーツライターになりたいんです」と言う若者にかける言葉がないよ。

 絶対、やめたほうがいい。

 そう言う他ないよ。

 最近、「タダで昔の記事をネットにアップしたい」と依頼してきた講談社の編集者はこんなことを言った。

「ネットで中田さんの記事を読むことで、中田さんの単行本を手に取ってみようと思う人も出てくるなど、波及効果がある」

 シナジーかよ!?

 編集者の劣化はここにきわまった。

「シナジー」というアホな言葉で、わしらは貧乏になり、下流に追いやられたのである。

 元『月刊現代』なら、ネットと腰を決めて闘えよ!!

 ネットと連動なんぞ、ありえないよ!!

 もう一つ、ハラに据えかねたことは、『週刊現代』の校了日に、バカみたいにでっかい講談社ビルの応接室で、

「ああでもないこうでもない」

 必死で、原稿を直していると、こんな社内アナウンス。

「ただ今から、〇階〇〇室において、〇〇ハウスの一戸建てローン説明会を行います。皆さん、お集まりください」

 わしは裏池スラムのクマネズミが出る借家暮らしだよ!!

 スポーツライターになりたいあなたに。

 こんな境遇、差別に耐えられるのなら、チャレンジだ!!

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多摩川競艇必勝法炸裂!

多摩川競艇必勝法炸裂!
4110円!!

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2009年9月14日 (月)

ついに完結! 貨幣と交換できない原稿

 昔、『平凡パンチ』で「洋ピン評論家」を目指したことがある。

 一日で、挫折したけど。

 なんかね、「隙間産業」なんじゃないか、と思ったアホウなわし。

 一日、6本の洋ピンを観て、瀕死。

 とういうわけで、これでも、エロ映画が大好きなのよ、連載完結。

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史⑦(だっけ⑥だっけ)

『忠臣蔵外伝』は「松竹」創業100年記念作品。ところが、監督は東映の実録モノで一世を風靡した深作欣二。まず、この抜擢がわからない。山田洋次監督が下町人情でもって寿ぐべきだと思うがなあ……。

 内容も深作監督の「絶対に面白いものにする」という使命感が完全な仇。忠臣蔵も四谷怪談も我が国を代表する普遍的な物語だが、世界観がまるで違うのだから、「面白さ倍増」ではなく「混ぜるな、危険」だろう。

 お岩は売春婦(だから、哀れさ激減)。伊右衛門が赤穂浪士(だから、悪が中途半端)。化粧しちゃいけない顔の代表、石橋蓮司、蟹江敬三だけ白塗り(!)。討ち入りの大団円にお岩がカメカメ波で助太刀(大映の化け猫映画か?)。松竹らしさはかけらもない。結果、「裸を売り物すると、変な映画になる」という宿命の絶好のサンプルとなってしまうのだ。

 公開前、松竹宣伝部は、スチール写真の管理を徹底したという。業界関係者ですら、「高岡早紀が全裸になることはない」とたかをくくっていたので、

「先行試写会で観ていたとき、佐藤浩市が高岡早紀の胸をわしづかみにする場面で、スリムな体つきからは想像できないほど豊かなバストに、『おー』とどよめきがあがったのをおぼえています」(秋本さん)

 試写会のスクリーンを隠し撮りして、つまみ出された人もいたらしい。

 この騒動が、おそらく、最後の日本映画の「裸祭り」である。

「オナペット」と呼ばれた映画女優は、アダルトビデオの蔓延によって絶滅。以降は、あからさまな経済原理が女優を縛りつけることとなる。

 80年代初頭、夏目雅子がすでに契約書に縛られていたように、

「何が一番儲かるのか」

 それは、テレビCMである。

女優本人ではなく、所属する芸能事務所が効率を追い求めていく限り、所属する女優が映画で裸になることは、会社にとっては営業妨害以外のなにものでもない。今、売れてなくても、将来にCM出演の可能性がある限り、誰も脱がない。

寺脇研さんは言う。

「日本は芸能事務所が俳優のマネジメントを仕切るという、世界的に特異な現状にある。

こんな仕組みは日本にしかないですよ。芸能事務所の仕切りが俳優の可能性を狭め、結果的に邦画のクオリティを落としている」

 たとえば、世界的ヒットとなった『ハンニバル・ライジング』は、日本人女性がレクター教授の育ての親という設定である。ヌードシーンも映画の重要な要素であり、ハリウッドのスタッフは、日本で女優を探したが、誰も応じず、中国出身の国際派女優、コン・リーが堂々たる裸身を晒した。大げさに言えば、日本の芸能事務所は「国益」を毀損している。

 鈴木京香、藤原紀香、広末涼子、天海祐希……1980年前後なら、「裸映画」を期待されたであろう女優は、結局、全員が効率を選んだ。

「『余命1ヶ月の花嫁』にしても、乳がんと闘い、24歳で他界するまでの1カ月間に、どうセックスするかを描くのは避けては通れないはず。きれい事にしてしまうことのほうが、むしろ不自然です」(寺脇さん)

 そんな中、ほぼ性描写のみの映画『ヴァイブレーター』の監督と飲み屋で偶然出会い、「ダメモト」で切り出した出演依頼を快諾したという寺島しのぶは本当に偉大だ。50代後半になって『るにん』で全裸になった松坂慶子の「義理堅さ」もすごい。日活最末期の『うれしはずかし物語』や低予算の小品『極道記者』でも期待以上の脱ぎっぷりを見せた川上麻衣子にも頭が下がるが……。

「裸映画は不滅だ!」

 筆者はそう言いたいが、そう結論づけられるわけもない現状に、日本映画のチャレンジ精神を体現した老いた天才脚本家、白坂衣志夫さんの言葉がのしかかる。

「日本人はなぜ、こんなに保守的になったんだろう」

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スマンです

 昨日、『ナンバー』編集部の担当編集者とデスクが来て、会談。

 わしは注文どおりに原稿を仕上げたのだから、議論は平行線で、『ナンバー』側は謝罪をしない。

 まあ、言い合い。

 そのなかで、担当編集者からのメールを、名前だけ外して、このブログにアップしたことについて、「話し合いの前に公表するのはいかがなものか」と言われ、その場では、また言い合いになったが、

 不快な思いをされたのなら、申し訳ない。

 この場で謝罪して、ブログを書き換えておく。

 でもね、20字×100ラインの原稿を依頼されたことだけは事実。

 メモを見ると、わしは、

「1試合2000字ですか? それとも、3試合全部で2000字?」

 と電話で聞き返しており、メモには「全部で」と書いてある。

 結局、一試合だけの原稿になってしまったが、担当、デスクと詰めて、粘って、署名原稿は掲載される予定。

 競馬のデータを取ること、企画を書くことで、多忙だったため、自宅まで来たくれた二人には感謝する。

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2009年9月12日 (土)

セントウルSで10万円!!

 仕事で悲しい目に合い続けるし、雨は降っているし……。

 ほんま、憂鬱。

 ウソをつかなかった人、三沢さんに関して、ウソをつきまくられたら、ほんと、悲しいよ。

 この重い気持ち、フッ飛ばしてくれ!

 武幸四郎くん!

阪神10レース

⑭単複

⑭-④⑪⑧③

9レース

⑨単

⑨-⑩⑤③⑧

8レース

⑬単複

⑬-⑩⑧⑥⑮

中山11レース

⑭単

⑭-⑯④⑧⑩⑪

10レース

①単

①-③⑫⑯⑬

9レース

⑧単複

⑧-①⑬⑤⑫

新潟10レース

⑤単

⑤-③④⑧⑨

9レース

⑥単

⑥-②⑤③

11レース

⑪単

⑪-①⑭⑬⑤⑧

 JRAでレースがひつなくなる、ってことこれまであったかなあ。

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最低の権力は、活字ジャーナリズムだ!

 メディアは権力。

 これに異議はないでしょう?

 しかし、活字ジャーナリズムは、政権交代が可能じゃないのよ。

 独裁者がずうっと居座っている。

 わしらは、選挙でそいつを落とすことが出来ない。

 最低の権力が雑誌ジャーナリズムなのである。

 しかも、独裁者の能力は劣化し続けている。

 しかも、独裁者が、自ら「反権力」とか言う。

 許しちゃダメでしょう。

 わしは活字メディアと闘うよ。

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2009年9月11日 (金)

「ナンバー」よ、講談社「G2」よ、わしらフリーライターは虫けらじゃないんじゃけん!

『G2』から、「ネットでアントニオ猪木さんの記事をアップしていいか」という電話。

 月刊『現代』にわしが大昔に書いた記事。

 全然、OKだけど、そういう場合、わしへの報酬はどうなるの?

 なんと、タダ!?

 お前らなあ、一戸建て住宅と外車持って、わしら書き手を虫けらだと思ってるんだろ!?

 単行本を書けば、9割搾取!

 雑誌に原稿を書けば、注文どおりなのに、勝手に書き換え、文字短縮、ボツ!

 生きていけまへんわ。

 あんたらも、絶対に、生きていけんようになるよ。

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スポーツ・グラフィック「ナンバー」もぶっ壊れた! しかも三沢光晴さんの記事が原因で!

 苦労して、注文どおりの原稿を仕上げたら、『ナンバー』編集部から、20字100行の原稿を、なんと35行も削れというメールが来た。

 わしは仕事の依頼を受けたとき、2000字とメモを取っているし、「短いな」と思いつつ、何とかやろうと思ったのよ。

 お題は、三沢光晴さんのノア時代の名勝負ベスト3。

 三沢さんの試合を活字にするのはむずかしいし、試合を見ていると泣けてくるし、苦労して書いて、3日間ほど推敲をしていた。

 それくらいむずかしいテーマなのよ。

 三沢さんの死には、未だに、言葉がないし。

 で、最高の原稿じゃないけど、送ったら、これだよ。

 文字数の変更の連絡を、わしは一切受けていない。メールもこれが初めてのもの。

 わしが一番苦労したところを削れ、と言う。

 会ったこともない編集者が(昨今は、雑誌仕事も携帯とメールのやりとりのみ)。

 再考、しない。断じてせんよ。

 マスコミは、もうダメなんじゃないか?

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朝日チャレンジカップで10万円!!

 いやあ、暑い盛りが忙しく、その時期を抜けて、夏バテですわ。

 平和島で予想屋のところまで往復したからだろ!?

 平和島には、まあまあおもろい予想屋がおる。

 競艇でも90倍当てて、博打は絶好調!

 この勢いで、東西メインで大穴じゃ!!

阪神10レース

⑦単複

⑦-⑭⑮⑩①

9レース

⑧単

⑧-③⑬④

8レース

⑤単

⑤-③④⑦

中山11レース

④単複

④-②⑬⑧⑫⑭⑤

10レース

⑦単複

⑦-①⑨⑪③⑤

9レース

⑨単

⑨-①④③⑤⑧

新潟11レース

④単

④-⑨⑦⑧⑩

10レース

⑦単

⑦-③⑬⑥⑧

12レースは勝負レースだ!

④単大勝負!!

④-③⑥②

 山口では、島の漁民がまだ、がんばっとる!

 署名はまだ間に合うので、支援、よろしく!

 反原発!

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テレビが報道しないニュース

http://shimabito.net/

 締め切り間際なので、何卒、署名よろしく。

 山口県の島の漁民たちが、中国電力の原発建設のための埋め立て工事を一日遅れさせ、今もにらみ合いが続いているようだが、テレビは全然、報道しない。

 地方局の最大のスポンサーは、電力会社だからね。

 わしも知らなかったのだが、この島の反対派は、少数派だが、四半世紀も闘っているとのこと。駆けつけたいので、企画を出してみる。

 ま、雑誌もスポンサーがついているんで、企業犯罪は全然やらないんだが。

 裁判も全面敗訴。

 しかし、国の天然記念物である海鳥が発見され、環境派も立ち上がっているとのこと。

 この原発建設を止めるために、政権交代はあった、とわしは思いたい。

 社民の福島代表は、環境大臣になるべきだ。

 反原発をやろうよ!

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2009年9月 9日 (水)

平和島競艇必勝法炸裂!

平和島競艇必勝法炸裂!
橋口の一発大逆転!! 9490円!

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連載 そして、民主党への落胆はもうすぐそこ!

 平和島競艇での服部幸男の八百長について、書いてもらいたい人、いる?

 いないようなので、民主党の八百長について書く。

 連立協議は、なぜ、決裂したのか!?

 民主党の約半分は、アメリカ白人の友達だからである。

 そいつらが、小泉改革時のアメリカによる泥棒行為の手引きをし、強欲資本主義を助け、「日米同盟は磐石です」と言っているから。

 もちろん、激怒している民主党議員はいるよ。沖縄の基地問題に取り組んできた民主党議員はいる。

 ここからが、さらに問題。

 マスコミは、激怒している民主党議員を取材しても、報道しないのである。

 予言するが、民党政権に対する国民の不満が爆発したとき、このお蔵入り映像、記事が噴出する。

 マスコミは、「そもそもどこで間違ったのか?」とかなんとか、「TBSのライブラリーにその決定的証拠が残っていた!」とかなんとか、言うに決まっているんだよ。

 ひでえ八百長。

 ということで、週刊誌ジャーナリズムを問う、連載の続きです。

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史

 もちろん、映画は作り手の意図するサイズ、解像度、音量で体験したい。しかし、観客の「大画面で観よう」という気持ちから、最初にこぼれ落ちたのが、女優の裸ではなかったか。

 それでも、「映画館に行かねば」と思わせる「裸映画」はあった。

 2万本を売って、「アダルトビデオの時代」を切り拓いた『愛染恭子の本番生撮り 淫欲のうずき』が発売されたのが1981年11月。「高田美和がロマンポルノに主演!」というニュースに衝撃を受けたのはちょうどその頃だった。

 筆者の中に怪獣映画のようなものが浮かんだ。

「愛染恭子の本番対高田美和の全裸」

 文句なしに高田美和の勝ちだった(いや、両方観ればいいだけの話ではあるが)。父は大スターの高田浩吉。となれば、公私共に「ええとこのお嬢さん」で、銀幕の中の高田美和は可憐な娘役で大映時代劇を支えてきた。のちに片岡秀太郎と結婚、「梨園の人」となり、『2時のワイドショー』の司会者でもあった高田美和が……。

 脱いでいいの?

 旦那の片岡秀太郎さんは?

 プロデューサーの岡田裕さんは言う。

「反対するどころか、ノリノリなんですよ。ベッドシーンの撮影のときも付きっきり。『美和はこういう風に撮った方がきれいだ』とか、いろいろと演出を指導していた。その女形ならではの指摘が的を得ていて、当時35歳の高田さんの、妖艶で成熟した魅力をうまく引き出していた」

 筆者は映画館に走って、椅子からずり落ちそうになり、帰り道に考えた。

「豚の丸焼きを床に落として、最後、生首になるボンクラ・ヤングの話だが、破壊的なストーリーは、まあいい。高田美和さんの裸はまぶしかった。特に引きの画でのフォルムが素晴しいじゃないの。ありがとう、美和さん! ありがとう、日活!」

 翌年、燎原の火のごとくビデオが普及していく中、日活は名作『ダブルベッド』を公開する。藤田敏八監督。大谷直子主演。東京タワー下の特設テントで上映され、「映画は集団体験だ」ということを強烈に示した鈴木清順監督『ツィゴイネルワイゼン』の共演コンビである。さらに、根岸吉太郎監督『遠雷』で、お見合いの日にモーテルでスポーンと素っ裸になる鮮烈なヒロインを演じた石田えりが助演。主演男優は柄本明。岸部一徳、吉行和子が脇を固める。

 豪華すぎる顔ぶれなので、「露出は控えめだろう」と思って映画館に来た観客は度肝を抜かれた。

 大谷直子が柄本明のお尻に指を突っ込むなど、セックスシーンは、ロマンポルノ史上でも類を見ない激しさ。しかし、それはサービスでも映画の目的ではなく、登場人物がやむにやまれずのめり込むもの、人間の営みとして、実にリアルに描かれている。映画のエロチシズムの頂点がここにある(と筆者は考えるが、「映画史」を名乗る本がこの作品を黙殺しているのはなぜ!?)。

 岡田さんは言う。

「大谷直子は、裸が一番きれいなとき。性描写を売り物にした映画なのに、荒井晴彦のホン、パチさん(監督)の演出、俳優の芝居……みんなの呼吸がピタリと合っている。スタッフ、キャストの気持ち、感性がこれほどひとつになった映画もめずらしいでしょう」

 大谷直子こそ、日本「裸」映画史のパイオニアであり、女王である。

 1983年、アダルトビデオと激しく闘った女優がもうひとりいる。40歳をゆうに越えた五月みどりである。

『ファイナルスキャンダル 奥様はお堅いのがお好き』は、質屋を舞台にした艶笑コメディ。苦学生が教科書を質に入れて1万円借りようとすると、五月みどりがいきなり、

「あなた、オチンチン持ってる?」

 どんな質問だ!?

「あなたの童貞、預かるわ。質草にするの」

 お金が返せないと、初体験をさせてくれて、おまけに、

「ここの下宿にいらっしゃい。引越し代出してあげるわ」

 ボンクラ・ヤングの夢そのもの。ありえないお話なのだが、五月みどりの脱ぎっぷりは、日本で最も多くの「裸映画」を製作した岡田裕さんをも絶句させた。

「男の子9人とお風呂に入るシーンがあってね。あれは彼女じゃなきゃできない。普通の女優さんだと、ビビッちゃって入れないですよ。彼女はそれを自信満々でやるんですから」

 五月みどりのむっちりとした裸体。わずかに寄る年波を感じさせる乳房……。あの時代、「お色気ムンムン」という言葉はまだ死語ではなかった。

 1983年は、東映のラインナップも豪華だった。五社英雄監督『陽揮楼』で池上季実子が巨乳を惜しげもなく晒せば、深作欣二、佐藤純弥、中島貞夫共同監督『人生劇場』では、今や日本を代表する大女優、松坂慶子が大胆な濡れ場を演じた。

 映画評論家の寺脇研さんは言う。

「松坂さんには“わがままな女優”というイメージがない。監督や観客のために尽くしてくれる女優という感じだから、男性はみな彼女に感情移入しやすいんです。『人生劇場』で旅館の女中、お袖(松坂)は主人公の早大生と恋仲になるが、娼婦に身をやつし、金のために体を売っていた過去が暴かれて、振られてしまう。そんなとき、男の観客は、つい彼女を応援したくなってしまうんですね。仮に秋吉久美子や桃井かおりが同じ役を演じても、男は『しょうがないよな』と突き放してしまうでしょう」

 1980年代中盤まではまだ、女優の裸は映画館で観るものだった。

 映画評論家の秋元鉄治さんは言う。

「小柳ルミ子『白蛇抄』、十朱幸代『魚影の群れ』、樋口可南子『卍(まんじ)』、松尾嘉代『鍵』も1983年公開です。しかし、大物が脱ぐ流れも、黒木瞳が『化身』で藤竜也相手に全裸ベッドシーンを演じたあたりを最後に、終息していく。女優が映画でヌードになることで、社会的に騒がれたのは、高岡早紀の『忠臣蔵外伝 四谷怪談』が最後かなあ」

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2009年9月 8日 (火)

ジャンボ鶴田VS長州力戦、わしは好きな試合だけど

 こういう試合でも、一歩間違えば死人は出る。

 でも、わしは好きだな。こういう試合が。

 どっちが強いか、はっきりわかるもの。

 でもね、三沢さんは、これじゃあダメだと思ったはず。

 フルタイムドローの結果だけじゃなくて、「もっと動け」と思ったはず。

 かくして、対戦相手を信頼して、どこまで死に近づけるか、という全日本プロレスが始まってしまった。

 やっぱ、ドリー、リック・マーテルでしょ?

 技に心を込めれば、「自分が何者か」は伝わる。

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2009年9月 7日 (月)

プロレスリング・ノアは雑だ

 ノアの京都大会を観てから、プロレス・クラシックを観て、ビックリ!

 ドリー・ファンク・ジュニアはものすごくうまいでしょ?

 技に心がこもっている。いいかげんな技は一つもない。

 それに比べて、力皇猛は……。

 相手に合わせて、力を加減しているにしても、打撃技が浅い。浅い、っちゅーより、当たっていない。

 それも不満だが、ジュニアの選手に打撃されて、「効いてないよ」を何度もやって、なぜ、フニャフニャなエルボーで吹っ飛ばされるかな。

 お芝居か!?

 お芝居だとしても、物語、荒事、ケレン、大見得がないとゼニは取れんよ!

 三沢光晴さんは最高の人間だったんで、「ついていきます」というのはわかる。

 ついていっただけなんだよ。

 あの体調の社長がタイトルマッチにあがらなくてもいい状況になぜ、体を張れなかった、力皇よ!

 喧嘩したら、日本一、強い男なのに。

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自民党の権力とマスコミの権力、どっちが劣化した!?

 マスコミこそ、今や、「最低の権力」である。

 なぜなら、劣化した人間が独裁者(編集者)となり、人間の自由を奪い続けてきたからである。

 こんな内容の本、どこか出版してくれませんか?

 というわけで、連載の続きです。

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史⑤

 前年の東映の大作『青春の門』も象徴的である。

 うら寂しい旅館の一室で杉田かおるが脱ぐ。このシーンが衝撃的なのは、簡単に言えば、杉田かおるが太っているから。もし、映画の裸が「サービス」なのだとしたら、どう考えても太りすぎなのである。

これは「サービスカット」などではなくて、体験である。佐藤浩市を我が分身として、観客も一度っきりの青春をリアルに体験する仕掛け。

「杉田かおるは根っからの映画女優よね」

 これは筆者の家人(杉田と同年代の女性)の感想。確かにこの映画だけポンと観れば、杉田は堂々たる映画女優である。

 しかし、家人はテレビをほとんど観ない人間で、筆者はこう問い返さざるを得ない。

「だったら、テレビで露悪と借金人生の切り売りをやっている今の杉田かおるは何者なんだよ?」

 断絶は確かにある。

『天使のはらわた 赤い教室』を観た日のことを筆者は鮮明に憶えている。

 文芸作品でもなく、「何周年記念作品」でもない単なる「ポルノ」に清純派アイドルだった水原ゆう紀が主演。岡山の田舎から上京したばかり。金も将来の展望も何もなかったが、映画を観る自由だけ与えられた筆者は、当然、小銭をかき集めて封切館へと向かった。

 映画は、ブルーフィルムを観る蟹江敬三の姿から始まる。それを観客が見る、という二重構造で、「映像体験」をこれほど鮮明に浮き上がらせた作品もめずらしい。

 ブルーフィルムのレイプシーンは、本物の「犯罪」であることが次第に明らかにされていくが、犯人たちは出てこないし、水原に復讐する意思もなく、ただ「失われた女」として、性の地獄へとまっさかさまに落ちていく。

 映画館を出た筆者の暗澹たる気持ちの中心には、なぜか「純愛」がある。映画の中で思いを遂げられない蟹江敬三同様にそれは永遠の片思いでもある。19歳だった筆者にこれほど沁みるポルノ作品はなかった。

 水原ゆう紀さんは当時をこう振り返る。

「主人公の名美が乗り移ったようになって、お店で他のテーブルの人たちを見ると、『幸せそうだな』って思ってしまうんです」

 憑依現象というより、うつ状態に近い?

「1年ぐらい、仕事をする気が起きませんでしたね」

 これもまた映画が「再現不可能」な「体験」だった時代ゆえ、なのではないか。

 大月ケンヂさんはこう書いている。

<僕の同級生などは「時をかける少女」を観た直後、「これは俺と知世のことを描いているんだっ」と新宿東急付近で大声をあげ「土曜日の実験室!」と映画の中の台詞も叫んで走り出した途端、トヨタハイエースに轢かれて1ヶ月入院した。>(『変な映画を観た!!』ちくま文庫)

「再生可能な時代」になると、こんなバカなことは絶対に起こらない。映画が映画館で体験するものであったゆえに起こりうる勘違いであり、ビデオを購入し、原田知世を「所有」して繰り返し再生したら、どんなバカでも恋愛感情を持ち続けることは困難だろう。

 この時代、埋もれた名作といえば、結城しのぶ主演の『天使の欲望』がその代表だろう。「本当のことしか言わない」ために、激しく殴られ、独りぼっちになる結城しのぶが哀れで切なくて……。しかし、ラストの全裸での姉妹心中など、スプラッター描写、暴力シーンがリアルすぎたせいなのか、活字での評価はおろか、ビデオにもなっていない。文字通り「再生不可能」な映画なのである。

 部屋にビデオデッキが運び込まれてきて、劇的に変わったことがある。モヤモヤしてきて「なんかエロなことしてから帰りたいなあ」という夕暮。経済上、名画座のロマンポルノが選ばれることが多かったのが前半生。単なる「エロいこと」なら、駅前のレンタル屋で事足りるのが後半生。AVのラインナップが個人的なこだわりにほぼ応えてくれるようになると、ひとりでする「エロいこと」はすべて自分の部屋で行われるようになり……。男は誰もが「オタク」になった。

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連載続き

 映画の原稿って、批評でしょ!

 連載を続けます。

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史④

「舐めたらいかんぜよ!」

 日本映画史に残る名セリフ……なんだろうけど……。この場面、「かっこいい」と思った観客はいただろう。しかし、「スカッとした」観客が果たしていたか。

 五社英雄監督の『鬼龍院花子の生涯』は、狂った侠客(仲代達也)が支配する特殊社会に囚われた聡明な女性(夏目雅子)の物語である。夏目雅子がそこから脱出できるかどうか、が強烈なカセ(物語を転がす動力)となっていて、映画の設定として申し分ない。

 彼女を救出せんとして、仲代から指詰めを強要された労働運動家(山本圭)はこう吐き捨てる。

「いいか。きみは一日も早く、いや、たった今すぐにでも、こんな人間のクズの集まりから逃げ出すべきだ」

 男の本能のみでイケイケの仲代が、ある日、鉄道会社のスト破りに。しかし、山本を一方的に殴りまくるうちに意気投合。

「資本家あるところに労働者あり。労働者あるところに団結ありじゃ。今こそ、弱い者や貧乏人を助けるのが侠客の道よ」

 この意外な展開も昭和初期の一局面として興味深いが、その直後の豹変は理解しがたい。

 仲代の命令で投獄された山本に差し入れを続ける夏目。出所した山本に仲代は、

「おまはんの放免祝いに、わしからなんぞ贈りもんしたいと思っちょるが、ほしいもん、ありますろうか。なんでも言うてや。この鬼政にできんことはなんちゃあないきね」

 現地人怒りまくりのウソ方言で、大見得を切っておきながら、山本が、

「松恵(夏目)さんをいただきたい」

 この一言に瞬間湯沸かし器と化す仲代。

「お主みたいな泥棒猫はぶった斬っちゃる!」

 自分は、妾3人を屋敷に置いて毎夜、3Pやってるのに……。

「親の目盗んで娘と乳繰りおうて、この恩知らずの犬畜生が!」

 婚前交渉は死刑かよ!?

 山本圭は、前日まで刑務所にいたんだから、どう考えても潔白だろ!?

 ここで、観客も「仲代はとんでもないバカだ」と気づく。そこまで、仲代達也が新劇丸出しの大芝居をするので、インテリに見えてしまうのもこの映画のつらいところ。

 夏目を遊郭に呼びつけて犯そうとする仲代。

血のつながりがなければ、親が子を犯していいのか、仲代!?

ここで、夏目雅子の予想を超える豊満な乳房、赤みがかった乳首がチラリと見える。

 夏目雅子には「バストポイントの露出はNG」という化粧品会社とのCM契約があったので、五社英雄監督の粘り勝ちだろう。

「死にます」

 割れたガラスで夏目が自殺を図ると、仲代は、

「おまん、そんなにわしが嫌いか」

 当たり前だろ!

「夏目雅子が脱ぐらしい」という前評判にあおられて来たスケベどもも、おそらく、映画館の闇で念じていたはず。

「夏目雅子よ、このバカから逃げろ!」

 ところが……。

 仲代の正妻、「姐さん」岩下志麻が腸チフスになると、

「歌は松恵の母親じゃき、子が親のめんどうを見るのは当然じゃ」

 自分は容態を見にも行かないで逃げ回っている仲代の命令に笑顔で応えて死にかける夏目雅子……なぜ!?

 岩下が凄絶に息絶えると、山本とあっさり結婚。労働運動に燃えるが……。

 なんのためのカセ!? ここまで心配させておいて、なんで、簡単に逃げるかな?

 でもまあ、「よかったなあ」と胸をなで下ろすと……流産!

 不幸の連続。傷心の夏目は……仲代の屋敷に戻ってきて、バカに囲まれ笑顔を取り戻す……なぜ!?

 いや、それ以前に、宮尾登美子がこんな物語を書くか!?

 原作を紐解いてみて、やっぱり! 

 似て非なる、ではない。原作はまったく別の物語で、ヒロインは鬼政が死ぬまで逃走を願ってやまない。和解などあるわけがない。

 映画の夏目雅子は、カセを破壊し続けるブルドーザーと化し、大組織のヤクザに山本が刺し殺されると、実家の葬式に殴り込み、暴力で遺骨を奪う。

「舐めたらいかんぜよ!」

 大作家の傑作も舐めちゃいけないんじゃないかなあ……。

「筋は通したかよ?」との仲代の問いにうなずく夏目。日本刀一本で「死にに行く」仲代の肩に般若模様の死に装束をかけ、二人は抱き合って号泣……なぜ!?

「大芝居で演じられるバカには感情移入できない」ことを思い知らされた映画であるが、女優たちの華麗な立ち振る舞いは「五社美学」ならでは。対立するヤクザの狂犬のような妻を演じる夏木マリは、鬼政相手に堂々と渡り合い、全裸で「落とし前」をつけようとする。妾の中村晃子も後妻となる佳那晃子もはじけた演技で異常な設定を際立たせ、おしげもなく肌をさらす。

 少なくとも言えるのは、こんな日本映画はもう作られないだろう、ということだ。

 映画の終盤で仲代達也は予言的なセリフを吐く。

「花火じゃ。上がった、上がった。パッと開いて、パッと散る。まっこと花火は威勢のええ男の生涯そのものじゃのう」

 映画もそうだった。この頃まではまだ。

 前年の東映の大作『青春の門』も象徴的である。

(つづく)

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2009年9月 6日 (日)

スポーツマンも政治家も「言葉はタダだ」と思っているんだろう

 サッカーW杯でベスト4?

 内藤がベルトを守っているのは、なんかあるんやろう?

 政策をすべて国民の判断に任せる?

 きみら、言葉を軽くみてるんちゃう?

 サッカー日本代表は、今日こそ、負けを実感する日。

 さらには、「人間を感動させられない」チームを考える夜だろう。

 亀田兄弟は、言ってもわからんから、内藤がぶちのめせ。

 あんなに背中の固いやつがチャンピオンになれる?

 当て勘も世界最低レベルだ。

 ステップワークで動くけど、ウィーピングができないから、可動範囲はすげえ小さい。

 ボクシングは連動!

 興毅は動きは速いし、肉体はシェイプされているし、本当にもったない。

 本来なら、内藤大助に弟子入りすべきボクサーだ。

 でもまあ、予言しておく。

 内藤のパンチは強い。スピードもほぼ同等。

 がんばれ、興毅!

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どこまで続く「亀田対おっさん」のぬかるみぞ

 悪い冗談だろ。

 亀田大毅がタイの英雄に挑戦する?

 ギャグか?

 興毅の相手はまた、腹の出たおっさんや。

 誰なんや、あのメキシコのおっさんは!?

 内藤大助が負けるわけないやん!

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2009年9月 5日 (土)

新潟2歳Sは穴狙い!

 いやあ、サンディエゴシチー、強かった!

 馬単は、1着3着やん!

 藤岡騎手もナイスプレー!

 みんながあせって上がっていたとき、よく我慢した。

 2歳重賞で単勝が当たった、ということは、ついている、ってことかも?

 新潟、小倉も、いきましょう!

 新潟の②サウンドバラッドの前走は、サンディエゴシチーの走破時計よりも1秒以上速い。

 なのに、印はほとんどない。

 10万円、もういっちょう!

新潟11レース

②単複

②-⑭⑮⑥⑨

10レースは16万馬券のときと同じ舞台!

⑦単複

⑦-③⑬⑤④

9レース

⑨単

⑨-⑭①③⑤⑦

小倉10レース

①単複

①-⑤⑪⑬⑩

9レース

⑭単

⑭-⑬⑥③①

8レース

④単

④-③⑦②⑥⑧

札幌9レースは勝負レースだ!

⑧単大勝負!!

⑧-⑬⑨⑪

8レース

③単

③-⑤⑨②

11レース

⑨単

⑨-⑦⑤①②⑭

 マスコミは「権力の二重構造」ばっかり連呼して、ああ、うるさい!

「反権力」とか口で言って、自分が完全な権力になっているお前らこそ、「二重構造」じゃん!

 黙って、民主党のお手並みを拝見しようぜ!

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連載です

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史④

 監督が「友達の半分が死んだ」と言う終戦の直前。ボロボロの毛布を脱ぎ捨て、廃墟へと駆け出す大谷直子。ぽっちゃり感が女学生そのもので息を飲む美しさ。あのモノクロの素っ裸は「生きていること」そのものであり、同時に映画の困難な時代を切り拓くパイオニアの姿でもあったのか。

 今もガンと闘う大女優が、「(裸になることへの抵抗感は?)全然、全然。こんな体でよかったら、ですよ」とさらりと言う。

 やっぱり、日本の映画は最高だ!

岡本喜八は、すでに東宝の職人監督として、コメディから時代劇まで佳作を連発していたが、『肉弾』のシナリオだけは「こんなもん、売れないよ」と会社からつき返された。結果、低予算で制作されATGが配給、となるのだが、まだ女学生だった大谷直子の気前のよさこそ、森下愛子の『サード』、石田えりの『遠雷』など、「脱ぎっぷりのいいATG作品」のさきがけとなった。

 そして、大谷直子、関根恵子らパイオニアの奮闘が、70年代の映画の「裸祭り」――その先鞭を告げた由美かおるの『同棲時代―今日子と次郎―』につながっていく。

 この映画、同級生と再会したその夜に「どこかに泊まろうか」とヒロインの方から誘い、ピンク色の乳首が乳房の中心に位置し上を向いている美しすぎる裸体をスポーンと投げ出す導入部がまず素晴しい。

 ストーリーはお決まりの妊娠、中絶をめぐる「若さゆえ」のせめぎ合いだが、

「私、これからもっと老けるわ。シワも増えるし、肌もかさかさになるわ」

 この予言は大ハズレ。今年で『水戸黄門』の入浴シーンが200回を迎えるのも、由美かおるの揺るがぬ「奉仕精神」ゆえだろう。  

 友達が花粉「病」で「お嫁に行けない体」になったり……。隣の奥さんの肺病をいっしょに暮らす夫だけ気づかず、クラシックを大音量で流し、背景が真っ青なスタジオ撮影(貧乏なアパートはどこに?)でSMプレイを始めて人殺しをしたり……。内容のサイケデリックさもものすごいが、オールヌードで「ケチくささ」のかけらもないポスターが巻き起こした前評判こそ、まさに「お祭り」であり「事件」だった。

 貼れば盗まれる、のいたちごっこは、ついに3万円のプレミアがつく争奪戦に発展! なんと、7万枚も刷られたポスターに3万円の値がついた。当然のごとく、由美かおるが舞台挨拶に向かった銀座の映画館はスケベどもによって二重三重に包囲されていた。

 人情喜劇の松竹まで「裸祭り」を始めると、都会的な感性と高級感で売った東宝も負けてはいない。

『同棲時代』公開と同じ1973年。『赤い鳥逃げた?』の桃井かおりは、ジーンズの上は常に裸(!)でだるそうに銀幕を漂い、

「サービス精神なのか。それとも、裸族なのか」

 観る者をたじろがせた。

 日活はすでに「ロマンポルノ」路線に腰を据えて、裸満載映画を量産していたが、若い女優探しは困難を極めた。初期のスター、白川和子、宮下順子はデビューしたときからすでに玄人っぽく、呑み屋の女将風であった。縄のれんの町で一番安い酒場のような気楽さが筆者は大好きだったのだが、社員を悩ませたのは、お正月や夏休みの番組だったという。

「元旦からポルノじゃ、完全なダメ人間だよなあ」

 そういう顧客のため、一般映画を作りポルノ作品と併映したが、そこに投入された最終兵器が秋吉久美子である。

 1974年、藤田敏八監督と組んで『赤ちょうちん』『妹』『バージンブルース』を立て続けに公開した秋吉久美子ほど、多面性を持った女優はいないだろう。

「70年代って、痛がる時代だったのよね」

 この発言に代表される「秋吉語録」で文化人をKO。一方で、「クラスメート」を感じさせる子どもっぽさ、親近感で田舎の中学生をも虜にした。なおかつ、脱ぎっぷりは当時ナンバーワン。乳房もお尻も完璧なフォルムとなれば、「裸祭り」の神輿のてっぺんには「妖精」秋吉久美子がいた、と書いても異論はあるまい。

「素っ裸の妖精」の登場で、最もダメージを受けたのは、おそらく、「ポルノの女王」池玲子、「牝豹」杉本美樹を押し立てていた東映である。

「どうよ? エロだろ? バイオレンスだろ?」

 裸でバイクを駆るなど、直球で勝負してきた東映の「スケバン」や「ズベ公」だが、世のスケベたちの視線は、180度イメージが違う秋吉久美子に集中するようになる。そこで……。

 アンヌ隊員出動!

『ウルトラセブン』でちびっ子、特撮ファンの心をがっちり掴んだひし美ゆり子が、石井輝男監督、丹波哲郎主演の『ポルノ時代劇 忘八武士道』に登場。意外かつ素晴しい展開である。

「忘八」とは「八つの人間の正しい心をすべて忘れる」ということらしい。主人公の明日死能(あしたしのう)に着物を切り刻まれ、手下に犯され、大の字に縛りつけられて即、競売にかけられる(どんな展開だ!?)ひし美ゆり子は、まさに東映「ヤケクソ・タッチ」でいたぶられる。ひし美ゆり子は「グラマラス」というより「健康美」であり、そこがまた、インモラルな「石井輝男ワールド」をきわ出させる。

 時代劇黄金時代そのままの絢爛豪華なセットと次から次に剥かれていく乳と尻の奔流は、まさに東映「裸祭り」の真骨頂。無謀、無意味をためらいなく走り切る(実際、全裸の集団が江戸を走る!)ひし美ゆり子の姿には、「廃墟の花」という言葉こそふさわしい。

「ヤケクソ・タッチ」といえば、すでに歌謡界で不動の地位を築いていた五月みどりの初主演作『五月みどりのかまきり夫人の告白』も常軌を逸している。

 五月が誘惑したカーレーサー(白石襄)は、セックスしたとたんに命が惜しくなってテストドライバー転向を決意。最後のレースで死んでしまう。ここまで、映画が始まって約15分。

 5分後には隣の入り婿と抱き合っていて、「ほんの浮気だったのよ」で関係はジ・エンド……。しかしまだ、30分経過していない。

 年齢から「熟れた肉体」を想像していた観客は、五月みどりのピチピチの乳房、お尻に驚く間もない。

 別荘の近くで取っ組み合いの喧嘩をするベルボトムの二人組を見て、

「ホモを治してあげる!」

 みどり姐さんは一念発起……といった破壊的な展開で、最後は『ゴルゴ13』の世界にまで突き進む。

 1970年代、映画館はまさにスケベどもの天国であった。

 しかし、ひし美ゆり子、五月みどりの「場末への降臨」は、80年代から始まる「再生可能な時代」――ビデオデッキが普及した世間と映画との死闘を予兆するものでもあったのだ。

 銀幕のヒロインたちの「肉弾攻撃」の激しさ、華やかさ、はかなさは……。  

 次号につづく!

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2009年9月 4日 (金)

捕手・木村拓也 感動した!

 スポーツを観戦する意味は、人間に感動すること。

 泣けるねえ、キムタク。

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BSN賞で10万円!!

 まあ、この時期の2歳重賞は、わしのやり方では当たりません。

 サンプルは1走だし、伸びしろも見極められないし、新馬戦も見ていないし……。

 ③サンディエゴシチーが強いことを祈るのみ。

 狙いは新潟でしょう。

 初日の出のラップはかなりハード。なのに、『1馬』に印はほとんどない。

 ①サンエムパームで、10万円、もう一丁!

新潟11レース

①単複

①-⑦⑥⑭⑩

10レースは勝負レースだ!

①単大勝負!!

①-③④②⑬

9レース

②単

②-⑧⑦①

札幌9レース

③単

③-⑭⑥⑨⑬

8レース

⑤単

⑤-②③⑮④

②-⑤

11レース

⑪単

⑪-⑥⑬⑩⑫

⑥-⑪

小倉10レース

⑩単

⑩-②⑨⑰①

9レース

⑧単

⑧-①④②

8レースは勝負レースだ!

①単大勝負!!

①-⑮⑫④⑦⑬

 能見は、素晴しいピッチャーになった!

 希望を捨てるな!!

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萩原朔太郎 寺山修司 町田康 杉作J太郎

 といった「変な日本語を書く人」がわしは好きだ。

 わしも朔太郎たらんとし、寺山のように「言葉の達人」たらんとし、雑誌の世界に入った。

 で、変な日本語を書くと、まあ、怒られますな。

「読者に伝わらない」

「雑誌にはその雑誌特有の語法がある」

 書き直し。

 またわしは変な日本語を書く。

 また書き直し。

 偉大なる先人たちは、それに朝まで付き合ってくれたのである。

 君たちがいて僕がいる(チャーリー浜)。

 このブログは「自慢」がテーマなんで、自慢するが、朝日新聞で書評を書いて、一字一句直されなかったときは、先人たちに手を合わせたよ。

 おそらく、世界一の校正マンを擁する文芸春秋社の『ナンバー』の記事で、編集者から「こんなに赤が少ない原稿は初めて」と言われたときも手を合わせた。

 だから、『週刊現代』にもチャレンジでしょ?

 変な日本語を書いて、編集者が「書き直しをお願いします」。

 それは、承知の介。

 雑誌にはその雑誌特有の語法があるから。

 当然そうなって、編集部に行って、粘って……だから、この稼業は面白いんだよ。

 今回、わしは、午前2時に「印刷所に行くよ」と言った。

 まず、わしらのアホアホ合戦を印刷の人に詫びて、粘れるところまで粘ろうと思ったから。それも、この稼業のコク。印刷やってる人は「アホ! いらんことすな!」だろうけど。

 馬鹿、わからずやと闘っているのではない。人間と人間が言葉を突き詰めていく過程が最高なのである。

 編集者とわしの前には、大衆という、わけのわからない化け物がいて。

 それをやろう!

 はしょるな!

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世界は粉々になって、倒壊する 小沢一郎への取材はなんだ!?

 小沢一郎の囲み取材を見ましたか?

 まず、まっさきにぶっ壊れたのは、自民党じゃなくて、マスコミだ。

 小沢の仏頂面を写真に撮ったって、誰も喜ばんよ。

 でも、「撮れませんでした」では、かっこつかないので、怒号を上げる馬鹿。

 小沢の言葉が聞こえんよ!

 わしのわずかな経験で解説すると、マスコミの取材が全部、出来レースになっている、ということだ。

 ベテランが現場を仕切って、全員が写真を撮れるようにするのが第一義で、そこで起こっていることを知ろうともしないんだよ、ジャーナリストが!

 黙ってまず、聞け!

 で、総理、閣僚、官僚の記者会見は、誰が何を質問するか、みんなわかっていて、自由な質問も、疑義の申し立ても拒絶される。

 まあ、ぶっちゃけ、人間が劣化している。

 今回のわしの記事のボツ事件も同様で、

「うちの雑誌ではこういう言葉は遣いません」

 と編集者が強弁して、わしが妥協する、の連続。誰に頼んでも原稿は、その雑誌の言葉で書かれる、という出来レースだ。

 それをやつらは「品質保証」だと思っているようだが、わしは、インプロビゼーション(感情の吐露)がなくなったら、この世は闇だと思う。

 プロレスラー全員が、ブルーザー・ブロディになったら、と想像してみてほしい。

 天龍源一郎、大仁田厚は、絶対に必要なんだよ。

 で、もっと深刻な問題は、「世界は情報でできている」と信じて疑わない者が、すごい勢いで増えていること。

 そういう風にしか世界と相対することができない人にとって、世界は、出来レースであり、品質保証のパッケージであり、明日に今日と何か違うことは起こりえない。

 わしは、週刊誌ジャーナリズムにチャレンジして負けたけど、チャレンジもしないやつばっかりになるんじゃないか?

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 これを観てください!

 岡本喜八監督の『肉弾』も。

真景累ケ淵 (岩波文庫) Book 真景累ケ淵 (岩波文庫)

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 わしは今、これを読んでいるのだが、しみじみ思うよ。

 日本人は、自由で過激でチャレンジをしていた!

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2009年9月 2日 (水)

「甲府」さん、わしも考えた

 ヤクルトと3ゲーム差になって、「六甲おろし」放歌高唱。

 でもね、甲府さんが言うように、我が阪神タイガース、ノーヒューチャー!

 若手はみんな潰れとるやん!

「オレはここにいる」がプロ野球の本質だと書いたけど、それを10年かかってわからせる選手は、わしら、タテジマにもいる。

「阪神タイガースの苦しい時代? 僕が4番だったから当然でしょ?」

 と言ったヒーヤン。

 骨折しても試合に出て、

「わしはアホじゃ」

 と言った金本。

 でもいるじゃん。わしらのチームには。

 15歳で、それをわからせた清原とかすごいけどさ、イチロー、青木、読売の若手はダメじゃん。なにもんか未だにわからん!

 ダルビッシュ?

 わしが取材で追いかけたら、ただ、「死ね!」と言ったのはすごかったけどさ。

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反省しています

 週刊誌の記事として、反省は、もちろんある。

 緑魔子はなぜ、映画の最後で全裸になったのか?

 それを取材し、ウラを取るのが、週刊誌ジャーナリズムであるなら、わしの力不足。時間もなかった。

 化粧品会社とのCM契約があったのに、なぜ、夏目雅子は『鬼龍院花子の生涯』でバストトップをさらしたのか。

 これも時間切れで取材できなかった。

 どこかに「どうせ、エロ記事だろ?」という甘えがあった。

 もちろん、「中田の個人的な映画批評なんかにゼニは払わないよ」という読者の気持ちはわかっていたつもりだし、関根恵子さんや由美かおるさんのように、わしにも「大衆に奉仕しよう」という気持ちで原稿を書いた。

 でも、どうなんだろう?

 なぜ、あの女は脱いだのか、というルポルタージュを書くことが週刊誌ジャーナリズムなのだろうか。

 関係者に取材して、「わかった」というところまでいって、書く。

 それを期待してくれていた読者には、ただただ、スマンです。

 全部できればよかったんだですが……。

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「ホッピー熊蔵」さん、コメントありがとう!

 今回のボツ記事事件、本当に、情けなく、力が抜ける、やる気がなくなる出来事だったのだが、ボツ記事をネットで公開したら、こんなコメントしか返ってこないと思っていた。

「お前が下手だから、ボツにされるんだよ」

「原稿が変えられたのは、市場原理として当然のこと」

 だから、「ホッピー熊蔵」さんのコメントはありがたかった。

 事情を整理すると、

 原稿を依頼されて、取材突入。この時点では、編集部のスタッフにずいぶん助けられた。

 朝からロマンポルノを観る日々で、わしの前頭葉はほぼ、破壊される。

 女優さんにインタビューした後に、掲載拒否を喰らったり、いやーな空気になったりして、めげる。

 で、書き上げてメールすると、担当編集者は夏休みでいない。

 電話では、「面白い」と編集者は言って、そのまま。

 校了間際になって、すげえ原稿が送られてくる。

 たとえば、「映画『青春の殺人者』は傑作」と書いてあったりするのだが、わしはこの映画を傑作と思ったこともなければ、今回、観直してもいない。

 これ、署名記事だろ!?

 誰が書いたんだよ!?

 批評家として、これは、はっきり「営業妨害」である。

 この原稿もこのブログでアップする予定。

 で、激怒して、「まだ直せるの?」と聞くと、ギリギリ。

 講談社に乗り込んで、妥協合戦をやった。

 その次の日の早朝に、ゲラが送られてきて、話し合いで決着をつけた部分も、勝手に直してあるので、決裂。

 原稿はボツ。

 雑誌には署名を外して掲載される。

 というわけで、「貨幣と交換できない原稿」の続き。

 批判、罵声、中傷大歓迎です。

「脱いだ女」「脱がなかった女」の50年史③

 自由度もチャレンジ精神も世界一だった増村映画だが、「銀幕の素っ裸」だけはまだ、タブーの領域だったということか。

『盲獣』から約7年。同じ増村・白坂コンビの名作『大地の子守歌』には、原田美枝子がなんの必然性もなく乳房を晒すシーンがある。

 野生児そのもの。白坂さんが「あんな猿みたいな子で大丈夫か」と心配したという原田は、売られてきた遊郭の台所で盗み食いをし、女友達から「何しとるん?」と問われ、「ノミをとっとるんじゃ」と言って、アンバランスの極みといえる巨乳をポロリと見せてしまう。

 白坂さんをはじめ、スタッフ全員が「びっくりした」という原田美枝子の豊満さ。映画の前半部、ヒロインは完全な子どもとして描かれているのでその衝撃たるや……。

 わずか7年だが、まさに、隔世の感、である。

 白坂さんは言う。

「最近、呼ばれて上映会に行って驚いた。女の人がみんな泣いている。号泣ですよ。俺は泣かすつもりなんかなかった。ドライに書いたつもりなんだけど」

 原田美枝子演じるおりんは、自立した女というよりも「孤立」を求める特異なヒロインである。

「人間はめんどくさいんじゃ」と言い放ち、やりたいことだけやり、これ以下はない地獄に突き落とされ、しかし、おりんは最後まで人間の情の塊のままである。

 マスコミから「自立した女」になれ、と急きたてられ、やっと自立したら「格差社会」にはしごを外された今の女性たちの心情が、30年前の映画と重なった、ということか。 

 いずれにせよ、「必然性」とか「文芸作品だから」とかいったエクスキューズを必要としない素っ裸のヒロインの登場は、60年代には考えられないことで……いや待て。

 そういう流れで原稿を書こうとしていたのだが、最終の打ち合わせで編集者からこう指摘された。

「大谷直子さんの『肉弾』は1968年公開ですよ」

 これには驚いた。その前衛性、斬新なリズムから岡本喜八監督の名作『肉弾』は70年代の作品だと筆者は思い込んでいた。

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