2016年9月25日 (日)

「3・11」直後「日米調整会議」日本代表、細野豪志の闇 朝日新聞の取材を拒否 米国訪問は「オフレコ」 そして、大飯原発再稼動へ

 菅直人は、まったく役に立たなかった自衛隊ヘリからの冷却水投下、というプロパガンダ、パフォーマンスをやって、直後にオバマと電話会談を行った。

 日米同盟の危機はこうして回避された……ということに表向きなっているが……。

<……翌十七日の午前一〇時二二分から始まった菅首相とオバマ大統領との電話会談では、オバマ大統領が「東京エリアに居住する米国民は同エリアから出るように促す予定である」と切り出した。>(木村英昭『官邸の一00時間』岩波書店)

 実際はまったく逆だった。

<菅首相とオバマ大統領の電話会談が約30分にわたって行われ、大統領からは日本にいる米国民に対して避難勧告を出す予定であるとの発言があった。>(福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書)

 自衛官による決死の作戦は逆効果だったのだ。

 ユーチューブには、米兵の家族が厳重な放射能検査を経て、厚木基地から飛び立つ動画が投稿されている(日付は3月21日)。

 米政府による「在日米国人全員退避」の方針は揺るがず、日米同盟は終わった。いや、正確には「独立した民主国家」同士が結んだ同盟が崩壊した。

 

 同盟崩壊後に始まった「日米調整会議」とはなんだったのか?

 いったい何が話し合われたのか?

 政府事故調HPにある資料は、ほぼ黒塗り。米国側の出席者は姓名すら黒塗り。13名の出席者が記されているが、名前がわかるのは「Kurt Tong 」(現在の香港・マカオ総領事。当時は外交官として東京にいた)「Rob Luke」(公使)の2名のみ。読めるのは会議に先立って行われた「日本側調整会議概要」だけで「米国の会合」はすべて真っ黒に塗りつぶされている。

 360度どこから見ても完全な秘密会議。「日本人には知らせていけないこと」が話し合われた。

 日本側の出席者。

<細野総理補佐官、福山官房副長官、長島衆議院議員>

 これも奇妙だ。一介の総理補佐官が副長官の前に記されている。

 トップの福山哲郎は実はお飾りで、本当の「日本代表」は細野だったということだろう。

 米国側が「ホソノ・プロセス」と呼んだ日米調整会議を、細野はブログで自画自賛している。

<会館の事務所には、国務省の関係者が持ってきてくれた「ホソノ・プロセス」のパネルがあります。あの時、私は日米同盟の厳しさとありがたさを痛感しました。>

<あのプロセスがなければ、米国、そして世界に更に大きな不信感を与えることになったと思います。>(2013年4月10日)

 パネルは二枚ある。

「プレ・ホソノ・プロセス」と題された一枚は、米国側が個々に情報を収集しようとして線がぐちゃぐちゃになった情報系統図。

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「ホソノ・プロセス」と題されたもう一枚は、「米国チーム」と「KANTEI」が一本の直線で結ばれている。

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 なぜ、細野豪志は米国側から絶賛されたのか?

 なぜ、原発は再稼動されたのか?

 

 東電本店で行われた記者会見で私は何度も聞いてきた。

「情報は包み隠さず皆様にお知らせする」(細野豪志)

 どの口で言っているのか?

 細野は、朝日新聞連載「プロメテウスの罠」の取材を拒否した。

<取材に応じなかった者もいる。当時首相補佐官だった細野豪志氏もその一人だ。文書や電話で何度か申し込んだが、梨の礫だった。>(木村英明『官邸の100時間』岩波書店)

『官邸の100時間』は「プロメテウスの罠」を元に書き上げられた。著者の木村は「吉田調書誤報事件」で消された朝日新聞記者である。

 細野は政府事故調の聴取には応じているが、「ここからはオフレコで」と何度もICレコーダーを止めさせている。事故調が細野の米国訪問(2011年6月)について聞くと、

<2つ意味があって、英米仏に行ったのは、この3か国はいろんな技術協力をしてくれたので、そこに対するお礼と、あとは、これはちょっと国益上余り記録に残したくないので。

○質問者 ちょっと止めてください。>(2011年12月14日聴取)

 話が太平洋を越えると文書もインタビューも黒塗りとなる。

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2016年9月22日 (木)

雨の東電福島第一原発 汚染地下水バキュームカー汲み取り作戦失敗 一方、K排水路がさらなる暴走

 原発地下水位が地表面と同等になりました。

 東京電力がやった対策がこれ↓
 
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 バキュームカー作戦。
 
 台風対汲み取り。
 
 そんなんじゃダメだろう、と思っていると……。
 
 
 9月22日(本日)18:25頃。
 
 またしても地下水位が地表面と同等になった。
 
 バキュームカー作戦失敗。
 
<港湾口海水放射線モニタに優位な変動がないことを確認しています。>(東電 報道関係各位一斉メール)
 
 すでに海の汚染過去最高値が記録されています!
 
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 場所はここ↓
 
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 当然、最悪の汚染水は外洋に出ます。
 
 東京オリンピック開催中もバキュームカー汲み取りを続けるの?
 
 東電の奮闘努力の甲斐もなく
 
 K排水路は目も当てられない状況になっています。
 
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2016年9月21日 (水)

東電福島第一原発 汚染地下水流出 2地点で過去最高値 35万Bq最大汚染井戸から直線状に並ぶ

 9月20日21時57分頃。

 東電福島第一原発。
 
 地下水位が地表と同じ高さに。
 
 9月21日7時~。
 
 海の2地点で過去最高値を記録↓
 
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 7時37分「1号機取水口」↓
 
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 セシウム137 95Bq/L
 
 告示濃度限度(90Bq/L)超え。
 
 7時58分「1~4号機取水口内北側」↓
 
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 セシウム137 74Bq/L
 
 場所はここ↓
 
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 最大汚染、全ベータ35万ベクレルの井戸がここ↓
 
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 過去最高を記録した地点はこの井戸から直線状に並んでいる。
 
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 すぐ出るはずのセシウムのデータが4地点で「分析中」。
 
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「分析中」の意味するものは?

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東電福島第一原発地下水ストロンチウム56万ベクレルの衝撃 今年8月2日 以降、雨が降り続き、海の汚染は最悪となった

 地下水観測孔1-6↓

 
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 ここで何が起きているのか!?
 
 最新のストロンチウム90データ↓
 
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560000Bq/L!!
 
 法定濃度の18667倍!!
 
 青枠の部分を見てください。
 
 ストロンチウムの値が全ベータより大きい!?
 
 科学的にありえない!!
 
 ストロンチウム90は全ベータの約半分!!
 
 東京電力はなぜ
 
 いまだにこんなデータを平気で公表しているのか!?

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東電福島第一原発 全ベータ35万ベクレルの地下水が海に流出か? 

 9月20日21時57分ごろ。
 
 発電所内4m盤↓
 
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 上の部分の地下水が地表面と同等の水位となりました。
 
http://www.tepco.co.jp/press/mail/2016/1325051_8708.html
 
 嵐の中の作業の様子↓
 
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 地下水位が地表面を越えると
 
 汚染水が海に流出します。
 
 地下水はどれくらい汚染されているのでしょうか?
 
 東電公表の最新データ↓
 
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 全ベータ 350000Bq/L
 
 場所はここです↓
 
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 ストロンチウム90 推定157500Bq/L
 
 告示濃度限度の5250倍。

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原発がやめられないのは米国のせいなのか? 歴史から消された「米原子力規制委員の東電本店殴り込み」事件 仲裁したのは「対米盲従」「原発推進」あの長島昭久だった

 2011年3月18日。

<18日の朝にアメリカのNRCが東京電力に初めて来たのです。統合対策本部にいよいよ来たわけです。>(長島昭久 政府事故調聴取結果書 2012年2月2日聴取)

 表向きの歴史はこうなっている。

「3・11」当日から米政府と米原子力規制委員会(NRC)はいら立っていた。

「米軍が支援に向かったのに日本政府は原発事故情報をまったく出さない」

「グレゴリー・ヤツコNRC委員長に日本人は『支援はいらない』とメールしてきた」

 その他いろいろ。

 3月15日。バラク・オバマ大統領は「全米国人の日本脱出計画」を検討していた。

 米国は菅直人を脅した。

「英雄的犠牲が必要だ」

 つまり、「原発に突っ込んで日本人は死ね!」ということだ。

 菅直人は、まったく役に立たなかった自衛隊ヘリからの冷却水投下、というプロパガンダ、パフォーマンスをやって、直後にオバマと電話会談を行った。

 日米同盟の危機はこうして回避された……ということに表向きなっているが……。

 翌3月18日朝。NRCのチャールズ・カストーら数名が、東京電力本店に直談判にやって来ていた。

<いろいろなところに行ったのだけれど実態がよくわからんということで東京電力に来たのです。>

 対応したのは……。

 原発事故報道ではまったく表に出なかった男。元米外交問題評議会アジア政策担当上席研究員。安倍政権の解釈改憲に賛成した民主党議員。「原発再稼動」「菅直人退陣」を要求した男……長島昭久だった。

 その後のやりとり。

長島<これは相当やばいんじゃないの。こんな原発が大変だと言っていて、NRCが来てくれていて、情報共有ができていない。隠すものがあるのかどうかそこは知らないけれども、どうなんだ>

細野豪志<何かいい案はありますか>

長島<ちょっと僕も考えてみるよ>

 長嶋が次に訪ねたのは……。

「菅おろし」→東電延命→原発再稼動路線を強力に推し進めた仙谷由人だった。

仙谷<アメリカのルース大使が非常に困っているようだ>

長島<仙谷さん、僕にできることだったらやりますから、とにかく大使に細野補佐官を1回会わせましょう><大使に一応現状を説明して、そういう中で、何が一緒にできるか考えたらいいではないか>

 これが、2011年3月22日に始まった「日米調整会議」の萌芽だった。

 いったい何が話し合われたのか?

 政府事故調HPにある資料は……。

Photo

 ほぼすべて黒塗り。

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2016年9月20日 (火)

東電福島第一原発に暴風警報 今月19日中10日法定濃度超えのK排水路 汚染水流出に警戒を

 双葉町、大熊町に暴風警報+大雨注意報。

 
 先月後半から今月にかけて
 
 暴走を続ける福島第一原発K排水路。
 
 今月の東電公表データ↓
 
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 全ベータの45%がストロンチウム90と仮定すると
 
 全ベータ 告示濃度限度 63Bq/L
 
 セシウム137 告示濃度限度 90Bq/L
 
19日中10日!
 
 告示濃度限度超え!!
 
 法律に違反した日、
 
 犯罪を行った日が、
 
 法律を守った日よりも多い!!
 
 台風接近!
 
 汚染水流出に警戒を!!

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「3・11」直後「今の原稿使っちゃいけない」NHKのウソ「電池が8時間、炉心を冷却」「水位は燃料+1m」保安院のウソ 甲状腺がんの子どもに謝罪なし

「3・11」直後、支配層、マスコミが殺した「国民に知らせるべき情報」。

<1号機水位低下。ダウンスケール時の-150cm。現在のまま低下していくとTAF(燃料頂部)まで1時間>(東電福島第一原発情報班メモ)

 2011年3月11日午後6時15分頃「燃料露出」情報を幽霊にしたのは経産官僚だ。

 情報を消しただけではない。首相官邸に呼ばれた東電幹部、原子力安全・保安院は嘘八百を並べている。

 3月11日。

 19:03 原子力災害対策本部会議。

<冷却用の非常用ディーゼル発電機→系統 津波で動かない→電池で動く冷却系で冷やしている><8h→超えると><炉心温度が上がると→10h メルトダウンを起こすという>(官房副長官(当時)福山哲郎のメモ)

 バッテリーで動く冷却系?

 そんなもの存在しなかった。その「存在しないものが」炉心を冷やし続けているが、「8時間で電池切れ」「10時間でメルトダウン」するという。管直人をはじめとする政治家はそれを信じ「電源車集め狂想曲」が展開された。

 同席していた広報担当審議官・下村健一が残したメモはさらに意味深だ。

<電源確保中→8hで切れる><約10h(? 不公表)で危険>

<(? 不公表)>とは、会議で「メルトダウンは国民に知らせるな」と決まった、ということだ。

 真っ赤なウソの次は情報遮断。

 官邸にいた原子力安全・保安院の平岡英治審議官は「自ら行った解析」を隠した。

<3月12日0:50 炉心溶融>

 そのわずか7分後。平岡と斑目春樹・原子力安全委員会委員長(当時)がついた大ウソは記憶されていい。

<炉心は溶けていない><水位+1m>(福山メモ)

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平岡英治 原子力安全・保安院次長(当時)

「燃料はたっぷりの水に沈んでいる」というウソを元に1号機のベントが行われた。排気筒から放たれた強烈な放射能雲は北に向かい宮城県に上陸。岩手県南部まで汚染は広がった。

 3月12日。

「ちょっとね、今の原稿使っちゃいけないんだって」

 12:12 NHKのスタッフと思われる男の声をアナウンサーのマイクが拾ってしまった。

「原子力安全・保安院などによりますと、福島第一原子力発電所1号機では、原子炉を冷やす水の高さが下がり、午前11時20分現在で、核燃料棒を束ねた燃料集合体が水面の上、最大で90センチほど露出する危険な状態になったということです。このため、消火用に貯めていた水など、およそ2万7千リットルを仮設のポンプを使うなどして原子炉の中に流し込み、水の高さを上げるための作業を行っているということです。この情報をくり返します」

「ちょっとね、今の原稿使っちゃいけないんだって」

 アナウンサーはくり返すことができなかった。

 完全な自主規制。NHKは「史上初のメルトダウン報道」を自らの手で殺した。

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2016年9月18日 (日)

「3・11」当日、菅直人は1号機メルトダウンを知っていた!?「1700mm燃料露出」衝撃の平岡英治・保安院次長証言「11日のことはあまり記憶がない」枝野幸男

 2011年3月11日午後8時ごろ。首相官邸5階で住民避難についての会議が行われた。

 出席していた平岡英治は、政府事故調の聴取で驚くべきことを語っていた。

http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/hearing_koukai_3/134_koukai.pdf

<いつの話であったか正確な記憶はないが、相当早い段階で、東電から原子炉水位がTAF(有効燃料頂部)からマイナス1700mmという情報がもたらされ、官邸5階においては、この情報が正しいかは確かめようがないが><もし正しければ炉心の一部が露出しており、燃料損傷までに要する時間はそれほど長くないであろうとの議論が行われていた。>(2011年8月26日)

 もし、これが事実なら、菅直人は5年以上、ウソをつき続けたことになる。

<しかし当時総理の私に届いていた報告記録を見てもそうした記述は見当たらない。逆に当日22:00には1号機はTAF+550mmという連絡が東電から来ていた。>(菅直人HP 2016年4月6日)

 菅は安心しきっていた?

 この会議を仕切っていたのは、枝野幸男官房長官(当時)だが……。

 この会議が始まった頃、テレビは枝野の談話を伝えていた。

「福島第一原発をめぐる原子力緊急事態宣言について、対象区域内の居住者らは現時点で特別な行動を起こす必要はない」

 1号機の二重扉付近にさしかかった作業員の線量計の針が振り切れたのも、ちょうどその頃だった。

 さらに奇妙なのは、政府事故調による枝野幸男聴取記録だ(2012年3月15日)。

http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/hearing_koukai/641_koukai.pdf

 枝野はこう切り出す。

<まず、私は余り記憶力がよくないので正直に言って詳細な時刻あるいは順番とかも、余り自信がないところがたくさんあります。>

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 事故調がイの一番で聞きたかったのは「原子力緊急事態宣言発出の経緯」だったのだが……。

<まず初日で、原子力緊急事態宣言の発出ということで質問事項をいただいているんですが、私自身が原発の方がメインだなと思ったこと自体、あえて言えば、12日の未明でベントができていないというのでたたき起こされたときかなと思っていまして>

 原発事故は二の次だった!?

<実は11日の原子力緊急事態宣言の発出のプロセスとかということの記憶は余りありません。>

 記憶がない、だと!?

<勿論出していることはわかっていますし、全閣僚に準ずるぐらいのメンバーで原災本部を開催した記憶はありますが、当時そこに余りコミットしていた記憶は余りありません。>

 わたくし、枝野は関係ない!?

<むしろ初日は、例えば16時台とか、私は帰宅難民対策をやっていました。むしろ地下の危機管理センターで国土交通省にどうなっているんだとどなっていました。いつになったら鉄道が動くのか、動かないのか、情報を早く集めろと言ってやっていました>

 原発事故より山手線が心配!?

 これを読んで「枝野は正直に話している」と思う国民がどこにいる!?

「3・11」当日の枝野「劇場」。

20:01「福島第一原発をめぐる原子力緊急事態宣言について、対象区域内の居住者らは現時点で特別な行動を起こす必要はない」

21:23「福島第一原発から半径3キロ以内の住民は避難してください」

21:51「今の時点では、環境に危険は発生しておりません」

「不確実な噂などに惑わされることなく、確実な情報だけに従って行動するようお願いをいたします」

 当然、記者からは不満の声が上がる。

「さっきは『逃げなくていい』って言ってたじゃないか?」

「常にこういった場合には、一番悪いケースを想定して準備をすべきであると考えております」

「放射能が漏れる可能性があるってことだろ?」

「常にこういった場合には、一番悪いケースを想定して準備をすべきであると考えております」

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2016年9月17日 (土)

原子力災害が起きるとマスコミが真っ先に逃げる<一番悩んだのは、中継車を撤収する光景を見て、地域の住民がどういう感じがするか、だった>(日テレ報道局次長)

<第8章 NHKは原発事故を取材しない 

日本のマスコミはJCO臨界事故報道を「大げさだった」と反省した 

 1999年9月30日。茨城県東海村の核燃料工場(JCO)で核分裂が起きた。ウランを加工する容器(貯塔)のなかで核分裂が止まらなくなった。

 亡くなった二人の従業員を襲ったのは中性子である。

「青い光を見た」

 隣室にいた作業員の証言。

 事故の報を受け現地に向かった住田健二原子力安全委員はこう書いている。

<核燃料を取り扱っている場所で、青白い閃光が走ったと思ったら、他人のことなぞかまわずにその場からとにかく逃げ出せ。そうすれば、命だけは助かる可能性があるが、立ち止まってもたもたしていたらおしまいだぞ>(『原子力とどうつきあうか』筑摩書房)

 核分裂の連鎖反応が止まることなく自己維持される状態――「臨界」。

 中性子の恐ろしさは、臨界事故被害者の手の写真が何よりも雄弁に物語っている。

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 大雑把に言えば、莫大な数の分子の結合によって、我々、人間は存在している。細胞膜の主成分は炭素である。人間の分子結合のエネルギーは数電子ボルト。炭素の「くっつく力」が失われたら、人間はドロドロになって崩壊する。

 中性子は物質である。小さな粒々が皮膚の中に入り込む、とイメージしてほしい。

中性子の持つエネルギーは、分子結合のエネルギーの10万倍、100万倍、1000万倍にも達する。こんなものが身体に入り込んでくると、多くの分子が一刀両断にされてしまう。染色体も切りきざまれる。

JCO臨界事故で、ひとりは18グレイ(≒シーベルト)、もうひとりは10グレイの放射線を浴びて、長い闘病の末に亡くなった。この被曝量は、ガンマ線に比べて、中性子線を1・7倍として補正され報告された。

 工場から500メートル圏内の住人への避難要請、10キロ圏内、約31万人に対する屋内退避が呼びかけられ、上空にはヘリコプターが舞った。

 ヘリに乗っていたジャーナリストは何を思っていたのだろう?

 JCO臨界事故は、日本のマスコミにとっても大きな転機となった。

 危険な現場に住人を残し、ジャーナリストが先に逃げる、という光景が展開されたからだ。

<一番悩んだのは、中継車を撤収する光景を見て、地域の住民がどういう感じがするか、だった>(日本テレビ報道局次長『原子力広報におけるリスクコミュニケーション調査報告書』日本原子力文化振興財団)

 テレビクルーはアメダスをチェックし、迫りくる雨雲に青くなって逃げた。

 毎日新聞の記者は役場の広報担当を追っていた。ハイヤーで現場から350メートル圏内に入り、青くなって被曝測定を受けた。

 毎日新聞の臼井研一社会部副部長は<自慢めいた記述にならざるをえない>と前置きしてこう書いている。

<放射能汚染に対する認識には個人差が大きく、住民が暮らしている地域内の取材でも、実は汚染が進んでいるのではないかという疑念にかられる記者もいた。放射能汚染に関する研究・対策が進んでいないことも明らかになり、今は大丈夫でも十年後、十五年後、健康に何らかの影響が出るのではと心配する記者もいた>(『新聞研究』2000年2月)

 経験をつんだ記者がひとりもいなかったということだろう。あわてて調べて、

<しかし、そこで住民が放射能汚染を心配しながらも生活している以上、記者が「不安だ」といって退去したら取材にならない>

 事故から半日が過ぎ、毎日新聞の記者は屋内に退去した。

<記者の安全と取材との間には、解決不能のジレンマがあった>

 日付が変わる頃になると、全員が水戸支局に逃げた。

<常にリスクをゼロにすることはできないが、減らす努力はできる。しかし、リスクを減らそうとすればするほど、取材は弱く、浅くなる>

 これは自慢か?

 冒頭に書いたように、NHKの取材クルーは社内マニュアルにしたがい、

<事故直後(放射性物質や放射線の放出状況がはっきりしない段階)は、事故の起きた施設の周辺での取材は行わないこと>(梅村伊津郎『新聞研究』2000年2月)

記者会見場など「安全圏」にいて、国、自治体の発表を「速報」し続けた。

 次の原子力災害が起きたとき、NHKは「取材をしない」のだ。現場から逃げる。

<茨城県東海村のウラン加工施設で放射能漏れ、作業員二人が被曝>(事故の91分後の「スーパー速報」)

 朝日新聞の佐藤吉雄社会部次長は同じ雑誌の中でこう書く。

<二社会面ではNHKの早すぎる速報と県の情報収集の遅れが、事態を悪化させていった経緯を詳報した>

 早すぎる速報?

<住民に必要以上の不安を持たせないような報道が不可欠><住民の不安には><我々も含めて報道にも原因があった。例えば、NHKが台風や地震のような型の災害報道を続けたことの影響も小さくない。放射能漏れ事故という前置きで、「十キロ圏の屋内退避」を県の発表の前に速報した>

 朝日新聞がJCO臨界事故から得た教訓とは?

<何キロも離れた人が家に閉じこもる必要はなかった>

「屋内退避する必要はない」と書くべきだった。列車を止める必要はなかった。白い防護服と防塵マスクで交通整理する警察官の姿が世界に伝えられたことは、

<チェルノブイリ事故の取材経験のある科学部デスクは、テレビを見ながら、「ばかな。今回の事故は明らかに違う」と強く主張した>

 報道は大げさだった。

朝日新聞はそう考えた。

<反響が大きく、東海村の村上達也村長が「チェルノブイリ型とは違うのに、村民に不安心理がまん延していて、どう説明していいか苦慮していた」とお礼の電話をかけてきた>

 このとき、日本のマスコミ人に「大げさなことは書かないようにしよう」という心理が埋め込まれた。原発推進派は、「大げさではない」朝日新聞の記事に拍手喝さいした。

 そんなバカな!>

 拙書『報道詐欺 プロパガンダの百年』より

「本をくれ」とメールしてください。

nakadajun@nifty.com

 郵送いたします。 

 中田潤メルマガのバックナンバーでも読めます。

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