造反医学からイル・ボーンへ
コメントありがとうございます。意外な反響で、やっぱ、ネットはマイナーに優しい、ってしみじみ。
「パンクからブルースになった」って言われたの事実で、当時、人民オリンピックショーをやってたマチダさんから「演歌じゃん」ってくどくどからまれたことを思い出した。
今でもカミサンがアルゼンチンなんかに旅立つと、素っ裸でセックス・ピストルズを歌い踊り狂う47歳ではあるが、80年代、ただただ、パンクに青春の汗を流しに来る客が本当にいやだった。わしも今や「スポーツライター」の端くれなんで、「野球やれ!」だよね。
だから、バンドがいっぱい出るイベントでは全部、「前座でお願いします」だったのよ。機材がへたるのがいやだったのもあるが、「踊るぞ!」って気合入れてるヤングの腰を折りまくってへなへなにしてやる、が、けして仲のよくなかったわしとミノワくんとの共通認識だったし。トランスのイベントでは冷遇、ってのは半分本当で、半分は「冷遇してくれ」だった。女の子に人気がなかったのは100%本当だけど。
トランスの人って普遍がまるでわかってなかったでしょ。時代と組み合わせと編集と偶然、って感覚。それもいやだった。レコード出してくれたことはもちろん感謝、だが。下手だしね、わしら。
バンドをやめた理由は、完全な失語症。イル・ボーン後期を聴いてくれた人はわかると思うけど、バンドを維持するためだけに新曲を書こうとし、一語も発することできなくなって逃げた。今考えれば、休養すりゃいいのに。
でもまあ、80年代をスカだのクソだの書いてお金をもらっている人に「そうですねえ」とはわしは言わない。
腐ってんなら、ツバキハウスのロンドン・ナイトにゴー!
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コメント
貴重なエピソードですね。記事の行間から80年代があふれ出てます。80年代はスカだろうがなんだろうがあの短い時間の中で特異な才能を持った人々が一挙に現れてきたのは、今から思うと不思議です。(ノスタルジーとかそんな甘ったるいものじゃなくて‥)
投稿: jun-ich togashi | 2007年3月26日 (月) 20時34分