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2006年9月11日 (月)

愛子さまと相撲を見た

 IPATで馬券を買って、身内と両国国技館へ。

 大相撲秋場所、初日である。

 雅山、負け。

 白鵬も負け。

 なんだか、ここ数年、初日はいつもこうだよな。

 主役が負ける。

 で、結局、9月10日の主役は、ロイヤルボックスの愛子さまで、満員御礼の大観衆に初おての披露目。「笑わない子ども」という風評をご否定された。「ご否定」って日本語として変か。

 さらに星取表を自ら鉛筆を持ってお書きになってたな。聡明でいらっしゃる。

 雅子さまもお元気そうで、よかったよかった、と思いロイヤルファミリーをお見送りして、駅に向かおうとすると……。

 大相撲ってやっぱ、スポーツでも興行でもねえよ。

 国技を見た日本国民が幸せな顔で歩くはずの正門は、宮さまご一行のたった3人のための専用出口となり、私ら「下々」は裏口で大渋滞。汗まみれ。相撲興行って呼び出しが何人いるのかわからないほど余剰人員だらけなのに、正門封鎖の理由を説明しないし、パニック状態の群集を誘導しようともしない。

 1万円超を払ってきた客にこの扱いはどうよ!?

 力士は常に権力者のために存在した、という言説を改めて思い知らされた。大相撲はまず、宮さまのために存在する。お客さまは神様ではない。

 気分を害した。害したけど、大相撲を合理化すべし、なんて言う気は私にはない。

 八百長をなくし、近代スポーツの体裁だけは整えた。グローバル化も実現し、番付の上位は、本名、出身地ともカタカナだらけになった。

 一番やっちゃいけないことばかりやっちゃった感もあるが、この競技、「形式」を一つでも合理化したら、すべてが消えてなくなる、のかもしれない。そういう危うさこそが、この競技の最大の魅力なのかもしれない。

 結びの一番は、モンゴル人とグルジア人の闘いだったが、やっぱり尻丸出しでちょんまげをしている。白露山の日本一ちっちゃい髷ってなんのために結われているの?

 人間は不思議である。

 根拠はない。合理性も必然形もない。

 しかし、天皇は男系男子じゃなきゃなれないし、白露山のはげ頭の首の上にはちっちゃな髷が作られる。日本の豊穣を祈る神事を司っているのは、もう何年もハワイアン、モンゴリアンである。

 日本人って「形骸化」が大好きだよね。形骸化されて初めて安心するというか。

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