故郷、岡山県総社市で大量解雇
NHKの7時にニュースを観ていたら、わしが生まれた岡山県総社市で自動車部品メーカーが大量の派遣切りだとか。
総社市長は、わしと高校の同級生なんで、先日、東京で飲んで、政策提言のメモを渡したばかりだ。
100年に一度の経済危機、という認識はわしも同感なんだけど、問題は、それを60年前のケインズ主義で乗り切れるか、ということ。
ローズヴェルトのニューディール政策は、ダム建設など巨大公共事業で恐慌を退治したが、今の危機は同じ政策で対処できるはずがない。
世界大恐慌は、大量生産大量消費のビジネスモデルが成立する過程で起こったが、今の恐慌は、そのビジネスモデルの終わりをはっきりと示しているからだ。
インフラ整備も日米欧でもう終っている。
もうでかい儲け話はない、という前提での経済対策が求められている。
スティグリッツもその点で間違っているよ。
もう道路はいらないし、夢の超特急もいらないし、でっかい車もいらない。
携帯電話の新製品、便利な機能ももう必要ない。
この地上から「需要」が消えた、というのは、すなわち、資本主義から「差異」が消えた、ってことなのである。
差異、簡単に言えば、価格差が消えたら資本主義は終わりだ。
この先、人は何を求めるのだろう?
わしに思い浮かぶのは、「自給自足モデル」しかないよ。
安全に寝られる場所、食料から始まる生活必需品の自給ネットワークだ。
単なる田舎暮らしが、「自給自足住宅」販売になれば、ビジネスになるんじゃねえの?
この先、従来の意味で、景気がよくなることは絶対にない。
人間が、資本主義が、ぼろ儲けできるところはすべてぼろ儲けしつくしたからである。
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